盗賊討伐のお礼が重すぎる件
盗賊のアジトから戻った後、僕とセイラは二人で酒場にやってきた。
キュトリーはそこまで大規模な町ではないので、夜遅い時間に客の数はまばらだった。
盗賊のことや娘たちのことは、ほとんど片付いている。
それよりも彼女と話しておかなければならないことがあった。
「はい、というわけで作戦会議の時間です」
「それで議題は?」
「言うまでもありません。エリカの今後について」
「うむっ、それは話し合うべきだな」
セイラが果実酒を口にしたのを見て、僕も注文した炭酸水を飲んだ。
「今晩見た通り、彼女の変性魔法は規格外でした」
「それは理解している。私たちがしっかり見守らなければならない」
「ええ、そうなんです。彼女の力を悪用しようとする輩が現れないとも限りませんし、そもそもエリカはこの世界に来たばかりですから」
あの時の魔法は条件付きというのがせめてもの救いだった。
エリカの話では「相手が抵抗の意思を示さないこと」が重要らしい。
二人で会話を続けながら、乾いたのどを潤すようにグラスを運んだ。
果実酒は強い酒ではないが、上気するようにセイラの顔が赤くなっている。
「酒はよく飲むんですか?」
「旅の途中ではそれなりに。父王が酒豪なのだが、私はそこまで強くなくてね」
「ほどほどに頼みますよ」
「もちろんだ」
にこやかに笑みを浮かべたセイラの顔が艶っぽく、思わず目を逸らす。
旅する仲間同士でそういう関係になるのはまずいような気がした。
「町へ戻る時も飛ばずに歩かせたように、できる限りエリカが目立たないようにしよう」
「はい、その方向で」
僕たちは互いに頷き、意見を共有できたと思えた。
それから酒場の支払いを終えて、二人で外に出た。
町長から酒は経費で落ちないと言われているので、もちろん自腹なのだ。
夜の通りには誰も歩いていなかった。
ここから、今日の宿までは大してかからない。
「娘たちのうち二人はキュトリーで、もう一人は別の町からか」
「明日、この町を出て送り届けるつもりです。エリカもそうしたいようなので」
「ああっ、それはかまわない。エリカの力を借りてドラゴンを倒したいが、彼女の希望はなるべく叶えてあげたい」
セイラがエリカの姉のように感じられた。
自然と微笑ましい気持ちになる。
「……盗賊たちはあれでよかったんでしょうか」
「変性魔法の影響でおとなしくなっていたし、町に近づくのは危険という説得にも応じていた。本来なら捕まれば重罪だから」
「心が善人になったといっても、警備兵は問答無用で捕まえますからね」
少しして僕たちは宿に到着した。
扉の鍵は開いているが、そのうち門限の時間になるだろう。
「それじゃあ、また明日」
「はい、おやすみなさい」
セイラとエリカは一階の同じ部屋だった。
エリカは百合が何とかという理由で、セイラとの同室に抵抗していた。
しかし、いざ部屋に入るとすぐに眠りについたらしい。
慣れない世界で一番疲れているのは彼女なのだろう。
エリカが熟睡していることもあって、セイラと外出しやすかった。
二人が一階の部屋なのに対し、僕の部屋は二階だった。
他の宿泊客に気を遣って、足音を抑えながら階段を上がる。
通路に出て部屋の前まで進み、鍵穴に部屋鍵を差しこむ。
「……んっ? まさか閉め忘れたのか」
外出前に閉めたはずの扉の鍵が開いている。
少し不審に思いながら、ゆっくりと扉の取っ手を引いた。
ランプの消えた室内は薄暗い状態だった。
……怪しい点は特に見受けられないようだ。
やや心細い気持ちになりながら、机の上のランプに明かりをつける。
念のために荷物を確認してみたが、荒らされた形跡はなかった。
「……やれやれ、自分が閉め忘れただけかもしれないな」
開きかけにした扉をしめて、ベッドに腰かける。
この部屋はベッドが二つあるが、今晩泊まるのは僕一人だった。
……そのはずなのだが。
使わない方のベッドが一人分盛り上がっている。
……どうしよう。
これは宿の主人を呼んでくるべきか。
僕がどうすべきか考えていると、もぞもぞと布団が動いた。
「――ひぃっ!?」
「……トーマスさん」
名前を呼びかけられたところで、少し冷静になれた気がした。
声の主に視線を向ける。
「……あっ、盗賊たちにさらわれた一人の」
「ナディアです」
少女は恥ずかしそうな様子で名乗った。
ふと、彼女が肌着同然の状態であることに気づく。
「そ、その、どうしたのかな」
「あのままだったら、盗賊に純潔を奪われるところでした。あたしにお礼をさせてくれませんか」
「お、お礼……」
「トーマスさんの好みではないかもしれませんが、あたしを抱いてください」
紅潮したナディアの顔がランプに照らされている。
肩まで伸びた金の髪は艶やかで、きめ細かい白い肌は薄明るい部屋に溶けてしまいそうだった。
ただし、エリカと同年代の彼女は妹のように思えてしまう。
「何というのかな……君を助けたのはエリカだし、初めての経験は愛する人とした方がいいと思うよ」
「……あたし、見てました。トーマスさんが盗賊を説得するところを」
「う、うん、そうなんだ」
「とても勇敢な人だと思いました。そんな人に身を委ねるのは、はしたないでしょうか」
残念、それもエリカがいたからできたことだった。
少女の憧れを壊してしまうのは気の毒な気もするが、どうしたらいいのだろう。
「……ぼ、僕には想い人がいるんだ。だから、彼女を裏切れない」
「まあ、そうなのですか。あたしったら先走って恥ずかしい」
「ううん、君の気持ちはありがたく受け取っておくよ。これからは盗賊に気をつけなさい」
「はい、トーマスさん」
ナディアは潤んだ瞳でこちらを見つめた後、この部屋を後にした。
そういえば、彼女もエリカたちと同じ部屋だった。
「……ふぅ、想い人がセイラと誤解されたら、少しめんどくさいな」
咄嗟の出まかせだったが、少女の純潔というデリケートな贈り物を受け取らずに済んでよかった。
夜も更けてきたので、寝る準備をして眠りにつくとしよう。
・ステータス紹介 その11
名前:ナディア
年齢:16才
職業:農家見習い
レベル:5
HP:40 MP:10
筋力:20
耐久:20
俊敏:30
魔力:5
スキル:腐ったミカンとそうでないミカンを見分けられる(意味深)
補足:彼女はキュトリーではなく、盗賊たちに別の村から連れてこられた。
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