第23話 友人、感謝!



「ありがとうございました!」


 いつものアルバイト先で快活にそう声を張る。七瀬さんとまた友達に戻れたことが嬉しかったからかもしれない。もうそろそろでバイトが終わるって時に月島さんが俺に話しかけてくれた。


「ねぇ、尾関。このあと暇?」

「このあとですか? 特に予定はありませんけど」

「なら、お茶してってよ。奢るし」

「い、いいんですか?」

「うん。終わったら奥の部屋で待っててよ」

「分かりました」


 月島さんとそう約束をして、残りのバイト時間に勤しんだ。モヤモヤが晴れたせいかアルバイトに夢中になっていて、自分が時間を超えていることにも気が付かなかった。月島さんに時間だよと言われてすぐにタイムカードの退勤を打刻してから奥の部屋へと向かった。


 部屋の中には誰もいない、なんだか孤独な雰囲気が漂っていた。テーブルの前に座っているとくしばらくしてから月島さんがトレイを持って現れた。

 トレイの上には紅茶とケーキが二つ、きっと俺の分と月島さんの分なのだろう。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 いただきますと挨拶をしてから紅茶を一口飲む。温かくも渋みのある味がクセになる。そのままケーキも食べ始める。きっとこれは紅茶のシフォンケーキで、前から気になっていたケーキだった。


「ありがとね」

「え?」


 お互い黙々と食べ進めてた時に、話しかけてきたのは月島さんの方からだった。

 だけどその言葉の意味はよく分からない。月島さんが俺に感謝するようなことってある?


「ナナのこと、救ってくれたから」

「え? あぁ、いえいえ。俺だって七瀬さんと友達になりたかったですから」

「それでも、ありがとうね。ナナのあんな表情がまた見られて嬉しかった」

「そうですか」

「ナナのこと、これからもよろしく頼むよ」

「結構プレッシャー感じちゃいますね。そんな改まって言われちゃうと」

「私にとってはナナの幸せが最優先だからね」


 その時の月島さんの表情はとても印象的だった。温かく包み込むような、そんな優しい母親のような表情をしていた。

 きっと俺が思っている以上に月島さんは七瀬さんのことが大好きなんだと思う。

 俺なんかが出会うよりももっと前から出会っていて、長い年月がそのまま2人を繋いでいるのだろう。


 そんな風になりたいと、心の底から思った。こんな風にお互いに思い合える存在に俺もなりたいと。

 なれるかは分からない、俺が間違うかもしれない、納得できないかもしれない。

 それくらい人間関係は難しく複雑だから。でも道を踏み間違え時にはきっと正してくれる。だから俺も正しくありたいと思った。







「友達に戻れたの?」

「うん、ペトラのアドバイス通りにちゃんと話をしたんだ。そしたら分かってくれたんだ」

「そう、なら良かったね」

「うん、ペトラもありがとうね。相談乗ってくれて」

「翔也のことを助けたかったから、気にしないで」

「うん、ありがとう」


 ペトラにも七瀬さんとのことを話して、この件は一件落着となった。改めて考えると本当にいろんな人に支えられてるんだなって分かって、おんぶに抱っこの自分が恥ずかしいけど、どこかできっちり精算はしなくちゃと思ってる。


「それと翔也」

「なに?」

「なにか、忘れてる」

「忘れてる?」

「うん。私まだ返事貰ってない」

「あ、そうだったね……」


 ペトラの告白の返事をまだしていなかった。でも、答えは前から決まっていた。

 今はその気持ちに応えられないと。まだ誰かと恋人同士になりたいって感情がないから、そんな中途半端な気持ちで付き合って良いものじゃないよね。恋愛って。


「今はまだ気持ちに応えられない、かな」

「そう。翔也って他に好きな人、できたの?」

「え? いないけど」

「うん、なら良かった。私はこの好きをまだ諦めなくていいんだね」

「怒らないの……?」

「どうして怒るの?」

「いやぁ、返答するのに時間がかかっちゃったし、その挙句に断っちゃったし……」

「翔也に時間が必要だったのは分かってたし、だから私も遅らせた。人の恋心はそう簡単に結果が出せる物じゃないのも理解してる。だから大丈夫。私はまだ翔也を好きなままだから」

