第15話 先輩、慰め!
七瀬さんに気を使わせたまま、結局は何も解決しないままアルバイトは終わった。帰り際に手を振ってくれた七瀬さんの優しくも苦しそうな表情が瞼の裏にこびりついて離れない。素直に家に帰りたくない。朝の事とは別に、なんだか今はとても1人で居たい気分だったから、帰り道の途中にある公園のベンチに座った。
吐き出せない感情を鎮める最終手段として、カバンから煙草を取り出して火を付けた。その紫煙は俺に安らぎをくれる。お金はかかる、身体には悪い、副流煙で他人にも迷惑がかかる。良い事なんて1つもないこの行為に1番の安らぎを感じている。
「煙草、吸うんだね」
「へ?」
「ごめんね。心配だから付いてきちゃった」
「そうですか」
「うん」
またしても沈黙だ。この空間が、この静寂がイヤなはずなのに俺は紫煙を燻らす事しかできない。それでも煙草を吸っていくらかマシになった思考の中で導き出した言葉を七瀬さんにかける。
「吸いますか?」
寄りにもよって七瀬さんに喫煙を促す言葉。空気が読めていないにも程がある言葉。そんな俺の言葉に七瀬さんは遠慮なく言葉を返してくる。
「煙草の匂い、好きじゃないんだ」
「すみません」
「翔也くんって、不思議だよね」
「不思議?」
「うん。今みたいに何を考えてるか分からない時もあれば、顔に出てるくらい分かりやすい時もあって」
「割とみんなそんな気がしますけどね」
「翔也くんが何を思って何に悩んで、何に苦しんでるかは私には分からない」
「…………」
「でも、何とかしてあげたいって思うんだ。私のわがまま、自己陶酔。そんな手前勝手な理由って思われても仕方ないけどさ」
「…………」
「しょ、翔也っ!」
その声に顔を上げると、俺の視界の先には見慣れた金髪が立っていた。それがペトラだと気が付く前にその金髪の少女に抱き着かれていた。
「ぺ、ペトラ!?」
「翔也、全然帰って来ないから……メッセージも既読が付かないから」
今まで気にしてなかった腕時計を見ると時刻は既に夜の10時を超えていた。また余計な心配をかけてしまった。ごめんねと言いながら優しくペトラの頭を撫でる。
心配も迷惑もかけないようにと思ったけど、結局はこうやって彼女を不安にさせてしまっている。そうだよね、俺の身に何かあったらペトラは責任感じちゃうもんね。相変わらず仕事熱心な所は俺も見習わないとな。
「ごめんね、心配かけて」
「うん、大丈夫。許した」
「ありがとう」
俺にも心配してくれる人がいることが嬉しかった。それが仕事だからって理由かもしれないけど、誰にも相手にされないよりはマシだった。
「あの、翔也くん?」
「あ……」
「翔也くんの妹さん? なわけないよね。もしかしてカノジョさん?」
「私は翔也の妹じゃありません。同棲してるだけです」
「ペトラ、ストップストーップ!」
間違ってないよ、ペトラさんの言っている事は何も間違ってないし鬼間違ってないけど、絶妙的に言葉が足りてないんだよ……
「同棲……?」
「違うんですよ……いや、違くはないんですけどね……」
「どういうこと?」
「それは……」
ここまで来て言い逃れをする為には、もう事実を話すしかないじゃないか。それでも……やっぱりどうしてもペトラにだけは知られたくなかった。話をしたらまたペトラに迷惑や心配をかけてしまうだろうから。
「ペトラ、申し訳ないけど先に家に帰っててくれるかい?」
「なんで?」
「少し先輩と話があるんだ。俺はもう大丈夫だから」
「でも……」
「話が終わったらまっすぐ帰るからさ」
俺がそう言うとペトラは黙って頷いてくれた。先輩と2人きりになった所で覚悟を決める、覚悟って程仰々しい話ではないけど、ただ個人的には勇気がいるはなしだったから。
「ペトラと俺は今同棲してるぼは事実です」
「う、うん」
「でも、妹じゃないですしだからと言って恋人ってわけじゃありません」
「許嫁とか?」
「いや、そういった類の関係ではなく、ただの家政婦です」
「か、家政婦!? あんな小さい子が?」
「俺の家は代々家政婦を雇ってたんです。ペトラはその1人娘です」
「家政婦を雇うって、もしかして翔也くんってお金持ちだったりするの?」
「そう、ですね」
俺の話を七瀬さんはうんうんと真剣に聞いてくれていた。ペトラとの関係、なんで俺が1人暮らしをしようと思ったのか、念願の1人暮らしができると思ったら親がペトラを呼んだ事。
「これが俺の今の現状です。隠してた訳じゃないですけど、言う必要が無かったので言ってなかっただけです」
「うん。ペトラちゃんに会ってなかったら私だって疑問に思ってなかっただろうし」
「そうですよね」
「でも、すごいね。翔也くんは」
「え?」
まったく予想していない七瀬さんの発言に疑問符を浮かべた。その言葉の意味を理解していない俺に七瀬さんは優しく言葉を紡いだ。
「お金持ちなら何不自由なく暮らせそうじゃん? あ、別に貶してるわけじゃなくてね。それでも威張ってないし、ちゃんとアルバイトもしてお金のありがたさとか知ろうとしてるし」
「それは……」
「だから素直にすごいなって。尊敬する」
そんな大層な理由なんかじゃない。向上心があってそう動いてるわけでもない。ただ、過去にお金持ちだからって理由でイジメられて、友達がいない、仲間がいないのが悲しくて苦しい事だと知ったから一般人になりたかっただけだ。苦労を知りたいとかそんな聖者みたいな思考ではなく、ただの欲望でしかない。
「私が思うに、煙草を吸うのってそれ関係のストレス的なヤツなんでしょ?」
「分かるんですか……?」
「そうかな~って思って。私もたまにだけどストレス溜まった時とかはカラオケで発散としてるし、知り合いにもそーゆー理由で吸ってる人いるからさ」
「そうなんですね」
「煙草は嫌い」
「え?」
「だから、翔也くんが煙草を吸わなくても良いようになってくれれば、私も嬉しいかな」
この人は、先輩はどうしてここまで言ってくれるのだろうか。一緒に昼食を食べたり一緒に帰ったりはしてるけど、それでもまだ出会って日が浅い関係なことには変わりない。それでも七瀬先輩がそこまで気にかけてくれる理由はいくら考えても見つからなかった。
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