☆吸血鬼とハンターのその後

どこかで鐘が鳴っている。空は晴々としていて、風は心地よい程度に僕の頬を撫でる。僕には縁が無さそうだけど、結婚式日和というやつだろうか。


背中で感じる柔らかさは、僕が寝転がっている土や草の感触だろう。


視界が赤い。真っ赤だ。その赤が嫌で、僕は目を閉じる。

すると、頬に何かが落ちてくる感触があった。雨粒だろうか。それにしては、温かかった。


一旦、目を開ける。視界に映った人の顔から、先ほどの温かい何かが降ってくる。泣いているのだと気付いて、涙を脱ぐってあげようと手を伸ばしたつもりだったが、腕は一切動いてくれなかった。


その人は、何かを叫びながら、ずっと泣いているが、僕にはその言葉が聞き取れなかった。そこで、さっきは鐘の音が聞こえたのに、今は何も聞こえないと気付く。


ああ、僕は今どうなっているんだろう。この人は、何を泣き叫んでいるのだろう。


僕は赤い視界を動かしながら、ゆっくりと今までの出来事を思い出すことにした。



*****



僕とその人は、敵対関係にあった。


僕の仲間はその人達が嫌いだったし、その人達は僕達のことが嫌いだった。お互いが、お互いを全滅させたかったんだと思う。


その日、僕の仲間は近くの町の人間を襲った。そのせいで

、たくさんの死人が出た。

僕はそれに気付かず、自宅でのんびり読書をしていた。大バカだった。


僕の仲間の愚行に先に気付いたのは、敵対している人間たちだった。

急襲にはさすがに気付いたが、僕の仲間はあっという間に殺されてしまった。その時、僕は仲間が仕出かしたことを知らなかったから、怒りに任せて、襲ってきた人達と戦った。


殺すことはできなかったが、敵の増援が来る頃には、僕の前に立っている人間は居なくなっていた。


そのたった一人の増援が──彼女が、その人だったんだ。



*****



彼女は、自分は優秀な戦闘員だが、初めて敵を見逃した上に連れ帰った、と笑っていた。僕のことだ。

その表情にも声にも、後悔は一切感じられなくて、僕はほっとしたのを覚えている。


話してみると、彼女はとても素直な優しい人で、僕達が過去の遺恨を越えて仲良くなるのに、多くの時間は必要なかった。

でも、それは僕達二人の間だけの話で、彼女の仲間と僕の仲間は、相変わらず敵対したままだった。


「話せばわかるし、落とし所も検討できるのに、どうして皆はすぐ戦っちゃうんだろうねえ……」


彼女も僕も、とても強かったので、多少の不意打ちなら軽く返り討ちに出来た。これ以上の軋轢が生まれないよう、一人も殺さないと決めていた。


「まあ、私もちょっと前まで皆と一緒だったけどさ」と、彼女が眉を下げて笑う。きっと、今まで殺してきた敵のことを思っているのだと感じた。彼女は本来、戦いなど好まない人間だ。戦闘員などなりたくなかったんだろう。


彼女を縛り続ける罪悪感を、どうやったら減らせるんだろうか、と僕は必死に考えた。


彼女の笑顔が見たい。悲しい顔はさせたくない。

そのために、試行錯誤を繰り返す日々は、僕にとって幸福な時間だった。



*****



そして、今朝のことだ。


血迷った僕の仲間が、彼女に不意打ちで襲い掛かった。

それくらい、僕達にはなんてことなかったが、彼女の足元で気絶している僕の仲間が、何かを腹に括り着けていた。

なんだろうか、と屈んで確認すると、それは爆弾だった。

そして、その爆弾は、何故か彼女の仲間・・・・・が愛用している物だった。


その矛盾に気付いた瞬間、僕は彼女を力一杯突き飛ばした。



*****



爆発の衝撃で、一時的に飛んでいた記憶を思い出した。

それで、僕は地面に転がっているのか。


少しずつ、周囲の様子を確認する。

襲いかかってきた僕の仲間は、爆発に巻き込まれたらしく、離れた地面に転がっていたり、木に引っ掛かっていたりして、ぴくりとも動かなくなっている。


そして、僕の腕は動かないのではなく、どうやらどこかに行ってしまっている。爆弾は、僕の記憶だけでなく腕まで吹っ飛ばしたのか。

そのせいで、泣き叫ぶ彼女の涙を拭えないじゃないか。


赤い視界で彼女を確認する。どうやら、怪我は無いらしい。よかった、と心底安心する。


耳は相変わらず聞こえないし、何か言おうにも、声が出ない。視界もどんどん赤く、暗くなっていく。


僕の視界は、数秒のうちに真っ暗になった。



*****



僕は、真っ暗な視界の中で、ずっと同じ事を考えていた。


彼女は、一体何を思って、何を叫んでいたんだろう。

僕が、僕を犠牲にして、彼女を助けたところで、喜ぶような人間ではなかった。


それでも、命の恩人に感謝してくれているだろうか。

それとも、僕だけでも逃げてほしかったと絶望しているだろうか。

もしかしたら、生き残れたと喜んでくれているかもしれない。

いや、どうして自分を残していったんだと失望されているかも。


僕は目を開ける。視界は明るくなっていた。

立ち上がって、その場で一周回ってみると、そこは真っ白な部屋だとわかった。


不意に肩を叩かれ、振り向くと、彼女がいた。

僕は反射的に彼女を抱き締めて、こう言った。


「泣かせてしまってごめん!君は、あの時何を言ってたのか、聞こえなくて……声も出なかったんだ!本当にごめ……」


僕の口が塞がれた。彼女の手だ。その手は、ぐいぐいと僕を押すものだから、つい彼女から手を離してしまう。

ぽかんと彼女を見つめていると、彼女は微笑んで、僕の口を塞いでいた手を、僕の頬に移動させた。


「二人で生き残ることを選ばなかった、あなたへの罵倒ね」


そう言って、おばあちゃんになった君は、僕の頬を思いっきりつねったんだ。


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唐木瓜な、天竺牡丹 六佳 @Rhodonite

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