第14話 幼馴染、事故!



 人間の三大欲求の中でなら俺は一番睡眠欲があると思う。できるならばずっと寝ていたし、朝は大学に行きたくないと思うくらいには寝ていたい。だけど結局はペトラに起こされてしぶしぶ起き上がりはするんだけどね。


「翔也、起きて」

「まだ眠い……」

「起きないと大学に行けませんよ」


 アルバイト初日の疲労もあり、今日は普段以上に眠気が冷めなかった。そして自力で目が覚めた時、視界に広がっていたのは見慣れた天井ではなく見慣れた女の子の姿だった。


「翔也……あの……その……」

「ぺ、ペトラ!?」

「急に引っ張られては……」

「ご、ごめん……」


 急いでベットから起き上がりペトラから離れる。制服姿のペトラが頬を染めながら俺のベットにいるってなんかやばくないか? 卑猥じゃない? 


「ご、ごめんペトラ……昨日は疲れちゃってたから、それでその……」

「そ、そうですか……」

「ほら、人間の三大欲求ってあるじゃん? 今日は疲労もあって余計にって感じでさ」

「すみません……母からそう言った教養は……教えてもらってない……」

「え?」


 そういった教養? ペトラの発言に少し考えたが、俺はとんでもない誤解を生む発言をしてしまったらしい。睡眠欲と直接言えば良かったのに、今の状況を考慮するとどうしても性欲に繋がってしまう。ペトラの勘違いではあるけど、そう勘違いする状況を起こした俺が原因であり、このままじゃペトラに嫌われてしまう可能性だってある。


「ご、ごめん。欲ってのは睡眠欲の事で、その……性欲の事じゃないから」

「…………」

「いや、本当に……誤解なんだ」

「ご、ご飯の準備……できてるので……」

「あ、ああ。顔洗ってすぐ食べるよ」


 俺は逃げるように洗面所へ向かい、冷水で顔を激しく洗った。あんな恥じらうペトラの姿は見たことなかった。普通に、すんごい可愛かった。それでも疚しい気持ちを抱いてはいけない。劣情なんてもっての他だ。ペトラは俺の彼女でも恋人でも奥さんでもない。俺の親が雇った家政婦で、雇用者と契約者の関係だ。ペトラに手を出すことは尾関家の名前に傷がつくこと。ペトラ自身を傷つけることになる。


「余計な思考はするな」


 小さく声を出し自分に言い聞かせてから、リビングへ向かった。

 未だ顔が赤いペトラは制服姿にエプロンをしていて、その……スカートから見える色白の肌、太ももを見るとまたイヤらしい妄想を掻き立てられてしまう。


「ご飯……冷める前に……」

「う、うん」


 普段であれば食事中に会話があるはずだが、今日の朝食時はペトラとの会話は一切なかった。どんな話題を振ってあげればいいのかが分からず、考えれば考える程沈黙は長引いてしまう。

 結局の所、最後まで何も言えずにお互い行ってきますと会話をしたのが最後だった。






 ▼






「はぁ……」


 大学へ向かう途中の天気は今の俺の心情を表してるように鉛色の空模様だった。朝の事をいつまでも気にしていたってしょうがないけど、はい忘れろと言われて忘れられるほど薄い印象でもなかったのは事実だ。


「あれ?」


 気持ちを切り替える為に俯いていた顔を上げるとそこには人だかりができていた。人だかりができていれば当然興味が湧いてしまうのが人間で、俺も人だかりの方へ歩いていく。人と人との隙間から見るに、女性らしき人とその女性を撮影するかのように男の人がカメラを持っていた。何かの撮影? 雑誌? 周りの人の話を聞くに被写体さんは女性の方で、今すごく人気のあるモデルさんらしい。


「綺麗な人だな」


 ボーイッシュ気味に切られたショートヘア―、スタイルも良くて人気があるのも頷ける容姿をしていた。そんな彼女が休憩ですって言葉と共に撮影をやめてオフモードに入る。ふと、そんな彼女と目が合ってしまった気がした。でも、これはただ単に気がしただけであって、周りには俺以外にも人はいたし、気のせいだと理解しなおした。


