第16話 幼馴染、心配!


「あの……ペトラさん?」

「なに?」

「いや、何してるのかな~って」

「翔也の側にいるだけ」

「ほら、スペースは他にも空いてるし。こんなにくっついてる意味ってあるのかな?」

「翔也がどっか行かないように」

「はぁ……」


 先日の連絡無しての深夜徘徊のせいか、ペトラが俺の横に常にまとわりつくようになった。流石にトイレとか風呂にまでは着いてこないけど、テレビを見ている時とかは常に俺の側にいる。


「この前は悪かったって。ペトラだって許してくれたでしょ?」

「許した。でも、これは二度と起こらない為の対策だから」

「そうですか……」


 どうやら幼馴染には一度言い出したら頑固な性格が付与されているらしい。そうさせる原因を作った俺も確かに悪いけどさ。


「じゃあ、そろそろバイトに行ってくるからね」

「私もついて行く」

「ペトラだって高校生活に家事とか大変だろうし、ゆっくり休みなよ……! ほら、最近近くにネットカフェ? みたいな所できたし。インターネット使い放題だし本だって読み放題だし、ふかふかなイスに座ったまま寝れたりするしさ……!」


 ネットカフェには前々から行きたいとは思っていた所だ。マンガを読んだりインターネットで動画を好き放題見たり、そんな自分勝手にゆるく活動できる空間には魅力しかつまっていない。


「他人の家でスヤスヤ寝られるほど、尻軽じゃない」

「え?」

「だから私も着いていく」

「いや、本当にごめん! でももうほんと大丈夫だから!」

「心配なんです、恐いんです。もしこのまま翔也が帰ってこなかったら……」


 前科があるにしても大袈裟過ぎやしませんかね? 主の身の危険を案じてくれるのは嬉しい限りだけど、そんな事言い出したらもうキリがないのも事実だろう。


「ペトラは俺の事、信用してないの?」

「そ、それは……」

「もう悲しませないって約束するよ。だからペトラも俺を信じて待っていて欲しい」

「うぅ……」

「大丈夫、ちゃんと連絡もするから。ねっ?」

「……分かった」


 いや、ここまでなんかラブコメチックに演出する意味ある? って思ったけど意外とペトラも素直な反応してくるし、上手くはいったみたいだ。でも、これすごく恥ずかしいのな……マンガで読んでる時もゾクゾクはするが、いざ自分が似たセリフを発する事がマジ羞恥心がカンストしてる。


「ちゃんと連絡してね。絶対……絶対だからね」

「分かったよ。約束する」


 そう返すとペトラが俺に小指を差し出してきた。その小指は一体なんなのだろう?


「なに、それ?」

「日本では、約束を交わす際にはお互いの小指と小指を絡ませるやり方があると聞いたことがある」

「そうなの?」

「うん。だから絡ませて。翔也と私の、絡ませて」


 この前もそうだったけど、いくら勉強したとはいえ、それは完ぺきではない。だからこそ今みたいな絶妙に言葉が足らなくて卑猥に聞こえてしまう。ペトラの場合は純粋さが100%滲みでているせいもあって、こう疚しい解釈をしてしまう自分が切ない気持ちになってしまう。

 それでも、この行為を断ってしまったらペトラを悲しませてしまう事は分かり切っていたので、俺はペトラに差し出された右手の小指に自らの左手の小指を絡ませようとする。


「あれ? これどうやるの?」

「違う。翔也の右手でこう」


 ペトラに触れられて、冷え性なのか少し冷たい左手に導かれて俺の小指とペトラの小指が絡まった。


「これで約束」

「うん。確かに約束した」


 俺とペトラは約束を交わし、俺はアルバイト先へ向かい、ペトラはその後ろ姿を優しく見守ってくれていた。






 ▼






「これ、3番テーブルにお願い」

「はい、分かりました」

「終わったら5番テーブルの片づけお願い」

「了解です」


 初めの頃こそ慣れなくてアタフタしてしまったが、数をこなせば前ほど慌てずに作業をこなす事ができるようになっていた。今日はいつもよりお客さんの入りが多く大変だったけど、慌てずに作業をこなせたからミスもしなかった。そんな忙しさの中でも、その客足はパタリと止まってしまった。


「お客さん、全然来なくなりましたね」

「もう夕方だしおやつ時は終わったから」

「そうなんですね」

「スッキリした顔してる。ナナに合わせて正解だったね」

「え?」


 月島さんはそう言って仕事に戻っていく。抱え込んでいた悩み、誰にも言えなかった関係を吐き出せたからスッキリしたのだろう。それでも元凶が完全に潰せたわけじゃなくて、まだしこりみたいなのは残ってるけど。


