第7話 幼馴染、贈り物!
明日はペトラの入学式だった。入学式って言っても編入だから仰々しい集会などは行われないらしいが。留学って経験はないからリアルな心境は分からないけど、親元を離れて1人で国を超える事はそう簡単な決意ではないだろう。
「ペトラ、緊張してない? 大丈夫?」
「お気遣いありがとうございます。流石に緊張しないは無理ですが、心配しないでください」
心配しないでくださいと言われても無理な話ではあるが、本人よりも俺の方が焦っていてもしょうがない。行ってきますと紺色のブレザーにグレーのプリーツスカートに身を包んだペトラを玄関で見送った。
「さて、何をするかな~」
ペトラが学校に行ったので暇だ、実に暇である。ならば部屋の掃除でもしようかな。そんな事を思いながら、まず窓でも拭こうかと思ったが……
「綺麗、だよな」
普通にピカピカであった。部屋も散らかってなんかないし、皿洗いや洗濯物が溜まってるわけでもなく、これもすべてペトラの仕業だった。流石家政婦の家系だし、おかげで本気で俺のやることがない。
「散歩でもするか」
ここに引っ越してきてまだ日は浅い。近場でも知らない場所、通ったことの無い道はたくさんあるだろう。身支度を整えてから1人で近所をぶらつき始める。
しばらく歩いていて気が付いた事は、案外何も無いって事だった。自然は豊かだが、あとはほとんど住宅街で、スーパーや洋服屋さんなどは全然なく、少しコンビニがあるくらいだった。
そんな住宅街の中で他と雰囲気の違う建物があった。興味本位で店の中に入ると、煌びやかなアクセサリーが並んでいた。個人的にはそういった類の装飾品は身に着けたりはしないが、母さんはよく身に着けていた記憶はあった。
「いらっしゃいませ! 何かお探しですか?」
「あ、いえ……」
女性の店員さんらしき人物に話しかけられたが、少しびっくりしてしまい上手く返事ができなかった。そのまま1人で店内を歩き回っていると、1枚にポスターが目に入った。
「大切な人に贈り物を」
そのポスターに書かれていた言葉が目に止まった。大切な人への贈り物、そう考えた時に、ふと思い浮かんだのはペトラだった。俺にとってペトラは家族のような存在で妹のように可愛がっていて、大切な存在だった。そして、そんな彼女への贈り物をサプライズでするのはどうだろうか? それに今日はペトラの入学式もあるし、入学祝いって事での贈り物。
「けど、ペトラの好みってどんなだろ……」
ペトラの趣味趣向が分からない。そもそもアクセサリー類だって好きかどうかも分からない始末だった。プレゼントは気持ちの問題と聞いたこともあるが、自分の好みじゃない物を貰っても嬉しくはないかもしれない。それでも、普段から俺の身の回りの世話をしてくれている彼女に、何かをしてあげたい気持ちが勝った。
「あの、贈り物をしたいんですけど……」
「贈り物ですね! どなたにあげられるものですか?」
厳密に言えば家族ではない。だけど他人と言うには近すぎる。恋人程近いわけでもないし、友達と言う言葉では遠い気がした。
「大切な、人です」
曖昧で抽象的に言葉。だけど、簡単に切り離す事ができない相手なのは間違いない。
喜んでくれるかどうかは分からないけど、何も贈らないよりは遥かにマシだった。
▼
「買ってしまった……」
店員さんにいろいろと助言をもらいながら、なんとか贈り物の品を決めて買うことができた。蝶々をモチーフとしたシンプルな水色の髪飾りを選んだ。
「喜んでくれるといいけどな」
そんなに不安になるんだったら直接聞いて買えばいいのだが、それはそれでサプライズで渡したいって言う男の見栄なのかもしれない。
家に戻ってからも1人そわそわして落ち着かなかった。まだペトラは帰ってこないが、早く帰ってきて欲しいって気持ちと渡すのが恥ずかしからまだ帰って来てほしくないって矛盾が生じた。
「どうすっかなぁ」
「どうかしましたか?」
「うわぁ……ペトラか……」
「はい。翔也さん、ただいま帰りました」
悩んでいると俺の後ろには既にペトラが居た。突然すぎて驚いてしまったし、ってか帰ってくるの早くないですか? 俺まだ心の準備とかできてないんだけどね。
「は、早かったね」
「はい、挨拶程度で終わりましたので」
「そっか」
「はい。翔也さんはどこかへ行っていたのですか?」
「え?」
「服装が部屋着と違ったので」
「あ、なるほどね。ちょっと買い物に、かな?」
「そうですか」
そう言ってペトラは自室に着替えに行った。どのタイミングで渡そうか、夜に渡すのか、今このタイミングで渡せばいいのかが分からない。
「翔也さん」
「な、なに?」
「なんだか、焦っているように見受けられますが」
「そ、そう?」
「何か問題でもあったんですか?」
「問題と言えば問題だけど、問題じゃないって言えば問題ではないかな~って感じで……」
「力になれる事があれば、なんなりとお申し付けください」
いや、そんな大層な事ではないんだけどね。ただ俺が無知なだけで女心を理解してないだけなんだよね。
「えっとね……これなんだけど」
「なんですかこれは? 不発弾ですか?」
「そんな物騒な物ペトラに渡さないでしょ……」
「では、なんでしょうか?」
「プレゼント、かな」
恥ずかしがりながらもペトラに包みを渡した。こんな雰囲気で渡すのはムードも何もないことだが。
「誰にでしょうか?」
「ペトラに、かな」
「私にですか?」
ペトラはぽかんとしながら俺を眺めていた。まさか自分にプレゼントを渡すとは思わなかったのだろうか。
「久しぶりに会えたし、編入祝いも込めてって気持ちで……!」
「そう、ですか」
理由は伝えたが、反応的にはイマイチな反応で、ひょっとするとあまり嬉しくなかったのかもしれない。もしくは、俺みたいな世間知らずが相手の気に入るプレゼントを選べるかと思っているのだろうか?
「い、一応店員さんにも聞いたし、大切な人への贈り物って意味で見繕ってもらったからそんなに変な物ではないと思うんだけど……」
「大切な人、ですか」
「う、うん」
「開けてもいいですか?」
「もちろん、いいよ」
ペトラは丁寧に梱包を解いて、中から水色の蝶々のアクセサリーを取り出した。
「綺麗……」
「ペトラに似合うかなって思って」
「とても……いえ……すっごく、とてもすっごく嬉しいです……!」
ペトラが笑った。満面の笑みで笑ってくれた。その笑顔はあの頃、ペトラとイギリスで会っていた頃の無邪気な笑顔と重なって、その事がとても嬉しく思えた。あの頃に戻れたような、そんな気がした。
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