 モデルとかそーゆー系はあまりよく分からないけど、あんな風に名前を呼ばれて人気者の姿を見ると羨ましさを感じてしまう。自分の過去と重ね合わせて、そしていつも自分勝手に落ち込んでしまう。人気者なら嬉しいし、人気者じゃなくても普通に友達が欲しかった。

 そう悲観的になっていてもしょうがないので気を取り直して大学へと向かった。






 ▼






「なんかあった?」

「え? い、いえ……」

「そう」

「はい、仕事に戻りますね」


 アルバイト中もこの晴れないモヤモヤな感情は抱いたままだった。過去の事と、朝のペトラとの気まずさのダブルパンチ。だからと言って仕事に支障をきたしてはいけない。今も月島さんになにかあったのかと聞かれたけど、仕事に私情は挟むのは良くない気がした。


「悩み事なら、ナナにでも聞けば」

「俺、悩んでる風に見えますか?」

「自分ではそんな気づいてないかもだけど、めっちゃ溜息してる」

「マジですか……」

「むしろ気づいてくれって思ってるのかと」

「そんなわけないですよ……」


 態度に出てしまっているなら直さないと。悩み事なら七瀬さんに聞いてみればとアドバイスをされたが、ペトラとのいざこざを話せば、その前になんで俺の家に女子高生が居るの? って話になる。この事はできるだけ他人には話したくない事実だ。それと、お金持ちのせいで友達ができませんでした、このことだって自分の口からは語りたくはない。


 変に語って、今までの関係が無くなるのが恐かった。変にプレッシャーを与えたくなかった。いまだに俺は臆病なままだから、踏み出せないから。

 ダメだな。今日はやけに落ち込み方が酷い気がする。いつもなら過去を思い出して嫌だなって感情だけで終わるのに、今日はとことん引きずってしまっている。


「少し休憩、もらいますね」

「はい、これ」

「え?」

「ショートケーキ。好きでしょ?」

「好きですけど、どうしてですか?」

「疲れてるなら糖分接種。はい、行ってらっしゃい」


 そう言ってショートケーキ2個が乗せられたお皿を月島さんに渡された。ちょいちょいコーヒーやケーキ貰えるけど、そんなにタダであげたりして問題ないのだろうか? それに疲れてるから糖分接種とはいえ、2個は流石に糖分過多な気もするけど、厚意を無下にもできない為、お言葉に甘える形で休憩室に向かった。


「あ、翔也くん! 頑張ってる~?」

「え?」


 休憩室に入ると、そこには紅茶を飲みながらくつろいでる七瀬さんの姿があった。なぜ七瀬さんがここにいるのか分からないけど、一つだけ分かった事はこの2つのショートケーキの片方は七瀬さんの分だって事だ。


「どうして七瀬さんがここに?」

「いやね、凜から連絡があってね。翔也くんが元気なくて仕事の邪魔だから何とかしてって!」

「…………」


 邪魔って、月島さんってハッキリ言う人なんだね。ってかそのことを包み隠さず言っちゃう七瀬さんもどうかと思うけどね? ただでさえセンチメンタルなんだからもっと優しく接してくれても罰が当たらないと思うのに。


「凜って結構サバサバしてるけど、結構心配性だったりするから大目に見てあげてねっ!」

「は、はぁ……」

「それで、どうかしたの? 本当に元気無さそうだけど?」


 そう優しく聞かれて、気にかけてくれる事は嬉しいけど、それでもこの悩みを素直に打ち明けられない。だからと言って体の良い言い訳も思い浮かばない。朝も体験した……いや、それよりも酷い沈黙が訪れる。


「言いたくない事なら言わなくてもいいよ。だけど、そんな顔されたらいくら私だって心配になっちゃうから」

「すみません……」

「あーあーごめん今のナシ。とにかくケーキ食べよっか! せっかくもらったんだし!」

「そう、ですね」


 すごく、ものすごく気を使わせてしまっていた。そのことが申し訳なくて、美味しいはずのショートケーキの味でさえ分からなかった。 

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