魔物の気配

 エルキンとの勝負を終えて歩いていると、同じ年頃の少年たちが近づいてきた。

 そのうちの一人がおずおずと口を開いた。


「す、すごい動きでした!」

「ああっ、ありがとう」

「で、弟子にしてください!」


 突然の申し出に言葉が出なかった。

 弟子を取るつもりなどないし、面倒を見るような時間もない。


「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと無理かな」

「そうなんですか……」


 少年は声を落として、うなだれてしまった。

 さすがに気の毒と思い、何かアドバイスをすることにした。


「君たちはエルキンと剣の練習をしてるの?」

「はい、そうです!」

「彼は動きに癖があったんだけど、どこかで型を習ったりした?」

「おれたち、一年前にベルリンドで流行った剣聖の本で勉強してます!」


 今時はそんなものがあるのか。

 イーストウッドでも書物は手に入るが、娯楽用か仕事に関係するものしか読まなかった。


「あの動きは両手剣を軽々と持てる筋力が前提だから、君たちぐらいの体格には向かない」

「も、もしかして、何か教えてくれるんですか?」


 少年たちが期待をこめた視線を向けている。

 剣技を教えることに慣れていないので、少しばかり緊張を覚えた。


「これからは、軽くて扱いやすい片手剣の練習をした方がいい」

「おおっ、片手剣ですか!」

「まずは片手用の木剣を用意して、相手との間合いを意識して練習してみて」

「わ、分かりました!」


 エルキンは少々変わり者に見えたが、少年たちは素直だった。

 



 日が暮れた頃、ナディアの家に夕食へ招待された。


 僕とエリカ、セイラの三人でナディアとその両親と机を囲んだ。

 農村ということで野菜を活かした料理が多く、満足できる食事だった。


 ナディアたちからの感謝の気持ちという意味合いが大きいため、この世界の食事が口に合わないエリカも小言を差し挟まなかった。


 それから、夕食を終えた僕とセイラは家の外にある椅子に腰かけていた。

 

 ほどよい涼しさで爽やかな夜風が心地よかった。

 周囲に視線を向けると、距離をおいて並ぶ民家の窓からは明かりが漏れている。

 

「この村は長閑でいいところだ」

「本当にそうですね。村の人たちも穏やかですし」


 エルキン少年の件は事故のようなもので、他の人たちはいい意味で平凡だった。

 ほぼ全村民が農業に従事しており、どこの家に生まれても大半は家業を継ぐ。


「この村に生まれたら、畑仕事に精を出しているだけで生きていけそうですね」

「そうか? 私はそう単純なものとは思わない」

「……そういうもんですか?」


 セイラと意見が合わないのは珍しく、かすかな動揺が胸をよぎった。


「王族の私には説得力がないかもしれないが、人生は出自で全て決まるとは限らない。理想論ではなく、諸国を旅する中でそう感じた」

「……そうですか。僕よりも知っている世界が広いから」

「必ずということはないが、本人次第でどのようにでも変えられるはずだ」

「なるほど、分かりました」


 彼女のように風格のある人間に言われると納得してしまう。

 今回の旅を続けて、もっと広い世界を見てみたいと感じた。


「――トーマス、少し静かにしてもらえるか」

「……えっ」

「不穏な気配を感じる。それも複数のようだ」

「エリカを呼んできます」

「……頼む」


 僕が慌てて家に入ると、ナディアと彼女の両親が驚くような顔をしていた。

 エリカに声をかけると彼女はすぐに外に出て、状況を確認することなく変身した。


 魔法少女の真っ白い服が薄闇を切り裂くように輝きを放つ。


「うーん、街灯がないと真っ暗だね」 


 エリカはそう呟いた後、魔法を使ったようだ。

 村の上空に複数の光る球体が浮かんで、そこから眩しい光が放射された。


「すごい、これなら警戒しやすい」

「明るくしてみたけど、わたしには分からない。セイラは何を感じてるの?」

「魔物の気配だ。殺気もそこはかとなく感じる」


 エリカの魔法で広範囲に昼間のような明るさがもたらされている。

 しかし、目視できないということはまだ距離があるのだろうか。


「ちょっと、待ってて」


 彼女はそう口にした後、上空に飛び上がった。

 こういう時に飛行魔法は便利だ。


「エリカ! 何か見えるのか?」

「セイラの言った通り! 怪物っぽいのが近づいてる!」

「やはり、そうか」


 セイラが固い表情になった。 

 魔物に慣れていないので、自分がどうすべきか判断がつかなかった。


「エリカ! 数はどれぐらいか分かりそうか?」

「十体以上はいる! 木の影でよく見えないから、もっといるかも!」


 魔物の種類にもよるが、厳しい状況だった。

 ギルドも警備兵もない状況で、村人と自分自身の身を守れるのか弱気になる。


「後ろは畑で視界がいいけど、何も見えない! いるのは森の方だけ」

「そうか、助かった。前方だけなら、どうにかなるはずだ」


 この状況でセイラの発言は頼もしかった。

 それにエリカの魔法にも期待ができる。


「ちょっといい?」

「どうした?」


 上空から下りてきたエリカは、僕とセイラに視線を向けた。

 重要なことを話したそうな雰囲気だ。


「わたしの魔法は威力が強いから、森を壊しちゃいそうだし、近くで使うと村を巻きこみそうで……」

「……そうなのか」


 まさかの事態だった。

 エリカが戦力にならないのは痛い。


「……でも、マーシャルアーツの心得があるから、わたしも一緒に戦うね」

「マ、マーシャルアーツ?」

「うーん、武術みたいな?」


 そもそも、エリカはレベル80だった。

 魔法なしで強くてもおかしくない。


「トーマスはナディアの家を守ってくれ」

「……はい、分かりました」


 とそこで、魔法の光に驚いたらしい村人たちが家から出てくるのが見えた。

 ナディアの両親も不安げに扉から顔を出した。


「この光は魔法です! 魔物が近づいているようなので家から出ないで」

「何と、魔物だって!?」


 ナディアの両親は指示に従って、家の中に戻ってくれた。

 しかし、村の家はたくさんあるので、全てに伝令するには数が多すぎる。


 セイラとエリカに頼むわけにもいかず、焦りかけたところで、近くの物陰に隠れるエルキンの姿に気づいた。


「……あれ、何してるの?」

「……俺もアドバイスをもらおうと思って」


 それどころではないのだが、彼がそこにいる理由は分かった。


「アドバイスはできるけど、その前に一つお願いがある」

「……な、何だよ!?」

「ネブラスタ中の民家に、魔物が近づくから家を出ないようにと伝えてほしい」

「ま、魔物が!? おしっ、分かった」


 エルキンは指示に従って、勢いよく駆け出した。

 エリカとセイラに目を向けると、魔物に向かおうとしているところだった。

 

「二人とも、気をつけて」


 二人は頼もしい表情で前に進んで行った。

 彼女たちが魔物を全滅させてくれることを願うばかりだった。 

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