★元勇者と元魔王


 人里離れた山奥の家には、二人の青年が暮らしている。


 一人は、元勇者。もう一人は、元魔王。彼らは、お互いを「ユーくん」「マオくん」と呼び合い、仲良く生活している。

 これでも、かつて世界の存亡を賭けて闘った関係だ。


「おかえりー。ユーくん宛に手紙が届いてたよ」


 元勇者が狩りから帰宅すると、それを元魔王がエプロン姿で出迎える。丁度夕飯を作っていたらしい。


 元勇者は手紙を受け取って読むが、すぐにそれを暖炉に放り込んだ。手紙は数秒で消し炭になる。

 その表情は険しく、元魔王はおろおろと声を掛けるか迷ってしまう。それに気付いた元勇者は、理由を説明する。


「マオくんが生きてることに勘づかれた」


 それを聞いて、元魔王はショックを受けたのか、床に膝をつく。


 手紙は、人間の王からだった。どうやってこの家を見つけたのかは不明だが、「魔王を倒しにいくから待っていろ」という旨の内容だったと、元勇者は説明を加える。


「そんな、じゃあ、この世界は今度こそ終わりだ……魔族のみんなと、こんな山奥まで逃げてきたのに……」


 魔王が泣き出すと、それを察知した魔族達が、なんだなんだと窓から様子を伺ってきた。彼らの元魔王を心配する顔を見て、元勇者は決意する。


「こうなったら、世界のために、人間を滅ぼすしかない……」



 *****



 この世界は、ほんの数年前まで、多数の魔族と少数の人間が共存していた。

 そんな中、急に人間の王が魔族に戦争を仕掛けたのだ。元勇者も、当時は人間の王を信じ、従い、魔族を滅ぼすべく敵と思い込んで、必死に闘った。


 しかし、魔王と相対して気付いたのだ。

 魔族に罪は一切無く、彼らは自分の仲間を護るために闘っていただけなのだと。

 人間の王は、魔族の数を減らして、自分が世界の頂点に立ちたかっただけだったのだと。


 戦争の結果、人間の武器によって自然は焼かれ、魔族の数は2割程度に減ってしまった。

 魔族は環境に最大限配慮して、人間を一人も殺さなかったというのに。


 人間を信じられなくなった勇者は、魔王を倒したことにし、魔王と生き残った魔族を連れ、人里離れた山奥に移り住むことにしたのだ。



 *****



 元勇者と元魔王、そして生き残った少数の魔族達は、誰にも迷惑をかけず、この山奥で暮らしてきた。小さい集落程度の規模で、魔族が人間に見つからないように気を付けてきた。


 元勇者だけは、たまに人間の街へ行き、物資を調達していたが、外の世界の現状は悲惨だった。

 貧富の差、環境破壊、飢饉などが、年々酷くなっていった。今となっては、それも自業自得としか思えない。


 しかし、それを解決するには、元魔王を殺して魔族を従わせ、魔族彼らの能力を使って自然を回復させるしかないのだろう。

 それを許すほど、元勇者は優しくない。


「俺は、もう人間の味方はしない。マオくんと魔族の味方だ。俺が最後の人間でいい。世界のために、人間は要らない」


 元勇者は、闘う準備を始める。それを見て、元魔王も自分の力で立ち上がった。エプロンを脱ぎ捨て、窓を開けて魔族達に声をかける。


「ユーくんだけに闘わせるわけにはいかない。みんな、僕たちも闘うよ」


 魔族達は吠える。その声は、山を越えて響いていく。




 これから起きる、人間を滅ぼすまでの戦争と、元勇者の活躍は、魔族の中で後世まで語り継がれることになる。


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