ネブラスタの攻防

 エリカは敵の方へ飛んで行った後、急いで戻ってきた。

 彼女の話では、豚のような怪物――おそらくオークのことだろう――と半裸で耳の長い小人のような怪物がいるようだ。


 半裸の小人となれば、「ゴブリン」ということになる。

 しかし、ゴブリンはギルドを中心とした勢力に殲滅され続けた結果、十年以上前に絶滅したはずだ。


 オークの危険度はC。

 対面で戦う場合、レベル20以上が推奨される。


 僕はレベル20なので、一人で一体ならばかろうじて相手にできる計算だ。

 しかし、敵は群れで動いている。


「これは……生き残れるか」


 魔物の姿さえ見えていないのに凍りつくような戦慄が脳裏をよぎる。

 恐怖を押し殺すように剣を抜いてみたが、手は震えるばかりだった。


「……情けない」 


 僕の師匠は剣聖と呼ばれる者たちの一人で、時間をかけて剣技を教わった。

 ただ、レベルの近い人間相手ならともかく、魔物に対して通用するのか分からない。


 内なる恐怖心と戦っていると、エルキンが戻ってきた。


「全部の民家を回ってきたぜ」

「……ありがとう」

「もしかして、緊張してるのか?」

「それは当たり前だよ。一般人が魔物と戦うことなんて滅多にないから」

「たしかに言えてる」


 エルキンは納得するような表情で頷いた。


「剣技のことなら、魔物が片付いたら教えるよ」

「うん、分かった。……死なないでくれよ」

「意外と優しいところもあるんだね」

「ま、まあな」


 彼は照れ隠しをするように頭をかいた。


「ここも危険になるかもしれない。君も家に隠れていて」

「分かった。ホントにムチャするなよ」

「そうだね、ありがとう」


 エルキンは素早い足取りで離れていった。


 さて、ここからが僕の出番だ。

 エリカやセイラが討ち漏らした魔物がいたら、トドメを刺さなければならない。


 基本的にはナディアの家を守るかたちだが、他の民家にも注意を払う必要がある。


 ……それにしても、ゴブリンか。

 

 ゴブリンは単体の危険度はDとされているので、オークよりも戦いやすいだろう。

 しかし、集団になるとオークと同じCになるので、決して油断はできない。


 意識が思考に傾きかけたところで、周囲の様子に注意を切り替える。

 今のところ、魔物の気配は感じられない。


 ――とそこへ、獣の雄叫びのようなものが聞こえた。


 おそらく、エリカとセイラが戦闘を始めたようだ。

 二人ともドラゴンと戦えるレベルなので、遅れを取ることはまずないだろう。


 森があることを考慮すれば、倒しきれない敵が出てくる可能性がある。

 やはり、一番注意すべきは二人を通過した魔物だと考えるべきだ。


 ナディアの家を背に前方と左右に注意を向けていると、視界の端で何かが動いた。


「……まさか、本当にゴブリンがいるなんて……」


 緑色の胴体と細く長い耳は書物の特徴通りで、大きく裂けた口は不気味だった。

 生きた情報が少ない魔物と上手く戦えるのだろうか。


 鞘に戻していた剣を再び引き抜く。

 手に汗をかいていたようで、握りの部分が滑りそうだった。


 気を取り直して剣を構えると、まだこちらに気づいていないゴブリンに近づく。

 一体だけかと思いきや、もう一体の姿を見つけて動揺が大きくなった。


 呼吸を落ち着けようと思うが、上手くできない。

 気づかれないようにどうにか息を潜めて、攻撃の間合いを測る。


 ――どうする?


 片方を初撃で仕留めたとして、もう片方の反撃は回避できるのか。

 

 すぐ近くにある危険に気づいたところで、僕は我に返った。

 気づかれないように急いで物陰に身を潜める。


 一か八かの戦い方では、今日のエルキンと違いがない。

 各個撃破しなければ、二体同時にゴブリンを相手するのはリスクが高すぎる。


 頭に冷や水をかけられたように冷静さが戻ってきた。

 師匠が何度も間合いと攻め方に注意しろと言っていたのを思い出す。


 ゴブリンのことを書物でしか知らないのは不利な状況だった。

 敵の出方が読めないことを軽視するわけにはいかない。


「……攻撃を仕掛けても、どうか危険度通りの強さであってくれ」


 物陰で隙を狙っていると、片方のゴブリンが民家の鶏に近づいて行った。


 ――今だ。 


 呼吸を整えて、一気にもう片方のゴブリンの首へと刃を突き立てる。

 

「ギィヤァァ!」

「殺し屋じゃあるまいし、さすがに音を立てないのは無理だったか」


 理想の展開とはいかなかったが、絶命させられただけで十分だった。

 離れた方のゴブリンは仲間の断末魔に気づいて、こちらに襲いかかろうとしている。


 長い爪や鋭い牙より、こちらの剣の方がリーチが長い。


 僕は迷うことなく、横薙ぎに剣を振った。

 ミスリル合金の刃で撫でつけられたゴブリンの胴体に深い傷ができた。

 

「フゥッ、フゥッ……」

「さすがに効くよね」


 危険度Dという情報は正確なようだ。

 この程度なら一騎打ちに持ちこめば、十分に倒すことができる。


 ゴブリンが逃げ出そうとしたので、仲間を呼ばれる前にトドメを刺した。


 周りを見ると二体分のゴブリンの血がぶちまけられていた。

 不衛生な魔物だと聞いていたが、生々しい悪臭が地面から立ち上っている。


 剣身についた血を払い、剣を手にしたままナディアの家の前に戻った。


 どこからか雄叫びが聞こえてくるので、エリカたちは戦いの最中なのだろう。

 まだ、ゴブリン二体で済んでいるのは幸いだが、今度はオークが来てもおかしくない。


 不吉な想像をかき消すように頭を左右に振るった。

 ――しかし、現実とはそんなことと無関係に訪れるようだ。


「……今度はオークか」


 道の向こうに傷ついたオークが歩いていた。

 負傷していても足取りは確かで、すぐに絶命しそうには見えない。

 

 隠れて不意打ちを狙おうと思ったが、オークの視線がこちらに向いていた。

 恐怖で震え上がるひざを押さえこみながら、剣を構えた。




・魔物の情報 その1

名前:ゴブリン

危険度:D(単体)C(群れ)

詳細:十年以上前にギルドなどの勢力によって絶滅させられた。集中的に討伐されたのは繁殖力の高さ、集団になるほど危険度が増すという理由から。

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