第10話 先輩、秘密!

「お待たせ~!」

「お疲れ様です、七瀬さん」

「ん~、そんな堅っ苦しくなくてもいいのにな~」

「まだ慣れなくて……」

「ま、いっか。それじゃあ行こっか!」

「はい!」


 七瀬さんを横に連れて歩く。連れているのか連れられているのかは置いといて、気分はとてもいい。美人だし良い匂いするし、ってか逆に俺の方が変な目で見られないだろうか?


「七瀬さんは、こんな風に誰かと買い物に行ったりするんですか?」

「ん~、どちらかと言えば1人で行くことの方が多いかも。みんな予定合わないしさ」

「そうなんですね」

「翔也くんは?」

「どこかに買い物ってのが少ないですね。基本的には家にありましたし、欲しい物とかもお願いしてたので」

「翔也くんってもしかして甘えん坊さんなの?」

「結果的にはそうかもしれませんね。だからこうして1人暮らしをしてみて感じる大変さはたくさん見つかりました」


 親元を離れた今でもペトラが居て、部屋の掃除や洗濯、夜ご飯の用意はしてもらっている。それでも全部が全部ペトラにやらせるわけにもいかないので、彼女と相談して掃除の範囲を分担したり、夜ご飯を作ってもらう代わりに洗い物をするなりしている。細かい地味な作業でも重要な事だらけど、ますますペトラに頭が上がらなくなったけど。


「偉いね。翔也くんは」

「偉いですか?」

「うん。ちゃんと大変さが分かってるんだもん。偉いよ」

「まだ全部をこなせる訳でもないですし、ほんの少しだけですけどね」

「どれだけこなせたかの量じゃなくてね、気付けるって事の方が大事だと思う。そうやって見えなかった事を見ようとする努力はすごいと思うな、私!」


 ペトラの偉大さと俺の付け焼刃な行動を計っても俺が褒められる理由は見つからない。でも、七瀬さんがそうやって温かい言葉をくれた事は素直に嬉しかった。

 新しい土地に来て、新しい環境。知り合いはペトラしかいなかった環境から、友達になれそうな人が見つかった。この居心地の良い関係を自分の身勝手でだけは壊さない様にしよう。

 七瀬さんと日常的な事から大学生活の事まで談笑をしながら歩いていると、七瀬さんが行きたいお店がある街まであっという間に着いてしまった。


「人、多いですね」

「普段はこんなに多くないんだけどな~」

「行きたいお店はどこですか?」

「あっちの方なんだけど、今日はやめとこっかな~」

「いいんですか? もしかしたら売り切れちゃう可能性もありますよ?」

「ん~。でもちょっとな~」

「買いに行きましょう! ここで買えなかったら後悔するかもしれませんし!」


 七瀬さんが渋る理由はちゃんとあったはずだけど、ここでやめたらもうお開きだと思った。もう少し先輩と一緒に居たいってエゴが勝り、七瀬さんに買い物に行くように説得をした。


「んー、折角来てるんだしね……」

「はぐれない様に気を付けないとですね」

「うん、そうだね」


 離れない様に手を繋いで、そんな事はしないけど二人で並んで歩みを進める。人が多いからなのか、七瀬さんが綺麗だからか分からないがやたらと人の視線を感じた。俺と七瀬さんが並んで歩いているのをカップルだと思ってる人もいるかもしれない。そんな事実はないが、俺的には申し分ない事だけど七瀬さんからしてみれば迷惑かもしれない。俺と七瀬さんじゃ釣り合う訳がないから。


「ねぇ、翔也くん、あのお店行かない?」

「あそこですか?」

「うん、ちょっと買いたいものがあってさ」

「分かりました」


 七瀬さんに言われるがままにお店に入ると、そこは前にペトラと来たことがあるような洋服屋さんだった。お店の中に入ると七瀬さんは、何やら買うものが決まっているかのようにどんどん奥へと進んでいく。


「帽子ですか?」

「うん、ちょっと欲しいのがあってね」


 黒の単色の帽子と、また近場に売っていた伊達メガネを七瀬さんは購入していた。雰囲気は変わるけど、そんな変わった雰囲気の七瀬さんもカッコよさがあり俺は好きだった。


「帽子も伊達メガネも似合いますね!」

「そう? 少し芋っぽくならない?」

「芋?」

「ちょっと田舎っぽいとか、そんなイメージかな」

「そんなことないですよ! 全然かっこいいです!」

「そっか、それならよかったよ!」


 カッコよくなった七瀬さんとまた街を歩き始める。お目当てのお店はさっきのお店からはそんな遠くはなく、すぐに着いた。いらっしゃいませと出迎えてくれた店員さんを見てもこの店の敷居が高めであることは伺えた。


