第26話 幼馴染、不満!



「ってなわけで、しばらく喫茶店のアルバイトはお休みして、マネージャーの仕事をやることになったから」

「そうなんだ」

「う、うん」

「分かった」

「…………」


 七瀬さんのマネージャーになる件をペトラに話したが、いまいち覇気がなかった。むしろなにも感心していないような、俺の報告がどうでもいいような素振りだった。

 ペトラならまた心配だとかいろいろ言ってくるかなって思ったけど。


「一応報告は以上だけど、なにか質問とかはある?」

「質問はありません」

「そっか。じゃあこの話はおわ――」

「不満があります」

「え……?」

「なんでもかんでもそう易々と引き受けてしまうのはどうかと思います。翔也の優しさがそうさせているのは重々承知だけど、限度ってものがありますよ。翔也は自分より他人を大切にします。それは大事なことです。でもやっぱり1番は自分。私にとっての大事は翔也。そのことを翔也は何も分かってない……分かってくれない……」

「ぺ、ペトラ……? どうしてそんなに怒って――」

「ストーカー事件に巻き込まれたの、忘れたんですか? あの時私がどれだけ心配して、どれだけ苦しんで、翔也様を救えなかった自分の非力さに嫌になって……恐くて仕方がなかった……」

「いや、でも今はストーカーの被害に遭ってないしさ」

「可能性は十分にあります。今後も、これからも、今だってあるかもしれません。それをもっと理解してください……私はもうあんな想い……したくないんです」


 ペトラの心をないがしろにした、当然の激情。浅はかな自分の考えで他人を傷つけてる事実が嫌になる。けど、友達が俺を必要としてくれてたら助けたいって思っちゃうんだよ。七瀬さんの身の丈を知って、そうしたら悲しい表情はもう見たくないって。


「ごめん、ペトラ。ペトラの気持ち、全然考えてなかったよ」

「本当にですよ……翔也はバカです……」

「そうだね、俺はどうしようもないバカだよね。でもペトラの気持ちを知っても、俺はマネージャーはやるよ。他でもない、俺がそうしたいから」

「知ってます。だから私も異論でも反論でもなく、ただの不満を言っただけです。忘れないでください、私の気持ちを、言葉を、想いを。そして困ったときは必ず私に言ってください。翔也様の為なら、なんだってしますから」

「ペトラ、ありがとう。全体心配はさせないから」


 ペトラはバカと一言呟いて、もう一度笑ってくれた。最初から否定をするつもりはないと思っていたのは、ペトラが俺を理解していて先を見ているって分かった。俺はつくづくこの幼馴染に助けられてばっかりだ。


 そんな幼馴染の頭に手を置き、優しく撫でながらありがとうと一言呟いた。







「お、お疲れ様です……!」

「うん、ありがとー! 次のスケジュールどうなってる?」

「あ、はい。次は暁通りで雑誌の撮影と、その次は三本木ヒルズで雑誌の撮影とインタビューです。んで、その次は——」


 七瀬さんの仕事のマネージャーをすることになった初日。もうなんだかいろいろ大変過ぎてわけわかめです……ってタイムスケジュールはハードだし、1日に何回も撮影とか入ってるしでめっちゃ大変じゃんか。


 そんなハードスケジュールなのに七瀬さんは笑っていて、プロって凄いなって純粋にそうおもった。表に出さないでいられるのは中々に難しいとも思うし。


「ごめん、お水ちょうだい」

「あ、はい」


 それと引き換え、マネージャーのはずなのに気の利いたことが1つもできてない俺。今だって撮影で疲れてるはずの七瀬さんに水の差し入れすらできていない有様だった。


 車の中でメイク直しや表情の作り込みなどをしている七瀬さん。その行動に関しては初めて見るので新鮮さがあり、見ているのは飽きないけど、恥ずかしいからあまりジーっと見ないでと言われてまたしてもすみません案件だった。


 時間と仕事に追われながらも、辿々しくも仕事をこなす中で気がついたことがあった。スタッフさんや撮影関係者の方は皆九条さんとか桜花ちゃんとか、芸名で呼んでいて、誰一人栗橋七瀬の名前を出す人は居なかった。


 七瀬さんはそこに不満を感じていたと言っていた。芸名なら仕方ないのでは? なんで正論は七瀬さんを傷つけるだけだから言わないけど、必要とされてるのが九条桜花と言う七瀬さんの言葉の意味は理解できた。


