第29話 先輩、ドラマ撮影


 恋


 そんな事は今までの人生でした事なんてなかった。恋をするってよりも、普通じゃない自分を普通にしたくって、普通の友達を作るのに必死で、そんな泥沼を駆け回るような青春時代を送ってきた。

 当然ながら、今まで誰かに好意を抱かれた事なんてないし、嬉しいとかそんな気持ちよりどうしたらいいか分からないって気持ちの方が多い。


「なにボーっとしてんの? 邪魔」

「あ、すみません……」


 七瀬さんのマネージャーの仕事をする為に喫茶店のアルバイトはお休みをしているが、マネージャーの仕事が無い日はこうしてまた働かせて貰っている。

 バイト中なのに恋についてが頭から離れず仕事に身が入らない。おまけに月島さんには注意されるしで。仕事は仕事だしお給料に見合った働きをしないといけないのは当たり前のこと。

 両手で両頬を叩いて気合いを入れ直して店内の清掃作業の為に手を動かす。

 すると、またしても月島さんが俺の元へ寄ってくる。え? 今ちゃんと仕事してますけど……? また怒られるんですかね……?


「終わったら、ちょっと奥の部屋来て」

「え? あ、はい」

「そんだけ」


 本当にそれだけを言って離れていく。とりあえず怒られなかったのでホッと胸を撫で下ろすが、仕事終わりに奥の部屋で怒られるんじゃないかって心配が新たに浮上してくる。

 怒られないに越したことはないが、少なくともこれ以上怒られる要因を作るのだけは止めようと黙々と仕事に勤しんだ。


 普段の休日と比べて今日はやけに人が多いなと感じた。特に若年層が多いな。このお店の周りで何か催し物でもやっているのだろうか? いや、朝来る時はそんな雰囲気なんか全然無かったのに。

 お店が閉店し、テーブルの片づけと清掃をしていると、お店の入口からカランカランと音が鳴り、視線を向けると1人の女性が微笑みながら立っていた。


「お疲れ様!」

「七瀬さん?」


 そこに立っていたのは七瀬さん、栗橋七瀬さんだった。


「お疲れ様です。けど七瀬さんがどうして?」

「あれ? 凜から聞いてないの?」

「月島さんですか? 仕事終わりに奥の部屋に来いとは言われましたが」

「あーね、一応それ案件かな~」


 月島さんが呼び出した案件には七瀬さんも関わっているのか。そうなると恐らく怒られたりはしないだろう。先に奥に行ってるねと言った七瀬さんを見送ってから急いで掃除を終わらせる。

 仕事を終わらせて奥の部屋に行くと、月島さんと七瀬さんが仲良く紅茶とケーキを食べながら話をしていた。


「あ、翔也くんやっと来た~!」

「すみません、掃除に手間取ってまして」

「とりあえず座って」


 月島さんにそう言われ、恐る恐る向かいの席に座ると、月島さんは席を立ってどこかへ行ってしまった。


「あれ? えっと……」

「これから打ち合わせするからさ」

「打ち合わせ?」

「そう、私と凜と翔也くんの3人で打ち合わせ!」


 打ち合わせとはなんだろうか? 単語の意味ではなく言葉の意味としての疑問だった。3人でどこかへ出かける予定なんか立てていないし。

 すると、先ほど席を立った月島さんがトレイに紅茶の入ったカップとショートケーキをお皿に乗せて持ってきた。


「はい、お疲れ様」

「あ、ありがとうございます」

「凜ってほんっとツンデレだよね~」

「ナナうるさい」

「あちゃ~怒られちゃった~!」


 七瀬さんの言葉で場の雰囲気な和やかなムードになる。出された紅茶と一口とケーキを一口食べた所で、七瀬さんが何枚かの紙の束を俺と月島さんに渡していた。

 その束の1枚目の紙には《恋は喫茶店から始まる》と大きく太いフォントで書かれたいた。


「これ、なんですか?」

「これ私が新しく出演するドラマのタイトルだよ」

「そうなんですね」

「んで、タイトルを見れば分かるんだけど、舞台は喫茶店なので。それで凜に協力してもらって、ここのお店を撮影に使わせて貰えることになったの!」

「大ヒットして聖地にでもなれば売り上げ上がるしお互いの利害が一致した結果」

「そうそう! それでね、翔也くんは私のマネージャーとしてスケジュール管理とか打ち合わせをしてもらおうって事で呼んだの!」

「は、はぁ……」


 新しく忙しそうな仕事が始まる。だけど、それよりも気になったのはこのドラマの内容だった。タイトルからして恋愛ものなのは分かる。この仕事を手伝う事で恋愛に関して、恋をするって気持ちが俺にも分かるだろうか。




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