第13話 幼馴染、心配!
「い、いらっしゃませ……!」
「そこまでガチガチに緊張しなくてもいいけど」
「す、すみません……アルバイトとか初めての経験なので」
「他の店とかは知らないけど、細かい規則とか決まりとかはないから、必要最低限の常識とあとはテキトーでいいからさ」
「は、はぁ……」
アルバイト初日、月島さんにビシバシ教えてもらいながら……ってことはなく、なんだかゆるーく挨拶の仕方とかを教わっている。夕方だけどそこまで人は居なくて、月島さんが俺に付きっきりで教えてはくれるが、その教え方はざっくりとしていて曖昧だった。
「これメニュー表ね。覚えた方が楽だけど、別に覚えなくても注文は取れるから気にしないで」
「は、はぁ」
「場合によっては洗い物とかもしてもらうかもだけど、その時はまた教えるから」
「分かりました」
「それと、私には敬語とか使わなくていいから」
「え?」
「別に歳だって1歳しか変わらないし、敬われる程大層な人間でもないし」
「そ、そういうものなんですか?」
「他所は知らないけど、私はそうなだけ」
「ん~、分かったよ。月島さん」
「あ、いたいた。ちゃんと働いてる?」
「な、七瀬さん!?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、大学帰りであろう七瀬さんが立っていた。繊細なプリーツが入ったフレアスカートに黒ブルゾンを合わせた上品な大人っぽさがある着こなしに、つい見惚れてしまう。
「それ? 翔也くんどうかした?」
「いや、その服装。すごく似合ってるなって……!」
「もぁ~、翔也くんは持ち上げるのが上手いな~。アールグレイの紅茶とティラミスちょうだいっ!」
「は、はい! かしこまりました!」
七瀬さんが注文したメニューをバインダーに記入し、厨房にいる店主さんに渡す。大型の冷蔵庫を開けてティラミスを出し、紅茶は茶葉の便を選んでから丁寧にお湯を注いでいく。
「お待たせしました、アールグレイの紅茶とティラミスになります。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「うん、問題ないよ~。なんかもう様になってるじゃん!」
「そ、そうですか? ありがとうございます!」
七瀬さんに素直に褒められて嬉しかった。簡単な注文に応えられただけで一人前になったつもりはないけど、それでも褒められることはシンプルに嬉しかった。
「凜はいる?」
「月島さんですか? 多分奥にいると思います」
「ちょっと呼んでもらえるかな?」
「分かりました」
七瀬さんに言われた通り厨房の奥にいた月島さんに、七瀬さんが呼んでいると声をかけた。月島さんはそのまま前と同じようにモンブランのケーキを持ちながら七瀬さんのいる席へと向かっていった。
職務中にいいのだろうか? なんてことも思ったが、むしろここは月島さんのおじいちゃんの家だし、そこら辺は親族特権ってやつだろう。
「翔也くん。君も混ざってきたまえ」
「え?」
「お客さんも少ないし、私1人でなんとかできるからね。はい、コーヒーのブラックとショートケーキ」
店主さんが俺に気を使ってくれて、おまけにコーヒーとショートケーキもサービスしてくれた。その2つを手に持ち七瀬さん達がいるテーブルに向かう。
「店主さんのご好意で、混ぜてくれますか?」
「な〜に〜。女の子同士の会話に入りたいの〜?」
「あ、俺邪魔だったら戻るんで……」
「うそうそ冗談だよ〜。一緒に食べよっ!」
七瀬さんは笑顔で迎えてくれて、月島さんは俺に目もくれずモンブランを食べていた。
バイト中にも関わらずデザートを食べながら憧れの先輩と会話をする。何度も思ってしまうが、こんな魅力的な先輩と関われて話せる事が未だに信じられない。
だけど、そんな時間も永遠には続かない。出会いがあれば別れだって訪れるのは必然だった。別れって言っても永遠の別れとかではないけど、それでも寂しく思ってしまう程にはこの空間が楽し過ぎた。
