第9話 幼馴染、不機嫌!



「じゃあさ、連絡先交換しない?」

「連絡先ですか?」

「うん。一緒に出掛けたりとか、こうやってたまにご飯食べたりしたいしさ。ほら、翔也くんが知りたい事だって教えちゃうよ? まだここの事知らない事の方が多いでしょ?」

「それは確かに、そうですね」


 スマホをポケットから取り出して栗橋さんと連絡先を交換した。親類以外でこのアプリに友達登録がされるのは久しぶりだった。


「これからよろしくね! なにか困った事とかあったら遠慮なく連絡してね! 私も翔也くんに連絡しちゃうから!」

「はい、なにかあれば栗橋さんに頼らせて貰いますね」

「あー、その栗橋さんってのもやめよっか? せっかく友達になれたんだし距離感感じちゃうし。だから七瀬って呼んでよ!」

「な、な……七瀬……さん」

「んー、まぁいいかなぁ」


 いきなり女の子を下の名前で呼ぶのは緊張するし抵抗はあった。それでもお願いされては断れないから妥協して名前にさん付で呼ぶことにした。


「翔也くんって本当に面白いね! お姉さんがいっぱい可愛がってあげるねっ!」

「お、お手柔らかにお願いします……」


 そのあとも軽く談笑をしてから、俺と七瀬さんは別れた。七瀬さん明るくて面白くて、一緒に居て楽しいと思える人だった。その評価が悪い方向に変わらない事を願わずにはいられなかった。






 ▼






「ねぇ、ペトラ」

「はい、なんでしょうか?」

「ペトラは学校でさ、友達とかはできた?」

「そうですね。いろいろな人に声をかけられます」

「そっか。ペトラは人気者なんだね」

「人気者ではなく、編入と私がイギリス人だという珍しさだと思います」

「随分と理屈くさい言い方なんだね」

「事実ですから」

「俺とペトラの関係ってなんだろうね」

「私と翔也さんの関係、ですか?」

「家族は適切じゃないし、かといって友達ってほど軽い関係でもないだろうし」

あるじと従者、ではないでしょうか?」


 主と従者。ある意味そうなのかもしれないが、その言葉ではあまりにもペトラとの距離を感じてしまう。自分から切り出した軽い話題のはずだったけど、彼女が抱くこの関係はそんな格式ばった息苦しい関係だった。


「なら、俺はその関係を変えたい」

「関係を、変えたいですか?」

「主と従者なんて、そんな関係じゃないよ俺達は」

「でもそれが私の仕事です。そう頼まれたから私はここにいます」

「俺はそんな事は望んでないよ。俺にはできない事はたくさんあるけど、それでもペトラに全部押し付けたくはないよ」

「私の仕事を失くすとでも?」

「無くすじゃなくて分担って言葉の方が適切かな。お互いに支え合える存在になりたいかな。俺は」


 そう難しい話ではない。ただ、その義務感でやらされているって感情を、仕事とか依頼だとかそんな業務的な言葉を使わないで欲しかった。


「それが無くなった私には、一体何が残るでしょうか?」

「え?」

「翔也さんのお傍にお仕えしたく、翔也さんの力になりたいと思う私のこの気持ちはどうすればいいのでしょうか? それが嫌だと、負担になるというならば私はどのように接し、支え、お傍にいればよろしいのでしょうか?」

「負担だなんてそんな言葉は……」

「結果的には同じことです」


 ペトラは怒っていた。目つきは鋭くそれでいて絶対に逃さない様に視線を逸らさない。言葉は難しい。言い方次第で吉にも凶にもなる。伝えたい事がちゃんと相手に伝わる事は難しく、感情めいた事なら尚更だった。

 ペトラの言葉を言い直すと、俺の為に力になりたくて支えたいと思っている。その気持ちは嬉しくないわけではないが、それも伝え方によるだろう。


 仕事だとか依頼だとか言われれば裏の意味なんか分からない。ただ純粋に俺を支えたいのであれば、そんなかしこまった言葉遣いをやめて、お互いタメ口でいいからもっと感情が読み取れる接し方をしていきたいんだ。ただそれだけだった。


「ペトラの気持ちは分かった。答えは簡単なんだ。ただペトラがその敬語を外してくれればいいんだよ」

「翔也」

「え?」

「これでいいんでしょ? 翔也」

「えっとその……はい……」


 ん? さっきまでのシリアス展開どうしたんだ? なんか普通に敬語外せてるし俺の事も名前呼び捨てだし。いままでのこの雰囲気はなんだったの? どうなってんの?


