第4話 幼馴染、可愛い!
「ペトラ、朝起こしてくれるのは嬉しいんだけど、次はもっと普通に起こして欲しいかな」
「味噌汁の味はどうですか?」
「うん、美味いよ。って俺の話聞いてる?」
「承知しました、翔也さん」
「あー、その承知しましたとさ、かたっ苦しい言葉使いも変えて欲しいな」
「しょうたん」
「だからそれは却下って言ったよね!?」
「翔也さんはわがままです」
朝から騒がしくやり取りをしているが、間違ってもお笑い芸人を目指してるとかじゃないから。俺の幼馴染のズレた感覚が原因なんだからな。
「それはそうと、ペトラは今日はどこか出かけるの?」
「今日は部屋の掃除と、まだ少し片付いていない荷物があるので、それらの作業を行います。それが終わってから少々買い物を」
「固いよなぁ。まぁ、少しずつ変わっていけばいいか」
今までずっとそう過ごしてきたって背景もあるから、無理やり全部をすぐに変えるってのも酷な話だよな。
「翔也さんの帰りは何時頃になりますか?」
「そんな遅くはならないと思うけど」
「そうですか、では6時に夕食の用意をしていますので、それまでには帰ってきてくださいね」
「うん、分かったよ」
門限ってわけじゃないけど、自由気ままに帰宅時間を決められないもどかしさは感じるが、こればっかしはがまんしなければならない。ペトラと一緒に生活をするのを承諾した時点で俺の自由はとっくに消えているのだから。
ご飯を食べ終わってから大学に行く用意を進める。知り合いなんかきっといない環境で上手くやっていけるのかは不安だが、やるしかないならやるだけだ。
「ペトラ、じゃあ行ってくるね」
「翔也さん、少しいいですか?」
「ん? どうかしたの?」
そう言いながらペトラがぐっと近づいてきた。少し遅れて風に流されて香るパッションフルーツの香りにドキドキしてしまう。
「ネクタイが曲がっていますよ」
「ほ、本当!? ご、ごめん」
「いえ、お気になさらず。はい、できました。では、行ってらっしゃいませ、翔也さん」
「うん、行ってくるね」
玄関の前まで来て、律義に言葉をくれて頭も下げて俺を見送ってくれる。ネクタイが曲がっているのも直してくれて、新婚みたいだと思ってしまった自分がいる。こんな贅沢なことはないが、彼女の染みついているご奉仕至上主義の感覚は、本当に少しずつでも変えていけたらいいと思った。
▼
「ひっろ……」
高校なんかとは比べ物にならない程のでかい敷地が広がっていて、地図とかないと迷子になってしまいそうな程だった。ってか現在絶賛迷子中だった。同じく入学式にやってきたスーツ姿の集団の後を追いかけていたはずなのに、気が付くと周りにそんな人は誰一人としていなかった。ここはどこ!? 私は誰!?
入学初日にそんなピンチを抱えながら、特にあてもなく歩き彷徨っているが、一向に着く気配がなかった。
「初日から遅刻とかマジ勘弁だぞ……」
いきなりやらかして浮きたくはない。入学初日は小中高大学のどこの過程でも大事だとネットに書いてあったからな。
「君、こんな所で何してるの?」
「え……? あ、その……」
「君、見るからに新入生っぽいけど、もしかして迷ってる?」
「えっと……はい、迷ってしまって」
「ここ無駄に広いもんね~。私が案内してあげるよ! ついてきて!」
俺に声をかけてきたのは若い女性だった。ストレートな黒髪は光沢があり、手入れが行き届いている事が伺えた。目は綺麗なアーモンドの形をしていて、潤いのある少し厚めの唇は普通に好みだった。全体的に整っていて、モデルでもやってるんじゃないかと思うくらいの美貌だった。
「あの、すみません。わざわざ案内してもらって」
「いいのいいの、後輩の為に先輩は助けてあげるのは当たり前だよ少年!」
「本当、ありがとうございます」
「あ、私の名前は
「俺の名前は尾関翔也です! 漢字だとこう書きます」
持参していた入学申請書の名前の欄を見せて説明をした。栗橋さんはふむふむと言いながら俺の名前を興味深く見ていた。
「じゃあ翔也くんだね! うん、覚えた! これからもよろしくねっ!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
挨拶をしながら歩いていると、気が付くと人だかり多くなっていて、戻って来れた事を理解した。
「本当にありがとうございました!」
「うん、じゃあまたね。翔也くん!」
そう言って手を振ってくれて、小走りでどこかへと走って行ってしまった。恩人って言うのは少し大げさな気もするけど、間違いなく借りはできてしまった。同じ大学ならきっとまたどこかで会えるだろうし、あんなに綺麗な人なら尚更だ。そしたら改めてお礼をもう一度言おうと思った。
▼
なんとか無事に大学の入学式は乗り切ることができた。初めはハプニングがあったものの、唐突に出会った人、同じ大学に通う先輩の栗橋さんに助けられて事なきを得た。スタートとしては良かったとは言えないものの、悲観するほど悪くもなかったのでひとまずはよしとしよう。
入学式も終わった所で特に用事はなく、悲しいことに友達なんて人は作れずボッチなので大人しく帰る予定だった。
「あ、君はさっきの!?」
「く、栗橋さん!?」
「こんな所で何してるの? また迷子にでもなっちゃったのかなぁ~!?」
「ち、違いますから! 入学式も終わったのでこれから帰るんですよ」
「え? もう帰っちゃうんだ?」
「はい。あ、栗橋さんてこのあと予定あったりしますか?」
「予定? 特にないけど」
「もしよかったら少しお茶でもしませんか? 助けてくれたお礼もしたいので」
「え~、そんなお礼なんていいのに~」
「もしかして都合が悪かったりしますか?」
「悪くはないけど……ん~」
俺のお誘いに栗橋さんは悩み始めてしまった。冷静になって考えてみると、まだ会って間もないのお茶に誘ったことが、気に食わなかったのではないだろうか。下心とか、それこそナンパ? みたいな印象を抱かれてしまったのではないだろうか? そんなつもりは毛頭ないが、これらは言った側ではなく感じた側の気持ちを考えなきゃいけないと言われた事を思い出した。
「あの、これは邪な意味で誘ってるわけじゃなくて……その……純粋にお礼がしたいってことで……」
「うふふ、あはははは!」
必死に弁解をするが、それを聞いた栗橋さんは右手で口元を覆いながら笑い始めた。何が変だったのか、何がおかしかったのかは分からないけど、今の俺にはどうすることもできなかった。
「あ~笑った笑った! いいよ、お茶しに行こっ!」
「あ、ありがとうございます……!」
俺の必死の弁解が功をそうしたのか、栗橋さんは俺の誘いに乗ってくれた。いきなり恩人に不信感を抱かせてしまう可能性があったが、なんとか事なきを得た。
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