第25話 幼馴染、キス魔!



 ペトラと関本さんはやっと勉強を始めてくれた。勉強を始めてるはずなのに、それでも2人の会話は相変わらずピンク色だった。


 年頃なのは分かってるけど、でも女の子ってこんなに露骨に話をするもんなの……?

 俺の困惑を気にせず2人は相変わらず桃色トークに花を咲かせていた。


「ぺーちゃんさ、最近男の子からの告白片っ端から断ってるよね」

「うん」

「前島くんとかイケメンでスポーツ万能だよ? 試しに付き合ってみたらいいのに」

「私、もう好きな人がいるから」

「え!? 誰!?」

「それは、内緒」

「えぇ〜教えてよぺーちゃん。私とぺーちゃんの仲でしょ〜?」


 その人に心当たりがあり過ぎるんですよね。ってかその相手今扉の向こう側にいるんですよ。

 相変わらず突撃しにくいムード、雰囲気の中だけど、どうにか隙を見つけようとする。


「ぺーちゃんってキスしたことある?」

「……ないよ」

「あー、その反応はある万能だよ! 私のキスサーチレーダーは誤魔化せないよっ!」

「な、ないよ。そんな淫らな……こと」

「色っぽい!? 今日のぺーちゃんはすごく色っぽいよ!?」


 ペトラのキスの相手にも心当たりあります。ってか扉の向こう側にいます。なんだかもう恥ずかしくて死にたいです俺……

 ペトラは誤魔化してるけど、きっと顔は赤くなっているんだろうな。必死に誤魔化してるけど誤魔化しきれてないんだろうな。


「ちょっとトイレ借りるね、ぺーちゃん!」

「うん、入り口の扉から見て左側にある」

「分かった!」


 その言葉を聞いて慌てて隣の部屋に隠れる。関本さんは鼻歌を奏でながらトイレに向かった為、俺はそのチャンスを逃しまいと、飲み物とお茶菓子を乗せたトレイをペトラ達がいる部屋へと運んだ。


「ぺ、ペトラ……これ2人で、食べてね」


 顔が見れない。ペトラの顔が素直に見れない。そんな俺の様子を察して、ペトラは小さく言葉を呟く。


「聞こえ……ましたか?」

「…………」

「そう……ですか」


 恐る恐るペトラの方を見ると、顔が真っ赤で茹でタコのようになっていた。そんな彼女の反応を見ると俺も恥ずかしさが込み上げてくるので、お茶菓子を置いてそのまま部屋を出て行こうとする。


「え……?」


 俺がテーブルに置いている間に、素早い動きでペトラは部屋の開いていた扉を閉めた。閉めれば当然、外からは何も見えない。

 顔を真っ赤に染めながら、それでもペトラは俺をまっすぐに見つめていた。


「ぺ、ペトラ?」

「翔也……」

「ど、どうし——」


 俺が言葉を発する前にペトラに唇を塞がれてしまった。唐突なキス、予想なんかしていなくて、バランスを崩しそうになる自分を支えるのに必死で、ペトラを引き剥がすことができない。


 5秒ほど経ったくらいで、トイレを蛇口を捻って水が流れる音が聞こえてきたタイミングで、ペトラは俺から素早く離れた。

 いつの間にかペトラは、本当に俺を落とすつもりで、遠慮なくって躊躇なく俺への好意を全力でぶつけてくる。


「あれ? お兄さん?」

「えっと、お茶菓子……せっかくだから食べてね」

「わぁ! ありがとうございます!」


 テーブルの上に置いたお茶菓子を一目散に取りにいく関本さん。変に怪しまれなくて良かったとため息をつき、そのままペトラを見るが、彼女の表情は既に赤みは引いていて、むしろ俺にウインクをしてくるぐらいの余裕を見せていた。


