14. ご近所ワンコと旭と真陽、弐

 真陽は、小さいころからの動物大好きっ子だ。

 そのあまりに、周りの友人との遊びよりも、近所のあちらこちらで飼われている犬や、野良猫などを好んで、遊びに行っていた。

 そのころはまだ、近所には、特に大型犬が外で飼われている家も多く、真陽にとっては絶好の遊び相手だった。

 そして毎日のように、真陽はその日遊んだ犬の話を、楽しそうに七瀬に報告していた。



 その日は、大型犬のコンとネネのお散歩についていった。

 二頭は、前の飼い主から虐待をされていたようで、心に傷を負っている。それゆえに、警戒心も強く、なかなか心を許してはくれなかった。

 特に、コンは頭に手を伸ばすと噛むらしく。そこは、飼い主のご婦人から、よくよく言い聞かせられていた。

 毎日のように、散歩について行くうちに、だんだんと変化もあった。ネネに至っては、ちゃんと触れることが出来るようになった。

 吠えるのもなくなってきて、静かに近づきながら、ふるふると、しっぽを揺らす様は、とても可愛らしく映った。

 これなら、もしかしたらコンも……と、淡い期待をしてしまう真陽だったが。



 事件は、起きた。

 それはほんの、些細なきっかけだった。

 ふと、ほかの犬の飼い主の女性が、コンの頭をわしゃわしゃと撫でていたのを見て。

 つい、真陽も手をのばして。

 ――バゥッと、噛まれた。

 と言っても、さほどの傷でもない、ほんの少しだけ血が滲んでいる程度。おそらく、条件反射といったところか。

 むしろ、まだ駄目だったのだという事実のほうが、真陽としてはショックではあった。しかし、無闇に手をだした真陽がいけなかったのだとは分かっている。

 だから、消毒と絆創膏をしてくれながら、申し訳ないと謝るご婦人に、こちらこそと、謝って家に帰る。

 こちらの落ち度であるのを分かっているから、何となく七瀬に報告する気にならなかった。


 すると。

 真陽が家に帰り、少ししてそのご婦人は訪ねてきた。そして、平謝り。

 最初は、わけが分からなかった七瀬も、事情を聞くと、やはり、真陽が悪かったと言い、逆に謝っていた。だから、顔を上げるように、と。



 そして、真陽が中学生になると、勉強だったり、部活動も忙しく、なかなか犬の散歩について行くこともなくなった。

 とはいえ。

 通り道に、その家はある。玄関へ近寄ると、コンは「お前か」というように目をつむり、ネネはゆっくりと、真陽の前まで来てくれる。

 そんな毎日に、真陽は満足していた。



 ――そう。

 この、コンとネネは、過去には旭とトラブルになった女性の犬で、ご婦人は女性の母親だ。

 そこから、

 

 人の縁とは、なんとも不思議なもので。

 その数年後には。

 二頭とも、寿命を迎えて、永遠の眠りについたのだろう。

 いま、真陽がその家の前を通ると。

「――よう、元気か!」

 そう言い、笑いかけてくれるのは、その家の大黒柱の、旦那様だったりする。



 ――拝啓、昔の私へ。

 思い返すと、本当に。

 コン、ネネといい。ハッピーにゴロちゃんとか、メルとかミーコちゃん。あとは名前を知らない子もいっぱい。

 あ、あとは駐車場の猫とかも。

 しょっちゅう会いに行っては、吠えられたり懐かれたりしてたよね。人の友達よりも、そっちばっかり会いに行ってた時期があるもの。

 でも、別に後悔とかは全く無い。なんでかな。


 ……うん。

 たぶん、時間をかければ。

 根気強く、相手にすれば。

 悪い人間じゃないんだって、伝われば。

 ひとの愛情が届けば。

 いつかは、大丈夫になる日も来るかもしれないんだって。自分の経験談として、そう思えるような。

 そういう、「眼で見て、感情を感じる」ことを、無意識に体験してたんだなあ。

 これも、なかなか貴重な体験だよね。

 ……まあ、うちで飼うことが出来ないから、その分まで、外の子を愛でてたっていう、ただそれだけの事だったんだろうけど。

 でも、その貴重な体験を、存分に楽しんでもいいと思う。

 ホントは、今でも隙あらば道端で出会った犬を愛でてるけど。それでもいいよね、飼い主さんの了承得てれば。

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