これで解決でいいんだよ

 エリカはこちらに振り向き、変身した状態のままで近づいてきた。

 彼女の周りにある氷は消失して、凍てつくよう風が収まっていく。

 

 盗賊たちの反撃が気になったものの、おとなしく座ったままだった。


「ふむっ、盗賊どもが子犬のように固まるとは珍しい。エリカよ、何をした?」

「うーん、傷つけない程度に氷の魔法を見せて、あっちこっち氷漬けにした」

「ならず者どもでも、身の丈を弁えるのだな」


 セイラはエリカの答えを聞きながら、感心するように頷いていた。


「……ところで、町の娘さんは?」

「それなら、これから聞くところ」


 僕が質問するとエリカは手短に答えた。

 彼女は怯えるような様子の盗賊たちへと向きを変えた。


「ねえ、あなたたち。連れてきた女の子はどこなの?」

「しょ、正直に話しますから、どうか命だけは」

「さすがに殺すわけないから。今すぐ場所を教えて」

「は、はい……、ただいまご案内します」


 本邦初、従順な盗賊という貴重な瞬間を目にしてしまった。

   

「さ、さあ、こちらへ……」


 盗賊の頭領と思しき人物が緊張した面持ちで立ち上がった。

 凶悪そうな人相をしていて、いかにも盗賊という雰囲気だった。


 彼はエリカを先導して、どこかへ向かおうとしている。 

 僕とセイラもその後に続いた。


 魔法の光がそのままなので、辺りは昼間と同じぐらい明るい。

 盗賊の後方を進んで行くと、彼は小さな住居の前で立ち止まった。


 エリカが扉を開くように指で示して、盗賊はおとなしく従った。

 扉が開かれると中に人の気配があった。

  

「――いやっ、来ないで……」


 近づいて中を覗くと、エリカと同じ年頃の少女が三人いた。

 彼女たちは手足を縄で縛られて、怯えた様子でこちらを見ている。


「うーんと、この娘(こ)たちをどうするつもりだったのかな」

「……ごほん、そ、それはですね」


 エリカが質問を投げかけたものの、盗賊は震え上がるばかりで答えられない。

 彼女は想像できないかもしれないが、彼らの目的など聞くまでもなかった。


 できればこれ以上、彼女が修羅場モードになるのは避けたい。 

 僕は盗賊の肩を叩いて、少し離れた場所へ連れて行った。


「……誰だ? てめぇは」

「しぃっ、本当のことがバレたらどうなるか分かりますよね」


 目線でエリカを示し、盗賊に対話を続けさせようとする。

 彼は何をすべきか気づいたようだ。


「……ど、どうすりゃいいって言うんだ!?」

「ちょっと可愛かったから、魔が差したとか適当にごまかしてください」

「……そんなんで通じるのか」

「まあ、おそらくは――」


 エリカの視線を感じた気がして、慌てて振り返る。

 彼女は不思議そうな顔でこちらを見ているだけだった。


「僕もそう変わらない立場ですよ。彼女が怖くないわけじゃない」

「……そうか、なるほどな」


 盗賊と通じ合うという奇妙な瞬間だった。

 何とも複雑な気分である。

 

 僕たちは怪しまれないようにエリカたちの元へ戻った。


「トーマス、何を話してたの?」

「あっ、ああっ、彼が口を割りそうにないから、尋問してたんだ」


 わざとらしく腰に携えた剣を持ち上げ、盗賊を脅した風を装う。

  

「すごいわね! この人は何て答えたの?」

「この娘さんたちが美しすぎて、魔が差したようなんだ……そうですよね?」

「ひぃっ、その通りでございます。ちょいと魔が差してしまいまして」


 盗賊は身を縮こませながら下を向いた。

 

 そんな彼の様子をエリカはじっと見つめている。

 まるで、警備兵が下手人を見定めるような目だった。


 彼女は素直な反応を見せていたものの、疑念が晴れたわけではないようだ。

 自分は何も悪くないのに、見ているだけで冷たい汗が出てくる。


「もう悪事は働かない?」

「へぇっ、もちろんです」

「うーん、信じていいのかな」


 エリカはこの世界の住人ではないので、盗賊がどこまで信用できるか決めかねているのだろう。

 僕が彼女の立場なら、後腐れないように死刑で決着をつけたいところだが。


「トーマスはどう思う?」

「いや、僕は信じてもいいと思わなくもないけど……」

「セイラは?」

「わっ、私か? 盗賊討伐といえば、その場で斬首が定番ではあるが――」


 セイラはそう言いかけて、はっと口に手を当てた。

 それを耳にした何人かの盗賊は絶望するようにうなだれた。


「うーん、斬首ってことは死刑ってこと?」

「ふ、ふむっ、そういうことになるな」

「もうっ、よく分からないし、これにするから!」


 エリカは杖をすっと高く掲げた。

 すると、不思議な光が現れてすぐに消えた。


「ええー、エリカさん。何をしちゃったんですか……」


 近くにいた盗賊だけでなく、他の盗賊たちも気を失ったように目を閉じている。

 まさか、即死魔法でも使ったのだろうか……。


 僕は緊張で身が固まり、セイラは深刻そうな表情で下を向いていた。


「すぐに分かるわ」


 エリカがそう言った後、盗賊たちが目を覚ました。


「よかった。死んだわけじゃないのか」

「……はっ、ここは一体?」


 近くにいた盗賊が口を開いた。

 まるで、永遠の眠りから目覚めたかのような様子だった。


「悪い夢を見ていました。人様に迷惑をかけ、盗みや暴虐の限りを尽くし、故郷には顔向けできないような……人としてありえない」

「(それは君たちの行いだと言いたいけど、何だか言ってはいけない気がする)」

「でも、今はそんな夢から覚めて清々しい気分です。朝日が眩しい」

「よかった、よかった。一件落着」


 エリカは満足げに頷いた。


「おそらく、変性魔法の類だろう」

「セイラ、何か分かるんですか?」

「彼らの意識を改変して、根本から善人に変えたようだな」


 たしかにそんな雰囲気ではあるが、エリカの規格外の能力に戦慄を覚えた。

 魔法少女の力を持ってすれば、この世界を牛耳ることさえ可能ではないか。


 エリカの凄さを目の当たりにしていると、彼女が満面の笑みをこちらに向けた。




・ステータス紹介 その10


名前:少女A

年齢:15才

職業:町人の娘

レベル:5

HP:40 MP:10

筋力:10

耐久:10

俊敏:20

魔力:5

スキル:美味しいパンを焼くこと

補足:エリカが来なければ盗賊たちにヒャッハーされるところだった。

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