20. 迷子の悠也

 真陽がまだ、おんぶに抱っこな赤ん坊の頃、いや。なんならその更に前から。

 悠也は生粋の脱走迷子だった。


 それはまだ七瀬の母で、真陽たちにとっての祖母にあたる、フミが家に手伝いに来ていてくれていたときのこと。

 その日は旭が、病院で言葉の練習をする日だった。

 そのため、フミはひとりで悠也と真陽のことを見ていた、はずだった。

 というのも、家の一階には雅司の母キコがいて。悠也は一階にいたはず、なのだが。

「――フミさーん、ゆうちゃんいない?」

「え……?」


「いなくなっちゃったみたいなの」


 この時、フミはとても後悔した。キコがいる、それで安心は出来ないことをよくよく学んだ。

 その後のフミの行動は速い。

 赤子の真陽をもうキコに任せられはしない、と。背中におぶり。自転車のペダルに足を乗せたのだった。




 フミが悠也を見つける少し前。

 悠也はよちよちと信号のない道路を渡り、小道をくぐり。家から少し離れたほかの住宅地を彷徨っていた。

 そして、とある一軒のヘアサロンで立ち止まる。ガラス越しに見えた水槽をじーっと見たのだ。

それに気づいた、サロンの女性が声をかけた。

「ぼく、どうしたの? ひとり?」

 なにを思ったか、悠也はなにかを早口で叫び、いきなり走りだした。

 女性は、悠也の「なにか」を感じとり、必死に追いかけた。が、意外と子どもは速い。

 そこに自転車の助け舟が。

「奥さん、あのこお宅の子?」

「いえ、違うんですよ。どうもこの辺の子じゃなさそうで」

「わかった、私も手伝うよ!」

 

 こうして、二人の連携のもと無事迷子を保護できた、は良いものの。

「届け出もあったみたいだから、そのうちご家族が探しに来ると思うんだけど。どうしよう、うちまだ仕事があって……」

 女性は、この迷子は「目を離すとまた居なくなる」と考え、唸る。しかし個人経営のサロンであり、その時は自分一人だったのだ。

 すると。

「あぁ、ならこっちで見てるからいいよ! ちょうどあっちで、うちの子たちも遊んでたからね」

 このような形で。ヘアサロンの女性と、通りすがりに近い自転車の婦人に見守られつつ、悠也は鮮やかな色の金魚をじーっと見つめていたのだった。



 そこからどのくらいかの時間の後に。真陽を背にしたフミが、通報を受け、サロンを訪ねてきた。

「! 悠也!」

「?」

 当の迷子である悠也は、いつも「キョトン」とした顔だ。泣きはしない。

 こちら側としては、感謝してもしきれないくらいだ。


 後に事情を聞いた七瀬も改めて

「キコに子どもは任せられない」と、強く思ったそうな。



 そして。

 そのような出来事をきっかけに、旭や悠也、流れで真陽も。

 その女性夫婦のヘアサロンの常連となり、二人は少しずつ「ハサミ・バリカン慣れ」をしていく。

 そんな話も、またいつか。

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