勝負を挑んでくる脇役のほとんど負けパターン説

 道の真ん中で剣を交えるわけにもいかないだろうと考えていたら、エルキンが広場への案内を申し出た。

 僕とエルキンは村人たちを引き連れて歩いて行った。


 そこはちょっとした鐘と木製の腰かけがある、こじんまりとした場所だった。

 イーストウッドの広場はもう少し人が集まりやすい雰囲気だが、ネブラスタの規模を考えれば妥当なものだと感じた。


 旅の荷物はここに来る途中でセイラに預けておいた。

 準備というほどでもないが、少しずつ集中力を高めている。


 エルキンがこちらに決闘用の木剣を渡そうとすると、村の人たちから非難の声が上がった。

 

「おい、エルキン。恩人に剣を向けようってのか」

「村の評判を落とすような真似はやめておくれ」

「みんな、分かってくれ! これは男の戦いなんだ」

「多分、男には戦わなければならない時があるはずです。村の皆さん、気にしないでください」


 ナディアへの恋心が動機なら、微笑ましいものだと思った。

 それに剣技は実戦を積む方が成長が早い。


「エルキン、模擬戦の経験は?」

「村の仲間と訓練はしてる」

「ルールはどうする?」

「先に一撃当てた方の勝ちでいいや。恩人にケガでもさせたら、村を追い出されちまう」


 ずいぶんな余裕だと感じた。

 木剣で負傷させることなど、一方的な展開にならない限りあり得ない。


 イーストウッドでは日々の業務に追われて、鍛錬を怠っていた。

 きっと、師匠が知ったら叱られるだろう。


「何をニヤけてんだ、ずいぶんと余裕なんだな」

「ああっ、気にしないで」


 開戦の前に木剣の感触を確かめる。

 僕は片手剣が得意だが、これは両手剣を意識した長さと重さだった。


「……少し不利か」

「何か言ったか? そろそろ始めようぜ」

「セイラ、審判をお願いします」

「うむっ、いいだろう」


 審判はこの中で圧倒的な強さを誇るセイラに頼んだ。   

 彼女が身に纏う空気を察したのか、エルキンは戸惑いの色を浮かべながらも承諾した。


「――では、いくぞ。準備はいいか?」

「……おうっ」

「はい」

「――始めっ!」

「おりゃぁあ!」


 開始の合図と共にエルキンが仕掛けてきた。


 勢い、速さともになかなかのものだった。

 しかし、動きが単調で簡単に見切れてしまう。


「とりゃあ、はっ、せいっ」

「ふっ、ほっ」


 慣れない両手剣なので、迂闊に反撃するつもりはない。

 間合いを保ち、ここぞという隙を突くだけで十分なはずだ。

 

「何だよ、逃げてばかりじゃ勝負にならないぜ」

「……実戦なら斬られた瞬間に負けが決まるからね」

「何っ? ナディアはお前なんかに渡さねえ!」


 煽るつもりはなかったが、エルキン少年の熱に燃料を投下してしまったようだ。

 さらに剣戟の勢いが増していく。


「くそっ、当たれ、とりゃっ!」

「……ナディアのことがそんなに好きなの?」

「……お前には関係ないだろ」


 彼は少しずつ息が切れて、動きが緩慢になってきた。

 完全に隙だらけな状態だった。


 ただ、それでもすぐに決着をつけるべきか決めかねた。


「人のために剣を振るおうと思えるなんて、いいことじゃないか」

「何が分かるんだ! 俺は、俺は……」

「……えっ、俺は?」

「――ナディアの初めては誰にも渡さねえ」


 さすがに聞かれるのは抵抗があるのか、エルキンは声を潜めていた。

 それでも、僕の耳にはしっかりと届いていた。


「……うーん、しょうもない」

「よそ者が口出しするな!」

「盗賊たちもそうだけど、いくらナディアが綺麗だからって、所有物のように見るのはよくないよ」

「……うっ」


 エルキンは痛いところを突かれたように立ち止まった。

 勝負の最中であることを失念しているかのような様子だった。 


「どうする、続ける?」

「……まだ、勝負は終わってねえ」


 彼は追いつめられたような表情で再び剣を振った。

 しかし、その動きは精彩を欠いており、これ以上続けるのは醜態を晒させるだけだと判断した。


「残念だけど、君にナディアはふさわしくない気がする」


 自らの純潔を恩人――盗賊を成敗したのはエリカだが――に捧げようという勇気と行動力を持つ彼女を僕なりに評価していた。

 しかし、身体目当てのエルキン少年は粗雑な剣技と未熟な人格の持ち主だった。

  

 ――さて、茶番の決着をつけよう。


 疲れ切った彼の剣を避けるのは容易だった。

 間合いを保ったまま攻撃を見切り、隙を突いて懐に入る。


 実力差を前にして、扱いにくい木剣であることは大した問題ではなかった。

 僕は木剣の先でエルキンの胴を軽く突いた。


「――うわっ!?」


 彼は間合いを詰められるのに慣れていないようで、今にも死にそうな声を出した。

 戦意を喪失していることは確かめるまでもない。


「――そこまで!」

「……勝負あったね」


 決着がつき、セイラが制止の合図をした。


「勝者、トーマス!」

「手伝ってもらって助かりました」

「戦うところを初めて見るが、なかなかやるな」

「いやいや、セイラに比べたら」


 レベル60の剣士など、剣聖を通過して鬼神のレベルである。

 彼女から見れば子どもの遊びと大差ないだろう。


 敗者となったエルキン少年は、茫然自失といった状態で座りこんだままだった。


 剣の素質も人としての素養も見当たらない人間にかける言葉はなかった。

 何か伝えるだけ、彼を余計に落ちこませるのは明白だった。


 僕は木剣を足元に置いて、その場を後にした。 




 ・ステータス紹介 その12


名前:エルキン

年齢:17才

職業:農家見習い

レベル:8

HP:50 MP:10

筋力:30

耐久:20

俊敏:30

魔力:10

スキル:「剣聖が教える5つの極意」というハウツー本(昨年度ベストセラー)仕込みの剣技

補足:同書で紹介されている技術を真似する者が増えすぎて、相手に動きが読まれやすくなったという負の遺産を生み出した奇跡の一冊。

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