 七瀬さんが撮影中はゆっくりとその光景を鑑賞……ってわけにもいかなく、次の現場でのスケジュール確認など打ち合わせがある為、俺にもゆっくりできる時間はあまりなかった。


「じゃあ次の現場はこんな感じでお願いします」

「わ、分かりました……」


 当然全てを頭に入れられるほど記憶力が良い方ではないから、メモを取ってそれをひたすら眺めるしかできない。

 そんな時に打ち合わせ時にいた女の人? 役職は分からないけどその人が俺に声をかけてきてくれた。


「君は桜花とは仲が良いの?」

「あ、はい。七瀬さんにはいつも良くしてもらってます」

「そうなのね。桜花が撮影じゃない時にもあんなに笑顔になるなんてなかったからね。変化点としては君がここにいるってことだけだから。もしかして彼氏とかだったりするの?」

「い、いえ。俺と七瀬さんはそんな関係じゃないですよ。ただの先輩と後輩です。それに俺と七瀬さんじゃどう考えたって釣り合わないですって……!」


 七瀬さんは有名なモデルだ。きっとこのままモデルの仕事を続けて、人間関係を築けばタレントになれたりするだろう。そういった芸能関係の人と付き合うのか、有名俳優とかと付き合うのかは分からないけど、俺だけは無いってのは分かりきっていた。


「どうかしらね。一緒に居て笑顔になれる存在って、凄い大きいと思うけどね」

「一緒に居て笑顔になれる存在?」

「あ、撮影終わったわ。次の現場の準備急いで!」

「あ、はい!」


 俺の1日はまだまだ終わりそうにありません。








「すごい……ハードだな……」


 今日何回その感想を言ったかは分からないくらいにハードだった。こんなの毎日なんか頭が狂いそうになるけど、周りの人に支えられながらなんとかやっていけてる。


 次の撮影場所に向かうが、前の現場が少し早めに終わったのと道路が空いていて早目に着くことができた為、車の中でしばしの休憩タイム。


「はぁ……」

「ごめんね〜。流石に疲れちゃってるよね〜」

「い、いえ。七瀬さんの方が疲れてますよね。俺、なんか飲み物買ってきますね」

「あー大丈夫大丈夫! さっきお茶貰ったから! 翔也くんも休める時はしっかり休まないと動けなくなっちゃうよ」

「既にもう動けてないですけどね……」


 だけど、七瀬さんとこうして話をしていると不思議と疲れている感覚が無くなっていく。厳密に言えば回復してるわけじゃないだろうけど、きっとそんなことを忘れられるくらい夢中になれてるんだと思う。


「翔也くんがいるから私もすごいやりやすいよ! すっごい助かってるよ!」

「正直、俺が居る意味がまだ見出せてませんけどね……」

「本当の私を知ってくれてる人がいるって、すごい安心感があるんだよ」

「そう……なんですか」

「活躍を期待されるのは当たり前だけどさ、自分で言うのも変だけど、九条桜花が完璧ですごいんだ。そんなプレッシャーに押しつぶされちゃいそうで……毎回ね」


 俺にできることは隣にいることだけ。七瀬さんはそれで救われると言ってくれてるけど、何かしてあげたい気持ちは次第に膨れ上がってくる。

 だったら俺に何ができるだろうか? きっと、何もできないのだろう。その不甲斐なさがまた余計に落ち込ませるけど、今はそれよりも七瀬さんのサポートのことだけを考えるんだ。


「俺がいて七瀬さんの助けになるなら、いつまでも居ますから! なんでも言ってください!」


 それしか出来ないなら、それだけでもこなして見せる。

 それかま俺に今この瞬間にできることだから。


「きっとね、これからたくさん翔也くんに甘えちゃうと思う。今までは凜しか知らなかったから凜にだけ甘えてたけどさ。多分その半分……いや、半分以上頼って迷惑かけちゃうと思う。ごめんね」

「ま、任せてください!」


 申し訳なさそうに七瀬さんがそう言った。少しでも返事を躊躇ったら余計に気を使わせてしまうと感じたから、すぐに肯定の返事をする。

 七瀬さんが優しく、柔らかく微笑んでくれる。落ち着いた声音でありがとうと言ってくれた。


 それだけで、その言葉だけで俺は満足だった。

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