第17話 先輩、緊急事態!


 ペトラが俺のこと好き? え? いつから?

 唐突の告白に脳内処理が追い付かない。そんな俺を律義に待ってくれるはずもなく、ペトラはどんどん迫ってくる。


「ずっつ好きだった。イギリスで遊んでた時から好きで。だから日本語の勉強した。翔也とたくさんお話したくて。だから留学もした。翔也に会いたかったから」

「そう、なんだ」

「私の好きはお嫁さんになりたいの好き。今はまだ無理だけど、その時が来たら私は翔也のお嫁さんになりたい」


 その願いにすぐに返事ができなかった。いいよと言えなくて、ごめんとも言えない。告白の返事をできない。だってぺトラは俺の幼馴染で、家政婦で、それだけの付き合いのはずだったから。急に変化を求められても対応はできない。そんな簡単に見る目を変えられない。


「でも、ペトラは家政婦で。俺を世話をする為に……」

「翔也はいいました。壁を感じるから話し方も呼び方も変えて欲しいって。それなのに、私をいつまでも家政婦として扱っているのは翔也の方」

「それは……」

「私は尾関家に仕える家政婦としてではなくて、1人の女性として翔也が好きなの」

「ペトラ……」

「私はいつまでもあの頃の私じゃない。人の心は変わるから」


 ピンポーン♪


 そんな時に空気を読まないチャイムの音だけど、今の俺にとっては救いの来訪者だった。すぐに玄関に向かい待ち人を出迎えたが……


「あ、翔也くんやっほー!」

「な、七瀬さん?」

「ごめんね~急に。どうしても用があって凜に住所教えて貰ってさ~」

「そ、そうなんですね……!」

「失礼ですが、今私と翔也は大事な話をしているのでお引き取りください」

「え?」

「ぺ、ペトラ!?」

「そ、そっかそっか~。じゃあまたあとでにしようかな~」

「いや、また来てもらうのも面倒になると思うので今でいいです。ペトラ、またあとで話そう。ね?」

「翔也のばか」


 ペトラに罵声を浴びせられたが、なんとか承諾を得る事ができた。急な要件の七瀬さんを自宅に迎え入れ、ペトラがお茶の用意をしてくれた。そこはやはり家政婦なだけあって手際がすごく良かった。


「それで、お話というのは……?」

「う、うん。なんか最近誰かにストーカーされてる気配がするの」

「ストーカーですか?」

「うん。夜に帰ったりすることがあるんだけど、後ろから足音が聞こえるし振り向いても誰もいなくて、それで最近全然寝付けなくて困ってるの」


 思っていたよりもずっと深刻な悩みだった。七瀬さんは綺麗で美人だし男の人にモテるだろうから、そんな被害にも遭いやすいのだろう。


「その人に心当たりはあるんですか?」


 俺の横で話を聞いていたペトラが七瀬さんにそう質問をした。


「心当たりは……ないかなぁ」

「特定は難しそうですね。でも、一つ作戦があります」

「作戦?」

「はい、でももう少しだけ情報が必要になります」


 そう言いながらペトラは七瀬さんにいくつか質問をし始める。尾行されてる時は平日なのか休日なのか。昼間か夜か。大体どこら辺から尾行されているのか。

 結果的には平日の夜に最寄駅から自宅に帰るまでの道のりなのが分かった。はたしてこれらの情報から一体どんな作戦が生まれるのだろうか。


「栗橋さんをこの家に泊めます」

「え?」

「平日の夜はここに泊まってもらいます。ですが、駅は違う駅から降りて貰います」

「ここに泊まるって、そんなこといいの?」


 そう言うと七瀬さんは俺を見てきた。でもここで断って七瀬さんが襲われでもしたら死にたくなってしまう。だったらここに泊めて今ある問題を解決しなくちゃいけない。


「いいですよ。ストーカー事件が解決するまで泊っても」

「ほ、本当!?」


 七瀬さんはホッとしたように溜息をつく。はたしてこの問題が解決できるのかが怪しい所ではあるが、一度引き受けたならやるしかない。







「ペトラ、その荷物はどうしたの?」

「翔也の部屋に運んでる」

「いや、それは分かるんだけど」

「栗橋さんはお客様だし、泊めるなら一人がいいだろうから私の部屋が妥当。なら私は翔也の部屋で一緒に過ごすしかない」

「けど、異性同士ってマズくない?」

「マズいと思う事を翔也はするの?」

「え……?」

「マズいと思う事、翔也はしたい?」

「それは……」


 ただの欲求と考えれば人並みにはあるだろうけど、それがペトラに向くかどうかは分からない。だけど近い空間に異性がいる事はそれはそれで俺の身体ってか男子大学生には魅惑的な毒でしかないだけで……


「もし何もする気がないなら問題ない。もし何かしてしまっても問題ない」

「いや、後半にすっごく問題あると思うんだけど……?」

「好きな人に身も心も捧げるのは当たり前。私はいつでも準備はできてる」

「ねぇ、そもそもこれ七瀬さんを泊める話だったよね?」


 七瀬さんを家に泊めるって話からペトラとの絡みが起きるか起きないかのとんでもな話まで飛躍してしまっている。それもペトラの俺に対する愛の深さなんだろうけど、どうしてもペトラを恋愛対象としては見れなかった。