 この金髪碧眼小悪魔は、遠慮を完璧に捨てたらしい。










「あ、翔也くんきたきた!」

「こんにちは。どうしたんですか? 急に集合だなんて」

「ちょっと翔也くんにお願いがあってさ〜」


 とある日の休日に七瀬さんに呼び出しを受けた。集合場所は俺のアルバイト先でもある月島さんの祖父が経営してる喫茶店だった。

 呼び出し要件はメッセージには記載されていなくて、何も分からない状態でここまでやってきた。


 お店に入ると奥の席に俺の姿を見つけて手を振る七瀬さんと何かしらを食べている月島さんの姿があって、今に至る。


「じゃあ早速だけど、凜お願いね」

「へ?」

「尾関、こっち」

「え?」


 わけもわからず、そのまま月島さんに首根っこ掴まれて奥の部屋へと連れていかれる。


「あ、あの……月島さん?」

「はい、これに着替えて」

「え?」

「いいから早く」

「あ、はい……」


 月島さんに言われるがままに渡された黒い服を着はじめる。だが、これを着るってことは一度自分の服を脱ぐ必要があった。


「あの、月島さん?」

「なに?」

「俺、今から着替えるんですけど……?」

「知ってるけど」

「見られてると着替えにくいんですけど……」

「別に私は気にしないからいいよ」

「俺が気にするんですよ!」

「あーあー分かった。出てくから早く着替えてよね」


 そう言って月島さんは部屋から出ていってくれたので、俺は速やかに着替えるが、着てみて初めて気がついたが、これはスーツだ。


 少しだけ大きい気もするけど、着れないレベルではない。だけど、なんで俺はスーツを着させられてるんだ? それがまだ理解できていなかった。


「あの、着ましたけど。これってスーツですよね?」

「意外と似合ってるじゃん。んじゃあこっち来て」


 月島さんに言われるがままについていくと、先程七瀬さん達が座っていた席へと戻ってきた。


「おぉー! 似合ってる似合ってる〜!」

「あの、これはいったい?」


 拍手をしながら俺のスーツ姿を褒めてくれる七瀬さん。それはそれで嬉しいけど、それよりもこの状況を説明して欲しい気持ちもあった。

 すると七瀬さんは小さく咳払いをした。


 そして七瀬さんは言った。とんでもない爆弾を投下した。


「翔也くんを私のマネージャーに任命します!」

「はい?」


 意味が分からなかった。


「良かったじゃん。ナナのマネージャー」


 全くもって意味が理解できなかった。


「まね、マネージャー?」

「うん、マネージャー!」

「え……? えぇ!?」


 なんでいきなり俺が指名されたかは分からないけど、本日から俺は七瀬さんのマネージャーになるらしいです。







 俺のアルバイト先でもある喫茶店からこの物語は始まった。


「私のマネージャーがしばらく休養に入るんだけど、その間の代役がもちろん必要になるわけで、それで翔也くんがいいなって思ったの!」


「いや、俺全然経験ないんですけど……」

「あー大丈夫大丈夫! 私のスケジュール管理と現場への送迎時の護衛とかだから!」

「護衛はともかく、スケジュール管理なんてできますかね?」

「基本的にもう時間で区切られてるから、その時間の範囲内かどうか見てくれればいいかな。時間が押してるようなら声かけてくれれば巻くしさ」

「は、はぁ……」

「いいじゃん、ナナが頼ってくれてるんだし」

「月島さんでもいい気がするんですけど?」

「私はヤダ。だってめんどくさいし」


 前から薄々は思っていたけど、この人は結構ハッキリ言うタイプの人間なんだ。それでも七瀬さんが相変わらずニコニコしてるのは月島さんの性格をちゃんと把握していて、付き合いが長いからそうできるのだろう。

 それに比べて俺はまだ付き合いは浅い。月島さんと比べればそれは雲泥の差だ。


 もしここで俺が同じようにめんどくさいと言えばどんな反応をするのだろうか? 月島さんと同じ反応をしてくれるだろうか? 笑ってそっかぁなんて言ってくれるだろうか? いや、そんなはずはない。スーツまで着せてきて、七瀬さんは本気で俺に頼んでいる、それを断ることの意味が分からない俺じゃない。


「わ、分かりました。引き受けますよ」

「本当に!? ありがと~翔也くん! 断られたらどうしようかと思ったよ~」


 ひとまず、七瀬さんが喜んでくれたのが幸いだ。だけどマネージャーなんて経験してきたことなんかないぞ? ただでさえ今の生活リズムもペトラがあってこそ成り立ってるのに、自分自身をまともに管理できていない俺が他人の管理なんて務まるのか?


「ちょっと私事務所に連絡してくるね!」


 そう言って七瀬さんはスマホを手に持ってお店の外へとかけて行った。七瀬さんが外にでたのを見送って、俺も盛大な溜息をつく。


「はぁ……」

「そんな気負いしなくていいのに」

「いや、でも俺なんかでできるのかなって……」

「別に尾関には何も期待してないよ」

「え……?」

「ただナナは、自分を理解してくれてる人を側に置きたいだけ。マネージャーが休養ってこともあって、その想いが爆発したって感じかな」

「そう、なんですね」

「別にマネージャーとしての仕事ぶりはなにも期待してない。でも尾関、あんたの存在は頼りにしてると思う」

「俺の存在、ですか?」

「自分の苦労と苦悩とか、ネガティブな負の感情を知っている相手、お互い曝け出した相手なら信用できるし、側にいると心強いんだよ」


 月島さんの言葉を聞いて、少しだけ心が満たされた。俺はしっかり必要とされてるんだって分かったのが嬉しかった。


「あ、でもマネージャーやったらここのバイト、どうなるんですかね?」


「別にしばらく休んでいいよ。元々2人で回してたわけだし」

「そ、そうですか」

「うん、だから尾関はナナのマネジメントをすることだけ考えてればいいの」

「は、はい」


 月島さんの思いは伝わった。七瀬さんの想いを知って、あとは自分自身が行動するのみだった。










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