第21話 幼馴染、頼もしい!
七瀬さんは病室から出て行ってしまった。取り残された俺と月島さんの間には会話はない。ただ七瀬さんに拒絶されてしまったって結果だけが残っていた。
「ナナは……きっと裏切られるのが恐いんだと思う。だからあんたと離れたんだと思う」
「でも、だとしたらなんでタイミングが今なんですか?」
「あんたが知ったからだよ、九条桜花の存在を」
「なら、なんで七瀬さんは俺にストーカーのことを話したんですか? それを話すことで自分がモデルをやってることはバレる可能性が出てきますよね?」
「それは分からない。でま、もしかしたらナナの中でも葛藤があったのかもしれない。あんたなら違うんじゃないかって想いがあって、でも結果的には受け入れられなかった」
なら、どうすればいい? 俺は何を選択すればいいのだろうか。七瀬さんはもう俺には会ってくれないだろう。そんな状況で俺に何ができる?
「俺にできることは、なにかありますかね?」
「…………」
「何も、ないですかね……」
沈黙は肯定だ。俺は七瀬さんに対して何もできない、何もしてあげられない。その無慈悲な事実だけが突きつけられた。
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切り傷も順調に回復して無事に退院することができた。あの日以来七瀬さんが俺の病室に訪れることはなかった。その事実が悲しくもあり虚しくもある。
やっと大学で見つけた唯一の存在、それが一瞬にして無くなったから、俺はまた独りぼっちになってしまった。
「退院おめでとう、翔也」
「ペトラありがとう。でもわざわざ病院まで来なくても良かったのに」
「また翔也に何かあったら耐えられない」
「悲劇はそんなに重なるものじゃないと思うけどね」
「これ以上何かあったら、私は翔也の側に居られなくなる」
「ペトラが責任感じることじゃないよ」
久しぶりに顔を合わせたペトラは少しだけ痩せているようにも感じた。
今この日本で俺が唯一信頼できる存在はペトラだけになった。月島さんもいるけど、七瀬さんの件があるからきっと今までみたいに絡むことは無くなるだろう。
それで良かったのだろうか? 良かったも何もそうするしか道は無かった気がするけど。
晴れない気持ちはいつまで経っても何日経っても晴れない。
「翔也、何かあった?」
「え?」
「暗い顔してる」
「そう? 病み上がりだからかな」
「栗橋さんと、なにかあった?」
「…………」
「沈黙は、肯定」
何かあったか無いかで聞かれたらあったのは確かだ。でもそれがどうにかできるかは別問題だ。ペトラに話した所で状況は何も変わらないだろうし、なら何もなかったと言えば丸く収まる。知らなきゃいい事実だってこの世にはあるのだから。
「何もないよ」
「嘘」
「え?」
「翔也は嘘をつく時、頬をかく」
「え……?」
「私の気持ちは伝えた。ずっと好きだった。好きだからずっと見てきた。ずっと見てきたから分かる。翔也は今、悩んで苦しんでる」
「ペトラ……」
「話したくないなら話さなくていい。それは翔也に任せる。でもこれだけは知っておいて。私は翔也の味方」
「ありがとう……ペトラ」
少しだけ、もう少しだけ頑張ってみようと思った。せっかく作れた友達を無くすのはやっぱり惜しい。
アルバイト先の友人ともギクシャクしたくない。
「ペトラ、相談があるんだけどさ」
「うん、話して」
俺はペトラに悩んでいたことを、七瀬さんのことを話し始めた。
▼
ペトラい今までのことを話した。俺の過去も、そして今ぶち当たってる壁の事も。どうすればいいのか分からなくて悩んで、そんな俺にペトラは優しく言葉をかけてくれた。自分のことを話してる途中で手が震えてるのが分かった、そんな俺の手を優しく包みこむように握ってくれた。
「翔也はいっぱい、傷ついてきたんだね」
別に俺のことを慰めて欲しかったんじゃない。それでもペトラは俺を心配して気遣ってくれて、その優しさが身に染みた。
「俺はどうしたらいいかな?」
「翔也は話せばいいと思う。翔也の傷ついた過去が栗橋さんを救えると思う」
「俺の過去が?」
「似ているから。今の問題と翔也の過去が。話せば分かると思う」
話せば分かるなんてそんな簡単なことじゃない。でもやれるのはそれくらいならやるしかないじゃんか。
俺はそのまま七瀬さんの連絡先を開いて、メッセージを打ち込んだ。今日の夜に近くの公園で待ってますと、地図アプリのURLも一緒に付けて送った。
それを送って七瀬さんが来てくれるかなんて分からない。それこそ、俺のメッセージすら読んでくれてるかも分からない。もうすでに連絡先もブロックされてるかもしれない。
「七瀬さん、来るかな?」
「保証はできない。でも動かなきゃ何も変わらない」
「そう、だよね」
ペトラの言葉で励まされて、俺自身の選択を信じる。今はその選択を信じて七瀬さんを待つだけだ。
約束の時間は夜の7時、それまでにできることを……なんてそんなことはないけど、ただ気持ちを落ち着かせる為に時間を使う。
約束の時間の1時間前に公園に到着した。メッセージアプリの七瀬さんとのトーク履歴を見返したけど相変わらず既読になっていなかった。日中は温かいけど日が落ちると冷え込んでくる。
少し薄着で来ちゃったかもしれない後悔はあったけど、今戻って羽織るものを持って戻る時間を計算すると約束の時間を過ぎてしまう。
俺が家に戻っている間に七瀬さんが来て、俺が居なくて帰っちゃうなんてバカバカしいすれ違いなんて起こしたくない。
公園の傍に備え付けてある自動販売機でカフェオレを購入して一時の暖を取る。今はその甘さすらよく分からない。
時間は既に7時を過ぎていて、その公園にいるのは俺1人だけだった。来てくれなくてもなんら不思議じゃなかった。むしろそうだと思っていたから気持ちは楽だった。
でも、その場から立ち上がることはできなかった。もうここには来ないと分かっていても、その場から動くことはできなくて、煙草に火を付け紫煙をくゆらしはじめた。
時間はもう既に夜の9時を超えていた。煙草の数ももう残りわずかで、それでも吸うのを止められなくて箱に手を伸ばした時に頬に当たる熱い物。
「風邪、引くよ」
そこには今にも泣きだしそうなくらいに表情を歪めながら笑う、七瀬さんの姿があった。
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