唐木瓜な、天竺牡丹

六佳

☆ 三十路の吸血鬼狩り

 私は、吸血鬼ヴァンパイア狩りを生業としている。

 吸血鬼ハンターの名家に産まれ、幼少期より厳しい修行に耐えてきた。


 私には才能があったようで、我が家の長い歴史の中で、初の女当主になるまで登り詰めた。


 当主になってからも、修行を怠ることなく、技に磨きをかけ、この界隈で私の名前を知らないやつはほとんどいない。


 そんな私も、先日30歳になった。三十路だ。


 正直、十年以上前から、吸血鬼狩りなんて、痛々しくて嫌だった。


 しかも、最近は、親戚から「早くいい人見つけて結婚しろ」と言われている。当主になったあたりからずっと言われてきたが、最近は特に増えた。


 いや、できたらとっくにしてるよ、結婚。一人じゃできないからね?相手が必要だからね?


 いい人見つけてって言われても、私が見つけたいい人は親が却下するんだよ。「家柄が合わない」とか「才能が我が家に相応しくない」とか下らない理由でな。

 そんな両親も、私が三十路になったことでさすがに焦り始めたらしく、ガンガンお見合いの予定を立てている。お相手は、家柄や才能重視の、ハゲとかデブとかバツイチとか……彼らは娘が可愛くないのだろうか。いや、可愛いからこそ暴走しているのか。


 そもそも、私がこの年まで結婚できなかったのは誰のせいだと思ってるんだ。そりゃ、私にも責任あるよ。私が付き合った人はみんな優しい人だったけど、両親のお眼鏡にかなうような家柄も才能も持ち合わせてなかった。それで結婚を反対されて、私はそれに従ってきた。

 でも、今思うと、男に才能も家柄も無くても、私が才能と家柄を持ち合わせてるんだから、別によくなかった?私がいれば家は安泰じゃないか。反対する意味あった?


 しかもさ、三十路になったってだけで焦られる私の身にもなってよ。今時、三十代以降で結婚とか、独身貫くとか、当たり前じゃない。私、一人で稼いで生きていけるし。


「あぁあああ!めんどくさああああい!」


 叫びながら見合い写真を投げ飛ばす。それが壁に突き刺さると、部下に怒られた。


 私だって、まさか壁に刺さると思ってなかったよ。この写真、鉄かなんかでできてんの?


 もういい。仕事に行こう。部下に見合い写真を返送するようお願いし、私は仕事の準備をする。


 ちっとも楽しくない、吸血鬼狩りの始まりだ。



 *****



 今回の吸血鬼は強い。私より先に現場に到着していた精鋭5人は、地面に転がっている。

 一応、全員まだ息があるが、もう使いものにならないだろう。


 私は自分の武器である大鎌を肩に抱え、吸血鬼を睨み付ける。


 フードを目深に被った上、だっさい仮面を着けている。ゆったりしたマントを身に纏っているため、男か女かもわからない。


 私は吸血鬼に向かって悪態をつく。


「くっそ……5人とも再起不能じゃない……」

「先に私の同胞を殺したのはそっちだろう!」


 その前に、街の人間を襲ったのは君の同胞なんだけど。

 そう、返事をする前に、吸血鬼が激昂して向かってきた。


 速いし、私以外の精鋭より強いけど、私よりは遅いし弱い。

 私は上体を捻りつつ、野球のバットのように大鎌を振るい、吸血鬼を真横に飛ばし、すぐさまそれを追いかける。何かの建物の壁に当たって、壁材と一緒に地面に落ちた吸血鬼の上に跨がり、大鎌を構える。


 そして、大鎌で吸血鬼の首を飛ばす──つもりだった。


 しかし、私の腕は止まり、吸血鬼の顔に目を奪われていた。


 さっきの衝撃でフードがとれ、仮面も割れたようだ。吸血鬼の素顔が月明かりに照らされて、露になっている。


「顔が良い!!」


 私は思わず叫んだ。


 年の頃は人間で言うと、15~16歳くらいに見える。吸血鬼って長命だから、本当のところはわからないけど。

 サラサラの金髪に、碧の瞳。耳は吸血鬼だから尖っているが、それを差し引いても目と鼻と口の造型と配置が素晴らしい。睫毛なっが。てか、睫毛も金色だ。

 吸血鬼はもともと顔立ちが良いのが多いけど、この子は特に、絵に描いたような美少年……美少女か?どっちかわからないけど綺麗としか言いようがない。

 この美しさを充分に表すことができない、自分の語彙力の無さが悔やまれる。


 中性的且つ麗しい御尊顔が私を見ている。


 顔が良くても、仲間の仇には変わりないんだけど。結婚話で疲れきっている私には、とても耐え難い美しさだ。


 吸血鬼は、止めをささない私を見て、不思議そうな顔をしている。その表情に幼さが滲み出ていて、美しい上にとても可愛い。


 今まで真面目に吸血鬼狩りをしてきた私の頭に、邪な考えが浮かぶ。


 吸血鬼と共存できる道を作れば、この国宝級の御尊顔を胴体とくっつけたままにしておけるのでは……?

 しかも、吸血鬼ハンターが廃業になれば、普通に好いた人と付き合えるのでは……?


 私は吸血鬼の上から降り、横にしゃがみこむ。


「君、人間と仲良く生きる気はある?」


 その日、私は初めて獲物を始末できなかった。

 それに、初めて吸血鬼を家に連れ帰った。

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