「どちらにせよ栗橋さんを泊めるなら私は翔也の部屋に泊まる。異論は認めない」

「そんな……」

「翔也は私のこと、嫌い?」

「え?」

「一緒の部屋に居たくないくらい嫌い?」

「そんな事はないよ」


 ペトラの事が嫌いなのはありえない。手料理は美味しくて穴だらけの俺の生活の穴を正確に埋めてくれる存在。ありがたさは毎回感じているけど嫌う要素なんて一つもないじゃないか。


「ペトラが嫌いっては絶対にないよ」

「なら、一緒の部屋に住んでも問題ない。この話はおしまい」


 そう言ってペトラは自分の部屋にある物を俺の部屋へと持ってくる。女の子ってもっと部屋にいろいろと道具類とか服とかいっぱいあるイメージだったけど、それらが俺の部屋に入っちゃうくらいペトラの部屋の持ち物は少なかった。


「これからもよろしくね、翔也」

「う、うん。よろしく」

「翔也は栗橋さんの事、好き?」

「え……?」

「恋愛対象として、好き?」


 七瀬さんを恋愛対象として好きかどうか、今すぐに返答できないくらい中途半端であやふやな感情しか抱いていなかった。


「分からない」

「なら、私は遠慮しない」

「ペトラ……」

「私は私のスキを諦めない」


 再度言いわたされる宣戦布告。ペトラの真っすぐな気持ちと向き合わなきゃいけない。七瀬さん問題が解決したらすぐにでも。








 今から嘘のような本当の話をしよう。俺の家には年下の美少女と年上の綺麗なお姉さんが居る。

 自分の人生の中でこんなミラクルが起きる物なのかと思ったけど、いや、本当に予想なんかできっこなくない?


「ペトラちゃん、この棚は本当に使っていいの?」

「はい、私は翔也の部屋に置きますので自由に使ってください」

「ごめんね。私が問題に巻き込んじゃったせいで」

「いいえ、問題ありません」


 目の前の眼福な光景を眺めながら1人リビングに座っている。手伝おうかと声をかけたけど七瀬さんは悪いからいいよと、ペトラも翔也はゆっくりしててと言ってきたので俺はリビングで休憩中だった。


「しばらく泊めてもらう代わりに家事全般は任せてね」

「そちらも問題ありません。私1人でこなせるので」

「それじゃあ私の気が済まないよ。何かさせて欲しいな」

「では、交代で作業をこなすのはどうでしょう? 私は週に4日、栗橋さんは週に3日家事を担当する。これでどうでしょうか?」

「うん、じゃあそれで決まりだね!」


 家主を置いて美女二人でテキパキと作業をしながら今後の段取り等も決めてしまう。まったく無駄が無く思えるその作業に独り取り残されてる雰囲気だった。

 昔から無力だった自分を痛感するようで心がざわざわして、なんとか気を紛らわす為に煙草でも吸おうかとポケットをまさぐって煙草を取り出すが、中には1本も入っていなかった。


「ちょっと俺コンビニ行ってくるので」

「あ、私も付いていっていいかな? ちょっと買いたい物があるの。一旦ペトラちゃんに任せてもいいかな?」

「問題ありません。承知しました」

「ありがとうね。じゃあ翔也くん行こっか?」

「あ、はい。分かりました」


 そのまま家のことはペトラに任せて俺と七瀬さんは二人で近くのコンビニへと向かうことにした。


「本当に巻き込んじゃってごめんね」

「いえいえ、七瀬さんが事件に巻き込まれる方が嫌ですから」


 でも、一旦俺の家に泊めたからって根本的な解決にはならない。一番手っ取り早いのはストーカーをしてる犯人を見つけて摑まえることだけど、そう簡単にはいかないだろう。


「翔也くんって本当に優しいね」

「え?」

「だって今回のって翔也くんにとってメリットってないじゃん? デメリットの方が大きいと思うし」

「確かに、そうかもしれませんね」


 メリットデメリットの話をすれば、確かに今回の件はデメリットしかない。下手をすれば俺どころかペトラまで巻き込んでしまうかもしれない。でも俺の友達になってくれた七瀬さんが困っていたら、それはメリットデメリットに関係なく俺は救いたいと思った。


「友達のがピンチの時に何もしてあげられない、逃げ出すのは嫌なんですよ」


 かつて自分がそうされたように。あの時の苦しみや悲しみ、怒りは今でも鮮明に覚えている。それに自分があの人達と同じに成り下がるのは絶対に嫌だった。

 俺は俺自身でちゃんと友達ができたと証明したかったのかもしれない。


「ありがとうね。そう言ってくれる友達がいて私も幸せ者だね」

「だから七瀬さんのことは俺が守ります。頼りないかもしれないけど、それでも守ってみせます」

「もお、歳上をドキッとさせるんじゃないよ~!」


 そう言って俺の髪をクシャクシャにかき乱す七瀬さん。でもその表所はすごく嬉しそうで楽しそうで、その笑顔はなんとしてでも守りたいと思った。

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