「あの、月島さん」

「なに?」

「心配してくれて、ありがとうございました」

「は?」

「心配だったから七瀬さんを呼んでくれたんですよね」


 七瀬さんに話せた事、かけられた言葉で救われたかもしれないけど、そのきっかけを作ってくれたのは他でもない月島さんだ。なら、月島さんにもお礼を言うのは筋なのだろう。


「心配はしてないけど。ただ、仕事の邪魔だったからナナに押し付けただけ」

「え……」

「何に悩んでたかは知らないけど、仕事は仕事だから」


 仕事は仕事と言い切った月島さん。あくまで俺の心配ではなく、仕事が回らないからって理由。すこし切ないけど気持ちは分かるし理解も納得もできる。でも、じゃあ七瀬さんは? 仕事でもないならどうしてそんな温かい言葉をかけてくれたのだろう?


「月島さん、もう一つ質問いいですか?」

「なに?」

「俺は七瀬さんとまだ出会ってから日が浅いです。それに月島さんみたいに仕事の付き合いだってしてません」

「それで?」

「なのに、気にかけてくれるのはなんででしょうか? その理由が分からなくて」

「友達だからじゃないの?」

「え?」

「友達なら落ち込んでたら心配するし気にかけるでしょ」


 友達。月島さんが言ったその言葉。俺がずっと追い求めて探し続けていた関係。ずっと手に入れられなかった関係。でも、どうやら俺はそんな友達を1人作れているらしい。そのことがすごく、ただすごく。どうしようもなく嬉しかった。








「翔也、なんか良いことあったの?」

「どうして?」

「すごい気分が良さそう」

「そう? 普通だと思うけどな」

「何かあったの?」

「いや、だから普通だって」

「怪しい」


 ペトラは俺に疑いの眼差しを向けてくる。恐らくは七瀬さんに友達認定されたのが理由だろうけど。


「強いて言うなら、友達ができたからかな」

「友達?」

「うん、友達ができたんだ。俺に」


 ペトラも会ったことあるよね? って質問すると、ペトラはますます目を細めて俺を睨みつけてくる。いや、俺なんか変な事言った?


「あの人、友達なんですね」

「そうだね」

「私と翔也の関係はなに?」

「え?」

「翔也は私に大切な人への贈り物をくれた。それは友達として大切だから? それとも他に違う大切があるの?」


 期待を込めたような、そんな希望に満ちた優しい笑みを浮かべていた。

 ペトラと俺の関係は何なのだろう。前にも考えた事があった気がしたけど、友達ではなかった気がする。なら何? っと聞かれると明確な答えは出てこなくて、やっぱり家政婦とその雇い主って関係が1番シンプルで分かりやすかった。


「ペトラは俺の家政婦で、雇ってる身ではあるけどペトラは女の子だし」

「そう、ですか」

「何かあったら俺もモーガン家に顔向けできないから」


 先ほどとは違い何かを諦めてような、スンっと感情が抜け落ちたような、そんな印象を受けた。今の俺の解答のどこに誤りがあったのかは分からないし、それをペトラに聞く勇気だってない。


「きっと、このままでは平行線」

「え?」

「私はもう、決めた」

「決めたって何を?」

「私は好きを、諦めない」

「へ……?」


 ガタっとイスが倒れる音がして、そんな音がするよりも先にペトラ顔が正面にきていた。甘い香りがして、そして柔らかい感触で唇が包まれて、キスをされていると知るのに少し時間がかかった。


「ぺ、ペトラ!?」


 ペトラの顔を両手で引きはがすと、余韻とばかりに糸が俺とペトラを繋いでいて、重力に逆らえずすぐいに切れてしまった。とても恥ずかしい。けど、それは犯人のペトラも一緒なのか頬を真っ赤に染め自らの右手の人差し指で唇を触っていた。


「ファーストキス。翔也にあげる」

「あ、あげるって……」

「これで私の覚悟、分かったでしょ?」

「覚悟って……いきなりどうしたのペトラ?」

「分からないなら、もう一度分からせてあげる」


 そう言って小走りで俺の元まで来て再度キスをしようとしてくるペトラ。今度はしっかりとペトラを止めることができた。


「私は翔也が好き」


 拒んでいるのに必死だったけど、その言葉だけはシンプルに、しっかりと俺の耳には届いていた。




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