「翔也。私は翔也の力になりたい、支えてあげたい。この気持ちは本物、嘘じゃない」

「う、うん」

「だから、私を見捨てたりしないで。私のこの気持ちをないがしろにしないで」

「う、うん」

「約束」

「約束?」

「うん。破ったら針10万飲んでもらう」

「そこは1000本じゃないのかな……?」

「1000でもいいけど」

「いや、飲みたくないです……」


 俺の抱えてた問題はあっさりとクリアされた。それと同時に幼馴染がグイグイ来るようになってしまった。


 どうしてこうなった?










「翔也、もう朝よ。起きて」

「お、おはよう。ペトラ」

「朝食はもうできてるよ」

「うん、着替えて顔洗ってから行くよ」

「わかったわ」


 そう言ってペトラはリビングの方へと進んでいく。敬語じゃなくなったのはいいけど、こうにもあっさりと環境が変わったのと、今までの反動でかなりドキドキしてる自分がいる。ペトラ以外の人物ならそんな事はないんだろうけど、彼女に関しては今まで様呼び、敬語だった経緯もあり耳馴染みがなかったもんで。


「学校があるから先に食べてるね」

「うん。いいよ」


 まぁ、あと注文を付けるならもう少し感情豊かになってくれればいいかなとは思う。幼い頃は笑顔が似合う女の子だったけど、今じゃ基本はポーカーフェイス。たまに幼き頃の面影が見える表情をしてくれるけど、前までの日常と呼べるには近くもなく程遠いものだった。


「翔也。今日は帰りが遅くなってもいいかな? 学校の人に放課後遊ばないか誘われてるの」

「行ってきなよ。学業も大事だけど、遊ぶ事も大事だし友達を作るのも大事だよ」

「朝のうちに夜ご飯は作っておいたから、夜はそれを食べてね」

「うん、分かった。帰る時には連絡してね」

「うん」


 そのまま食事を終えて俺は大学に、ペトラは高校に登校した。






 ▼






「それでね、このネックレスにしようと思ってるんだけどどうかな?」

「良いと思います……!」

「けどね、こっちも捨てがたいんだよね~」

「良いと思います……!」

「もぉ、ちゃんと見てくれてる?」

「も、もちろんですよ!」


 お昼時に食堂で、俺は今日も七瀬さんと一緒に昼食をとっていた。七瀬さんはパンをサクッと食べ終えてなにやらスマホをいじり、そして好みのネックレスを探し始めて現在に至る。正直ネックレスの良し悪しなんて分からないし、七瀬さんならなんだって似合うと思うし。


「じゃあ翔也くんはどっちが好み?」

「俺ですか……」


 正直好みの話なら俺はどっちも好きじゃないけど、七瀬さんはどちらも気に入ってるのは分かってるし、値段も5万と4万ならそこまで高くもないし、いっその事両方買ってしまえばいいんじゃないだろうか?


「いっその事、両方買っちゃえば良いんじゃないですか?」

「え?」

「七瀬さんも気に入ってるみたいですし、値段的にもそこまで高くないでしょうし!」

「約10万するけど?」

「え?」


 この時、俺は全てを理解した。今まさに金持ち補正が発動して10万をそこまで高くないと思ったが、きっと他の人から見ると基準は違うのだろう。現に七瀬さんめっちゃ不思議そうな表情してるし、このままじゃ非常にまずい案件になっちゃうぞ……


「あ、一桁見間違えてました……!」

「もぉ~、びっくりしちゃったよ~!」

「す、すみません……!」


 危ない、すごく危なかった。咄嗟に勘違いの言葉が出てこなければどうなっていたか分からない。七瀬さんの表情を見ても変に疑ってる様子はないし、なんとか誤魔化せたのだろう。


「ねぇ、今日って夕方予定あったりする?」

「今日ですか? 予定は特にないですけど」

「ちょっと買い物に付き合って欲しいんだけどさ、どうかな?」


 七瀬さんと買い物か。特に断る理由だってないし、今日はペトラも帰りが遅くなるって言ってたし問題はないだろう。一応連絡は入れとくけど。


「大丈夫です。俺で良ければ付き合いますよ!」

「本当に!? 良かった~!」


 そんなに喜ばれるとこっちとしても恥ずかしくなってしまうし、なんだかドキドキして上手く七瀬さんの事を見ていられなくなってしまう。


「あれ、翔也くんどうかした?」

「い、いえ……! なんでもありません!」

「じゃあ授業終わったら連絡するね!」

「分かりました!」


 七瀬先輩とのお出かけが決まり、嬉しさが込み上げてくるがそれを悟られない様に冷静にならないと。振られて手の白さとほんのり香るフルーティーな匂いに癒される。

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