第5話 幼馴染、修羅場!
「んで、翔也くんはどこに連れて行ってくれるのかな~!?」
「そうですね~……」
お茶しませんかとか言った割にはここら辺の土地感なんて全くないし、こーゆー時に喜ばれるようなお店を知っているわけでもないから、地味に困り始めていた。
「きっとお姉さんを驚かせるようなすごい所なんだろうなぁ~!」
「ハードルを上げないでください……」
栗橋さんを連れてあてもなく歩き回っている。彼女は俺がどこかへ連れて行ってくれると思っているから、先に行こうとはしない。完全に詰んでしまっていて、絶望しかけたその時、視界の先に一軒のお店を見つけた。そこのお店は人の出入りが頻繁で、車を使ってまで来ている人がいた。それくらいに人気ということはハズレではないだろうと思い、その場所に決めた。
「栗橋さん、ここにしましょう! ここ、人気なんですよ!」
だが、当の本人は口をポカーンと開けて佇んでいた。あれ、俺なんか変なチョイスでもしちゃった? そんなに悪いお店には見えないけど、栗橋さんの好みではなかった可能性は否定できない。
「あの、あまり好きじゃなかったですか……?」
「あははははは!」
栗橋さんはまたも笑い始めた。だけど、何に対して笑われているのかが分からずにモヤモヤしてしまう。俺の行動なのか発言なのか、はたまたまったく違う何かなのか。
「どうしたんですか?」
「いや、本当に君って面白いなって思ってさ! いいよ、行こっか!」
お気に召してくれたのかは分からないけど、とりあえずは了承してくれたので二人で店内へと向かった。
テーブルマナーやその他の作法も一通りは仕込まれてるから問題はないだろう。そのまま席へと向かって座るが、そんな俺を栗橋さんは不思議そうな表情で見つめていた。
「え?」
「そんな事ないと思うけどさ、もしかして翔也くんってファストフード店来たことないの?」
「ふぁすと風どてん?」
俺はここをレストランだと思っていたが、どうやら違うらしい。
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「いや~本当に驚いたね~」
「すみません……」
「でもそれならいろいろと納得できるかな~」
俺が栗橋さんを連れてきたこの場所はファストフード店と言って、主にハンバーガー類を販売しているお店だった。店内でそのまま食べてもいいし家に持ち帰ることも可能らしい。注文も席で行うのではなくレジで直接注文をして、前払い後に商品を受け取るって流れらしい。さらに驚くべきはその値段の安さだ。これだけの物をこんな値段で提供しているってことは、味はあまり美味しくはないんじゃないだろうか? 値段相応と言うか、そんな印象を持ちながらいざ食べてみるとそれがめちゃくちゃ美味しくて、今度ペトラに話をして作ってもらおうと思ったくらいだった。
「もしかして翔也くんってすごくお金持ちだったりする?」
「い、いえ……ただすごい田舎に住んでいて、こっちに来てまだ間もないので」
「そうなんだ~。確かに田舎とかには無いイメージだね」
「なんか本当にいろいろとすみません……」
「お茶に誘われてファストフード店に連れてこられたのは流石に初めてだったけどね」
「すみません……」
「あー違くてね、別に責めてるわけじゃなくってね、こーゆーのもいいなって思ったからさ。普段は雰囲気重視とかになりがちだから、こーゆージャンクフードを食べれれる機会って全然無いからさっ!」
純粋に嬉しいのか、はたまた気を使ってくれているのか。多分って言うか全体に後者だと思うけど。そういった配慮ができるのもこの栗橋さんの魅力の内の一つなのだろう。その後は大学生活の話とか、どの科目を選択した方が良いかとか有益な情報を教えてくれた。
「翔也くんってさ、テレビとかって見たりする?」
「テレビですか? あんまり見ないですね」
「そうなんだね。私もあんまり見ないタイプでさ~」
一つの話題が終わったらすぐにまた次の話題を出してくれて沈黙が無い。そう言った会話の回し方にも驚いていた。