「私この後用事あるから、また来るからね〜! 凜もまたね〜」
「お疲れ様でした!」
七瀬さんが俺に手を振ってくれて、今回は俺も七瀬さんに手を振りかえして。そんなショートケーキのように甘い時間は終わりを迎えた。
「ナナに好かれてるんだね。尾関って」
「好かれてるかは分からないけど、いろいろと良くしてもらってはいるかな」
「あんなに楽しそうなナナ、久しぶりに見たよ」
「そうなの? 七瀬さんって普段からあんな印象だけど」
「そっか。まぁこれからもいろいろと付き合わされるだろうけど、仲良くしてあげてね」
「は、はい。それはこちこそって感じだけど」
普段はもっと暗いのだろうか? 全然想像なんか出来ないけど、良い具合にイジりやすいおもちゃとでも思われてるのかもしれない。それでま七瀬さんの笑顔が見られるならそれでも良いなと思えた。
コーヒーカップとお皿を片して、バイトが終わるまでの時間はキッチリ働いて、帰り際に店主さんからコーヒー豆を頂いた。バイト初日はそんながっつり働きはしなかったが、これから先も続けられそうな、そんな手応えを感じていた。
▼
「ただいまー」
「おかえり、翔也」
「うん、ありがとう。ペトラ」
家に帰るといつものようにペトラが出迎えてくれて、荷物を部屋に置いてからお風呂に入って、出てくると温かいご飯が用意されている。なんとも贅沢な生活だけど、ペトラは俺の両親に頼まれてるから、それを俺が無下にもできないし。
「アルバイトはどうだった?」
「緊張はしたけど、まぁまぁこなせたよ」
「慣れないことして疲れただろうから今日はゆっくり休んで」
「うん、そうさせてもらうよ」
「翔也の身体にもしものことがあったら、大変」
「あははは、そんな無理はしないって」
「油断は大敵」
「ちゃんと気を付けるようにするからさ」
誰かが自分の事を気にかけてくれているの事が嬉しく思う。まだまだ何も恩は返せないけど、初めて給料が入ったらペトラをご飯にでも誘って恩返しをしよう。
「ん? ペトラそれどうしたの?」
よく見ると、ペトラの左手の人差し指にティッシュらしきものがグルグルと巻かれていた。間違ってもアクセサリーではないだろうし、オシャレで付けているとも思えない。
「これは料理をしてた時に切ったの。でも血は止まってるから問題ないよ」
「問題なくないじゃん! すぐに手当てしないと」
「い、いえ。大丈夫ですから」
ペトラの大丈夫って言葉は無視して俺は自室にある救急箱を持ってリビングへ戻った。ペトラに左手を出すように言うと、恐る恐るではあるが素直に左手を出してくれた。
「ペトラの方こそ気を付けないと」
「こ、こんなのはケガの内に……入りませんから」
「よく言うよ。昔俺が庭にある葉っぱで親指切った時は大ケガだとか言って包帯グルグル巻きにしてきたクセに」
「あ、あれは……その……」
顔を真っ赤に染めたペトラがそれ以上何も言ってくることはなかった。昔の事を掘り返されて恥ずかしかったのだろうか。
「ここまでやって、初めて大丈夫って言えるんだよ」
「あ、ありがとうございます……」
「お礼なんかいらないって」
「すごく昔の事、覚えていてくれてるんですね……」
「え? そりゃ覚えてるよ。ペトラとの思い出だし」
俺のやんちゃにペトラを巻き込んで、二人で笑って過ごしてステラさんに怒られたりもして。別れが辛くなるくらい楽しかった日々の事は今でも忘れずに覚えている。
「昔は俺が手当てをされる側だったけどね」
「ありがとう、ございます」
「だからお礼はいいって」
「私が、言いたいんです。この気持ち、ちゃんと伝えたいから」
真剣な表情をしながら言われると何も言えなくなってしまう。それが照れ臭くってつい視線を逸らしてしまった。
「勝手にして……」
「はい、勝手にします」
その時のペトラの笑顔は、やはりあの時の笑顔と何も変わっていなかった。
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