第19話 先輩、幼馴染、窮地!


 アルバイト終わりに七瀬さんの護衛任務を開始した。七瀬さんから少し離れて歩き、周りに不審な人物がいないかどうかを確かめる。


 通り過ぎる人、立ち止まって煙草を吸っている人など、人にはそれなりに出会うがこれといって怪しい人には出会うことはなかった。


 七瀬さんとはスマホのトークアプリで連絡を取り合いながら状況確認をしていく。七瀬さんが気配を感じるようになったのはこの先かららしく、もう一度気を引き締める必要があった。


 しばらく歩いていても怪しい人影は見当たらない。むしろ俺がずっと後ろから付いてることが怪しまれてるとかないよね?


 そのまま歩き続けても一向に怪し人影を目撃することはなく、そのまま七瀬さんの住むマンションに着いてしまった。

 先に七瀬さんがマンションに入り、その数分後に後を追って俺も七瀬さんの自マンションに入っていく。


「怪しい人いました? 俺は見かけなかったんですけど」

「私も今日は感じなかったかな。しばらく翔也くんの家に居たからかな?」

「でも、それじゃ問題解決にはならないですよね……」

「そう、だね」


 七瀬さんの力になりたいって息巻いたのはいいものの、結局空振りに終わってしまった。七瀬さんはまだ終わらない恐怖と一緒に過ごさなきゃいけない。それはどれだけ辛いことか俺には計り知れない。


「このまま帰ろっか。何事もなければそれにこしたことはないし」

「そうですね。帰りますか」


 今度は七瀬さんの家から俺の家へと向かう。今度は距離を置かずに俺の隣を七瀬さんが歩く。もしストーカー事件とか何もなくてこうやって一緒に歩けていればさぞ嬉しかったのだろう。

 でも今は事が事だけに喜んでる場合でもなかった。


「付き合ってくれてありがとね。結果的には何もなかったけど翔也くんがいて心強かったよ!」

「いえ、俺は何も……」


 何もできていなかった。七瀬さんの不安も問題も解決してあげられなかった。仕方ないで終わらせてしまえばそれまでだ。

 だか、そんな時だった。物陰から黒いフードを被った見知らぬ人物が姿を表したのだ。


「九条、桜花……」


 聞いたことのない名前を呟くその人物の声音から男性っぽさがあった。でも九条桜花なんて名前の人物を俺は知らないし、俺の横にいるのも栗橋七瀬さんだ。


 だけど、名前が違うはずの七瀬さんの表情が恐怖の顔色に変わる。何故そうなってるかは分からないけど、七瀬さんにとって目の前の男が恐怖の対象なのだろう。俺は七瀬さんの目の前に立ち、その男から彼女を守ろうとする。


「ソイツは誰だ? なんでそんなヤツといる?」


 狂気にも満ちた声音でそう呟く。妄想の中の話なのか現実の話なのかは分からないけど、俺達を標的にしている事だけは理解することができた。


「桜花から離れろぉぉぉぉ」

「七瀬さん、逃げて!」


 こちらに突進してくる男の盾になって七瀬さんを逃がそうとする。だけど相手力が強く、俺が非力だった為に軽々しく吹き飛ばされてしまう。コンクリートに腕やら足やらを擦って痛みが生じる。それでも目の前の男の興奮は収まらないし、むしろより一層雄たけびを上げながら俺に向かって突っ込んでくる。


 相手の蹴りを綺麗にかわして……なんてことはできない。俺は喧嘩なんか強くないし動体視力だって良くない。だから右足で振りぬかれた蹴りをまともに食らってしまう。息ができない、苦しい……意識が朦朧とする中、相手の男が近づいてくるのが分かる。ダメだ、全然敵う相手じゃない。俺はなにもできない。無力だ。


 ふと後ろを見ると恐怖で身動きが取れていない七瀬さんの姿を目にした。逃げられていなかった。それは無理もない。ならせめて俺が壁になって時間を稼ごう。それくらいしかしてあげられないけど、そうしなきゃいけないから。

 テレビに出てくる物語の主人公や正義のヒーローになんかなれない。だから俺ができることをするだけなんだ。


「殺シテ、ヤル」


 もう一度蹴りが来る。そう思った矢先に相手の顔面に何かが当たった。それはスクールカバンのような物で、それが飛んできた方を見るとそこには息を切らしながらこちらに向かってくるペトラの姿があった。