「そっか、ありがとね」


 ペトラはいつだって真っ直ぐだった。俺を助ける時も恋心を打ち明ける時も常に真っ直ぐだった。

 そんな眩しいくらいに真っ直ぐな彼女のことを直視できない、そんな後ろめたさが俺にはあった。


 彼女のように強くはないし真っ直ぐでもない。すぐに曲がって折れかかってしまう芯のない男。そんな男のどこが良いのかって思っちゃったりもする。


「それと翔也、デートしよ」

「デート?」

「うん、今週末にデートするの」

「いいけど、何か行きたい場所でもあったの?」

「翔也と行きたい場所があるの。私ひとりじゃなくて、翔也と」

「そ、そうなんだ……!」

「だから日曜日、空けておいて欲しいの」

「うん、分かったよ」


 こんなストレートな愛情表現をされたことなんてないから、聞いているととっても恥ずかしくなってしまう。

 でも、ペトラは表情を一切変えずに言ってくる。それくらい芯がしっかりしていることなんだ。それくらい俺に向けた好きは真剣なのだろう。


 年下であるペトラから学ぶことが多い。吸収して成長していけば、有耶無耶にしたこの気持ちもいつか芯を持った感情に変われるのだろうか。








「そういえばさ、ペトラさん」

「なに?」

「七瀬さんはもう自分の家に帰ったよね……?」

「うん。知ってる」

「じゃあさ、隣の部屋ももう空いてるわけであって、ペトラはそっちに移動してもいいんじゃないかなぁって?」

「なんで?」

「いや、だってここに2人は流石に狭いだろうし、ペトラも年頃の女の子だし……ね?」

「翔也は、どうなの?」

「え?」

「翔也はどう思ってるか、聞かせて欲しい」


 そりゃ別々にした方が良いと思ってるし、だって今回の部屋の移動は七瀬さんがこっちに来るからだって理由だし、なら元に戻すのが普通じゃないの……!?


 だからそんな希望を俺はペトラにやんわりと告げたのだ。それでもペトラは俺がどう思ってるかを知りたいらしかった。


「だから俺はペトラが狭いと感じるだろうし、ペトラも年頃の女の子だしって」


「狭さは文句ない。私は居候させてもらっている身で贅沢を言える立場じゃない。それ以前にこの距離感で文句はない」


「え……?」

「2つ目も、問題ない。翔也は私を襲える度胸なんてないだろうし、それもクリアになる。私が隠したいことは何もない」


 いや、マジで直球に言ってくるなこの幼馴染は……ストレートでしか勝負できないのだろうか。


「もし、もし仮に俺が襲っちゃいそうになったら? どうするの?」

「それでも私は構わない」

「は……?」

「私は翔也に好きと気持ちを伝えてる。だからそーゆーことをされても受け入れられる。他でもない翔也がシたいなら、私はその気持ちを受け入れるから」


 曇りのない真っ直ぐな瞳に真っ直ぐな言葉。ペトラはいつだって全力なんだ。

 でも、今はまだその気持ちに応えられないのが申し訳無くなってしまう。


 ペトラのことは好きだ。その気持ちは当然あるが、その好きは異性としてではない。

 一方的な感情に中途半端に応えて、結局気持ちが続かず別れるなんて選択は俺にはできない。


 恋愛が永遠じゃないってのは知ってはいるけど、スタート時点の気持ちはせめて一緒ではありたいと思っている。


「ペトラは、本当すごいよね」

「前にも言った。すごくない、盲目なだけ」

「俺なんかよりもずっと大人だよね」

「真逆。子供のわがまま」


 ペトラは俺の褒め言葉を素直に受け取らない。恥ずかしいのかも知れないけど、それよりもペトラ自身の本質的な気持ちを自覚してるからなのだろう。


「結果的に、私はここで生活するから」

「マジでか……」

「うん、だから翔也も遠慮なく私に触れていい」


 そう言ってペトラは俺の右手を自身の左頬へと持っていく。色白の肌は驚く程に柔らかくハリがある。

 ペトラは優しく微笑んでいるというのに、俺は恥ずかしさで顔から火が出る程に真っ赤になっていると思う。




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