それからしばらくして、時間も良い具合になったのでお開きにして帰ることにした。
「誘ってくれてありがとね! すごい楽しかったよ!」
「こちらこそ、すごい楽しかったです!」
挨拶を交わしてお互いの帰路につく。連絡先なんか交換していない。きっとこれでもう関係は終わるだろう。住んでる世界がまったく違う俺と栗橋さんだから。それにこんな醜態を晒したんだからお近づきになんてなれっこないよな。
束の間の楽しさを味わって満足した俺は、ペトラが待つ俺の家へと帰った。
▼
「え……?」
「お帰りなさいませ、翔也さん」
「まさか、ずっと待ってた訳じゃないよね……?」
「ずっと待っていましたが、なにか不都合が?」
「いや、その時間ペトラも退屈でしょ? いつ帰ってくるのかも分からない人を待つなんてさ」
「これが私の仕事ですから」
「はぁ……」
いつから待っていたかは分からないけど、出迎えてくれる事は嬉しかったけど、冷静になって考えると他人の時間を奪ってる事になるんだよな。昔はそんな事は気にならなかったし、それが当たり前だと思っていたから。それが仕事だと言われれば何も言えないが。
「ご飯にしますか? それとも先にお風呂を済ませますか?」
「先にご飯食べるよ。ペトラもお腹空いてるでしょ?」
「では、すぐに用意しますね」
正確で丁寧な対応。申し分ないけど、その固さはやはり壁を感じて息苦しさがある。尽くしてくれる事は嫌ではないが、負の感情を何も感じない訳ではない。
リビングに行くとペトラが黙々とご飯の用意をしてくれていた。洗練されて無駄のない動き、ステラさん仕込みは伊達じゃないと思わせてくれる。
「ご飯はどの茶碗に入れればいいの?」
「翔也さんは座っててください。私がやりますので」
「いいよ、これくらいはやらせてよ。元々は一人暮らしの予定だし自分でやるつもりだったし、それに将来的にもできる様になった方がいいからさ」
「私を雇ってくださらないんですか?」
「ペトラだって将来は誰かのお嫁さんになるかもしれないし、この仕事をずっと続けるかも分からないでしょ?」
いくらなんでも、ペトラにはペトラの人生がある。家系がどうであれ、彼女の一生を俺個人が決めつけて良い事じゃない。
「そう……ですね。では、お願いします」
「うん、任せて」
ペトラから茶碗を受け取って炊飯器からご飯をよそってテーブルへ置く。
今日の献立は白米、サラダ、味噌汁になんか知らない魚料理だった。
「いただきます」
「いただきます」
二人して挨拶をしながら食べ始める。毎回思うが、本当にペトラが作る手料理はどれも美味しい物ばかりだった。味付けなどの好みを聞かれた覚えはないが、そのほとんどの味付けが俺の好みだった。
「今日も美味しいよ、ペトラ」
「ありがとうございます」
普段ならペトラの方から味はどうか聞いてくるのに、今日に関しては黙々と食べ進めている。そんな少しだけ気まずい沈黙を破ってきたのはペトラの方からだった。
「時に翔也さん、今日一緒に居た女性はどなたですか?」
「え?」
「2人で歩いてる姿を見かけましたので。日本でできた恋人ですか? そんな情報はお母様から伺ってはいませんでしたが」
「そ、そうなんだ……別に恋人とかじゃなくて、大学の先輩だよ」
「そうなんですね。とても綺麗なお方でしたので」
「そ、そっか」
「翔也さんがどなたと関わろうが私が水刺す事ではありませんが、もし仮にその方が翔也さんに対して良くない事をするような方であれば、翔也さんの事を任された身としては看過できないので、何かあった時の為に連絡先を交換しておきたいのですが、よろしいですか?」
「お、おう……」
「あくまで緊急用の連絡手段としてです。それに、連絡先を交換しておけば、事前に翔也さんから帰宅の連絡を頂ければ私がドアの前に立っている時間も短くできます」
「ドアの前に立つのはやめないんだね……」
「当然です」
今日のペトラは、なんだか怖かった。
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