「いっぱいありますね」

「そりゃそうよ。翔也くんはあまり来たことない?」

「あまりと言うか1回もないですよ」

「恋人とか居たらプレゼントとかさ」

「あははは、恋人なんて居たことないんで……」


 喉から手が出るほど欲しいと思ったことはない。でも周りにそういう人が増えていく中で自分にもって思ったことはある。俺自身特別勉強ができるわけでもスポーツが万能な訳でもなかったから、誰かより秀でた才能はなかったから。だからできないって決めつけるのは違うけど、学生の恋愛観なんてそんなイメージだった。


「そうなんだ。翔也くんってモテそうなのにな~」

「そんなことないですよ」

「自分じゃ気が付かない魅力ってあるもんだよ~」

「七瀬さんは恋人がいたこととかあるんですか?」

「んとね~」


 そう言いながらお目当てのネックレスを探している七瀬さん。七瀬さん程綺麗で可愛い人に恋人がいなかったことなんてないだろう。


「内緒っ!」


 ウインクをしながら、イタズラに舌を出す七瀬さんのお茶目っぷりは心臓に悪い。ものすごく胸がドキドキして息が上がって、そんでもって胸が苦しくなる。それでも、彼女と、七瀬さんとまだ一緒に居たいと思う気持ちは無くならなかった。










 それは大学帰りの出来事だった。見慣れた制服と見慣れた後姿を発見した。


「ペトラ?」

「翔也?」

「やっぱりペトラか。学校からの帰りってこの道通るっけ?」

「ちょっとスーパーに行こうと思って。買い物。食材を買うの」

「なら、俺も一緒に行くよ。荷物持ちするから」

「私1人で充分だから大丈夫だよ」

「いいからいいから」


 そのままペトラと並んで歩きスーパーまで向かう。普段は私に任せてと言うから食材の買い物はペトラに任せていた。でも、こうやって手伝えるタイミングがあるなら手伝いたい。俺だってペトラの力になりたいんだ。


「学校はどう? 楽しい?」

「知らない事が知れるのはとても楽しいよ。クラスメイトも優しくて恵まれたわ」

「それならよかったよ」

「翔也は大学で友達はできたの?」

「うん。友達っていうか、普通に先輩? みたいな感じかな」

「そう、なら良かったね」

「俺としてはもっと作りたい気持ちはあるけどね。同性の友達だって作りたいし、いろんな人と友達になりたいよね」

「その先輩は女性ってこと?」

「ん? そうだけど?」

「そうなんだ」

「どうかした?」

「その女性ってこの前の女性と同じですか?」

「そ、そうだけど……ペトラ近い……」


 いや、そんな問い詰めるように接近されても何も怪しいことはないんだけど……別に七瀬さんを騙してるとか騙されてるとかってのもないし。


「もしなにかあったら遠慮なく言ってね、私は翔也の味方だから」

「いや、そんな変なことはないと思うけど……」


 ペトラがどうして七瀬さんにそこまで過剰に反応するのかは分からないけど、俺としては何も問題がないと誠意を見せ続けるしかない。


「私は翔也を守りたい」

「お、おう……」


 別に七瀬さんは敵ではないし、なんならペトラが何と戦っているのかが分からない。それも彼女が俺の親から言われた約束に基づく使命なのだろう。ペトラだってペトラの好きに生きて良いと何回も言ってきたが、人の根っこがそんな簡単に変わるはずもない。そのままペトラと一緒に歩みを進めているとスーパーに到着した。


「何か買うものは決まってるの?」

「今日はカレーにしようかと思って」

「カレーか、いいね!」

「翔也は甘口と辛口だとどっちが好みなの?」

「辛いのは少し苦手かなぁ」

「なら、甘口で作る」

「あとは何が必要?」

「じゃがいもと人参と玉ねぎ。あとは香辛料だね」


 ペトラは慣れているからだろうが、どんどん先へと進んでいく。カートを引きながらお目当ての食材をカゴに入れながら、無駄のない動作で買い物を進めていく。


「毎日料理とかするのってめんどくさくなったりしない?」

「好きだから、問題ない」

「そ、そっか」

「私の作る料理で身体を支えている、翔也を支えられてるって思うと楽しいし、嬉しい」

「ごめんね。いつも本当にありがとね」

「私の好きな事、したい事だから気にしないで欲しい」


 後ろ向きな言葉を吐く俺とは対照的にペトラは前向きな言葉を俺にくれた。俺よりも年下なのに、カートを押すその小さな背中の持ち主は俺なんかが比べ物にならないくらい大人に成長している。


「翔也は勘違いしてるから言うね。私は自分の意志でここに来た。翔也の元に来た。私の好きで料理をして、私の好きで翔也を支えてる。これは私の想い」

「うん、ありがとね。ペトラ」

「分かってくれたなら、いい」


 尾関家の家政婦として、俺を支えてくれる家政婦として申し分ない程にありがたい心構えだった。こうやって尾関家に尽くしてくれる彼女たちの為に俺ができることはなにかないか。今すぐにじゃなくてもいいから、その答えをいずれは導きだしたいとは思った。








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