「翔也!」

「ペトラ……来ちゃダメだ」


 俺の言葉なんか無視してペトラは俺に近づいてくる。瞳に涙を溜めながら、俺の名前を何度も何度も叫んでいた。

 痛みが響いてきて意識が朦朧とする中、いつの間にか男が俺達の前に立っていた。そして大きく腕を振りかざし、その先には銀色に光るナイフのような物を持っていた。

 嘘だろって思ったけど、そんな悠長に思考を回している余裕もなく、男はナイフを振りかざしてきた。


 間一髪の所でペトラを庇うことができたが、代わりに自身の左肩がナイフに切りつけられてしまう。刺されなかっただけマシかもしれないが、血が出てくるし痛みもあるしで情けなく蹲るしかできなかった。

 ペトラの叫び声が聞こえて、男がまた近づいて来ると思ったその瞬間だった。


「警察だ、刃物を捨てて大人しくしろ」


 俺達の前に現れたのは警察官数人だった。男は発狂しながらナイフを振り回すが、すぐに警察官に取り押さえられ手に手錠をはめられていた。

 七瀬さんをストーカーしていた男は捕まった、これで事件は解決だろう。七瀬さんもケガなく無事だろうし、っと安堵した瞬間に身体の力が抜けて意識が遠のいていく。


 最後に聞こえたのはペトラが俺の名前を叫ぶ声だった。








 目覚めた時は見知らぬ天井を見ていて、するとペトラがいきなり抱き着いてきた。

 翔也と俺の名前を呼んで、生きててよかったと涙を流しながら俺を抱きしめてくれた。少しばかり痛かったけど、あんまりにも泣きじゃくるペトラをはがすことはできなかった。


 記憶は残っている。あの時の記憶はしっかりと残っていて、自分の不甲斐なさもペトラ達には被害がなかった安心感も両方抱いていた。

 俺自身のケガも命に関わるほどのケガでもなく、切られた腕を手術で縫った程度だった。これを普通と言っていいのかは分からないけど死の淵を彷徨うよりはいいだろう。


「ペトラ、七瀬さんも無事なんだよね?」

「栗橋さんにもケガはありません。翔也にすごく感謝してた。今は警察の方と事情中手です」

「そっか。無事ならいいや」

「それと翔也。もうあんなことはやめて」

「あんなこと?」

「翔太は最後、私を庇った。だから腕をケガした。翔也を守るのは私の務めだから。翔也を守る為にここに来たのに、これじゃ……意味がない……」

「意味が無いなんてことないよ。俺はペトラには笑っていて欲しいから」


 ペトラが俺にケガなんかしてほしくないと思うように俺だってペトラにケガなんかしてほしくない。その気持ちは同じだから。イギリス生まれのペトラなら知っているはずだ、男は紳士であるべきなのを。


 俺は家事とかなんかロクにできないし迷惑もたくさんかけちゃうけど、いざって時に大切な人を置いて逃げたりしない。それだけは絶対にしたくない。


「翔也がこれ以上傷つく姿は見たくない……」

「心配かけたのはごめんね。でも今はこうして元気だから!」

「翔也……」


 そう言ってペトラはもう一度、今度は優しく俺に抱き着いてきた。きっとペトラが俺を心配する気持ちは変わらない。尾関家の家政婦として働いていた頃からの教養をすぐに変えることなんてできっこない。だから変わらなくてもいい。変わらなくてもいいからそれ以外の選択肢があることも知ってほしいと思った。


 そんな矢先に俺の病室にやってきた男性と女性がいた。話を聞くと今回の事件を担当することになった刑事さんらしい。俺は記憶していること、覚えている事をすべて刑事さんに話した。


「犯人は九条桜花って名前を言っていて、これって人違いですよね? だとしたら犯人は薬物でもやってたんですか?」

「君は知らないのか? 彼女は有名なモデルさんなんだよ。そのモデルの仕事をしている時の名前が九条桜花なんだよ」

「え?」


 刑事さんからの事情聴取が終わってからすぐにスマホで九条桜花と名前を検索すると、確かに職業モデルとして検索が引っ掛かった。仕事内容の説明も多かったけど、九条桜花のスリーサイズは? とか年齢とか住んでいる場所とかの結果もちらほら見かけた。


 純粋に驚いていた。俺の大学の先輩が、助けた女性が実は有名なモデルだったのだから。








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