第3話 幼馴染、天然!!
「翔也様の匂いがしますね」
「恥ずかしいからそんな事は言わないでね……」
今からペトラの私服を買いに行っているが、メイド服を着たまま買いに行くのもアレなので臨時的に俺の普段着をペトラに貸したのだ。サイズ的には大きいので入らなくはないが、少しダボダボとした服装になっているので、メイド服をきちんと着こなしていた時に比べるといくらかルーズな印象でもあった。
「そう言えばペトラって日本には俺以外に知り合いは居るの?」
「いえ、翔也様を始めとした尾関家の皆さま以外では居ません」
「そっか。じゃあ学校での交友関係とか1から築くのは大変そうだね」
「そうですね。でも、なんとか上手くこなしてみます」
「そっか」
彼女は俺が思っている以上に強く成長していた。俺なんかは大学デビューは不安でしかないのに、ペトラの方がよっぽど大人だった。
「心配してくださってありがとうございます」
「ペトラに何かあったら、モーガン家に顔向けできないからね」
「翔也様が私を守ってくれるなら安心ですね」
「買いかぶり過ぎだよ」
「そんな事はないと思いますが」
それからは目的地に着くまでは他愛のない話をしていた。向こうでの生活はどうだったのか、なにか趣味はあるかだとか、留学をしようと思った理由とか、そんな話で盛り上がって時間を忘れていた。
「ここが服を売っているお店ですか?」
「うん。ここら辺一帯が服屋さんだけど、いまいち俺もよく分かってないけどね」
男物ならまだしも、女物なんか普段見ないし俺自身もファッションセンスがあるわけでもない。そう不安な気持ちになったのは服を買いに行こうと思って向かってる途中でだったので、今さら引っ込みもつかなくなっていた。
マネキン人形が着ている服をそのまま買えばいいのか、それともペトラ自身の好みを考慮すべきか、はたまた店員さんに聞いた方がいいのかで悩んでいた。
「いらっしゃいませ!」
女性の店員さんの元気な挨拶に多少驚きはしたものの、無事に店内へ入店することはできた。店内に入るとペトラは目を輝かせながら店内を見渡していた。
「カワイイが、いっぱいです」
「イギリスでは洋服屋さんとかに行ったことはないの?」
「はい。基本的にメイド服で、その他の服は母がいつも揃えてくれていたので」
「そっか」
少しずつペトラの身の上話を聞くと、普通とは言い難い生活環境だったと改めて実感した。同情とかそんなんじゃないし、ペトラ自身も特に思い詰めてる感じもないから。でも、俺が勝ち得たこの自由な生活、ペトラという予定外の乱入者はあったものの、彼女にとっても自由を掴むチャンスのような気がしてならなかった。もっと言えば、今まで家政婦の家計として献身的にこなしてきたペトラを労っての、娘を思う母親の優しさなのかもしれない。
「翔也様、ここに飾られている服はすべて売り物なんでしょうか?」
「うん、そうだよ」
「翔也様?」
近くに居た店員さんが疑問の声と不思議そうな表情で俺たち二人を見ていた。確かに、日本、ましてや洋服屋さんで相手を様呼びなんて普通はしないはずだ。俺は急いでペトラを連れて店内の奥の方へ向かった。
「ちょ、翔也様。どうしたんですか?」
「それだよそれ。その呼び方だよ!」
「呼び方?」
「そう、呼び方」
昔から呼ばれていた呼び名だったから違和感なく受け入れていたが、その呼び方はこの国の文化にはそぐわない。それをペトラに理解させて呼び方を変えてもらうしか方法がない。
「呼び方がどうかしましたか?」
「その翔也様ってのはやめてくれ。ココじゃそんな呼び方だと不審がられちゃうから」
「では、どんな呼び方なら良いのですか?」
「普通で良いよ普通で」
「普通なら翔也様になりますが」
「あーそっか、じゃあ友達っぽくでいいよ」
「じゃあ翔たんと言うのはどうでしょうか?」
「ぶっへ……」
呼び方は確かに変わったが、それはそれで気まずさがある呼び方だったし、まず選択肢として出てこない様な言葉を言われて思わず吹いてしまった。
「いや、それはちょっと恥ずかしいからやめてくれ……」
「翔也ちゃん?」
「却下」
「翔ちゃん?」
「それも却下」
「翔也ちゃま?」
「どんどん後退してってる気がする……」
考えながら言葉を紡いでいたペトラだったが、俺の想いは全く通じていない。けれど、彼女が手を叩いて閃いた様な表情をした。
「尾関ってのはどうでしょか? シンプルで良いかと」
「シンプルではあるけど……ね」
「翔也様、難し過ぎます」
なんかそれはそれで物凄く距離を感じる呼ばれ方で個人的にはあまり好かない。他の人なら気にしないけど、幼馴染のペトラには名字呼び捨てはして欲しくなかった。
「普通に、翔也さんでいいよ」
「翔也さん、ですか?」
「うん、それでいいよ」
「翔也さん。なんだか、口馴染みが悪いです」
「だろうね。でも、慣れていって貰うしかないからさ」
「分かりました、翔也さん」
ペトラに呼び方を変えてもらった所で、再び服選びを再開する。あちらこちら歩き回って、気になる服を手に取って自分にあてがいながら束の間のショッピングを楽しんでいた。
「翔也さん、コレなんてどうでしょうか?」
「うん、似合ってると思うよ」
「そうですか」
ピンクをべーすにしたシンプルなワンピース。腰の部分にベルトみたいなのが付いていて、どちらかと言えば大人な雰囲気を醸し出しそうなイメージではあった。そんな感じで色んな服を見ながら、たまに店員さんに話しかけられてたじたじしながらも、何着か選ぶ事が出来た。
「でも、本当に宜しかったんですか?」
「プレゼントだから良いんだよ」
「生活費や学費まで頂いているのに、服まで買ってもらって」
「俺が良いって言ってるから良いんだよ!」
暫く歩いていると、急にペトラの足が止まった。後ろに振り返り、ペトラの名前を呼ぶ。
「ありがとうございます、翔也さん」
改めてお礼を言われる。俺が知るペトラの面影を残して、優しく、柔らかく微笑んで。だから俺は答える。どういたしましてと。
ペトラは礼儀作法が行き届いていて、立派な女性に成長したと改めて感じる事ができた。
◆
自然に目が覚めたと言うよりは、何かに押しつぶされそうな感覚を覚えて目が覚めた。そして俺の目の前に広がっていたのは、煌びやかな金髪と碧眼だった。
「あの……ペトラさん?」
「朝ですよ。翔也さん」
「それは知ってるんだけど、何してるの?」
「今日から大学が始まると聞いていたので、翔也さんを起こしに来ました」
「それも分かるんだけど、そうじゃなくってね、どうして俺の上に跨ってるの……?」
「日本にはこう言う起こし方があると学びましたが」
「そんな文化はないっ!」
撤回しよう。俺の幼馴染は基本は真面目だが、どこか抜けている。
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