第27話 幼馴染、急用!


 七瀬さんのマネージャーの仕事を引き受けた翌日の日曜日。

 腕やら足やら至る所が筋肉痛になっていて、身体が悲鳴を上げていた。

 とりあえず日曜日だったことがせめてもの救いで、今日一日はゆっくり過ごそうと思っていたんだけど……


「翔也、朝だから起きて」

「ペトラ、今日は日曜日だよ……? 今日くらい少し長く寝ていたいんだけど……?」

「生活習慣はきちんとしないといけません」

「身体が痛いんだよ。筋肉痛で」

「私は止めた。翔也の自業自得」

「そ、そうでしたね……」


 確かにペトラは今回の件には否定的な立場だった。それでも最後は納得して送り出してくれたと思ったけど、やっぱり手厳しかった。

 ペトラが頑固なのは分かってるし、ここほ大人しくペトラの言う事を聞いておいた方が良さそうだった。


「今日は買い物とか出かけるの?」

「うん、お茶菓子とか買いに行かないとだから」

「お茶菓子? 誰か来るの?」

「母が来る。私の」

「え? ステラさんが!?」


 ペトラの発言は流石に驚いた。そんな話は聞いてなかったし、だとしたらもっと早く言ってくれれば俺だって対応取れたのにと思うが、そんな風に考えている状況すら時間がもったいないので、まずはすぐに身支度を整える。


「翔也は問題ない。私のことについてだから」

「ペトラのことについて?」

「私は翔也にケガさせた。私が側にいながら、守ってあげられなかったから……」


 それは違うと、何度も言ったはずなのに。それでもペトラは責任をずっと感じていた。それに、今回の件は説得するのはペトラだけではなく、そもそものモーガン家を説得する必要があったのだ。


「俺からステラさんに話すよ。ペトラは悪くないですって」

「翔也は優しいから、きっと私を庇うのは母も分かってる。だからそれは効果はない。大丈夫、すぐに帰国させられたりはしないと思う」

「でも……」

「大丈夫。翔也は普段通りでいて欲しい。いつも約束守らないから、これだけは守って」


 ペトラに釘を刺された。耳が痛い話ではあるが、事態を余計な方向に進ませることの方が良くない。ペトラが大丈夫と言うなら、って丸っきり任せて自分だけ安心するのは虫が良すぎるとは思うけどそうするしかない。


「本当にごめん……ペトラ」

「翔也の謝罪は安っぽい」

「う……」

「部屋の掃除、手伝って」

「う、うん。分かった」


 俺はまだまだペトラに甘えてしまっている。それじゃダメだと思っても、何度同じことを考えても直らない。自分の意志の弱さにただただ打ちひしがれるだけだった。








「それで、最後に言い残す言葉はある?」

「いや……ないです」

「そう。これに凝りてもう二度とペトラちゃんに迷惑と心配をかけないことね。翔也がどうなったっていいけどペトラちゃんのこの白くてスベスベな肌に傷ひとつでも付いたら燃やすからね」

「は……はい……」


 ペトラからはステラさんが来ると聞いていた。だから油断していた。やってきたのはステラさんと俺の母親だったのだ。心配はしていた。俺よりもペトラの方を……まぁ、おかげさまでペトラが責められることもなかったわけで。いや、当然なんだけどさ。

 俺の母親をステラさんが必死に止めていて、隣でぐったりしちゃってるし、母さんも母さんでステラさんに迷惑かけちゃダメじゃないですかね……


「翔也さんも、あまり無理をされますと美翔みう様も心配してしまいますので、今一度気を引き締めてください」

「は、はい……」

「ペトラ、あなたも翔也さんに甘えてばかりではいけませんからね」

「はい」

「じゃあ翔也、ペトラちゃんのことしっかり守るのよ?」

「はい……」

「ステラ、帰るわよ」

「はい、美翔様」


 嵐のようにやってきて嵐のように去っていく俺の母親。お咎めがなにもなかったからまぁ結果オーライだろう。終始ずっと緊張しっぱなしだったからその糸が解れて一気に身体の力が抜けてしまった。


「ふぅ……なんとかなった……」

「翔也、お疲れ様」

「う、うん……ペトラもね」

「もっと言われるかと思ったけど、翔也がターゲットだった」

「まぁ、俺が悪いからね……」


 ペトラはホッとしたように胸を撫で下ろしていた。ステラさんが遥々やってくるとなるとそりゃ大慌てになっちゃうよな。


「それから翔也に不満がある」

「え? いきなり何!?」

「翔也と栗橋さんは付き合ってるの?」

「え?」

「恋人同士かどうか教えて欲しい」

「そりゃ、付き合ってないよ。ただの先輩後輩の仲だよ」

「そう。なら栗橋さんに構い過ぎ。私のこと放ったらかし。それは平等じゃない。不公平」

「は、はい……?」


 なんの不満かと思ったら、まったく想像していない部類の不満だったようで、俺もどう対処して良いのかが分からない。


「もっと私にも構って欲しい」

「え、えっと……具体的に何をすれば……?」

「頭を撫でて欲しい」

「頭を?」

「うん。昔はよくしてくれてた」


 確かにしていたけど、それはお互いにもっと幼かった頃の話だ。それでも目の前の女の子にそんな事を言おうものならまた更に不満を溜め込んでしまうと思い素直に頭を撫でてあげた。


「うん、ありがとう。翔也」


 嬉しそうに微笑むペトラの表情は幸せそうだった。

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