第13話 ラノベ作家は再会する⑥

 それから二人は気まずさなどなかったかのように話に花を咲かせた。

特に、中学卒業以降のお互いの話では大いに盛り上がった。


「そろそろ電車も無くなっちゃうし、帰ろっか」


 そして、たまたま時計を見た美歩の言葉で二人はバーを後にした。

 時間が遅いせいで人もまばらになり、無灯ビルの威圧感だけが克明に浮き出た夜の都会を二人で並んで歩く。


「ねえ、久島ってもしかして一人暮らしじゃない?」


「なんでそれを?」


「合コンの後に私を送るように言われた時、戸惑ってたから。もしかして実家じゃないのかなあって」


「それだけで良く分かったな……」


 意外と目ざといというか鋭いというか、美歩には一緒にいれることへのドキドキ以外にも、何度も核心を突くことを言われてドキッとさせられてしまう。


「いいなぁ一人暮らし。あたしまだ実家から出るの許されてないんだよね……久島が羨ましい」


「ま、一人であれこれやるのも大変だけどな。ていうかその久島っていうの、止めるつもりはないのか?」


 志摩が旧姓を思い出してからというものの、美歩はずっとそれで呼んでくる。志摩は旧姓があまり好きではないので、出来れば止めて欲しいと思ったのだが、


「んー……なんというか、あたしの中で久島はずっと久島だったから。他の呼び方にすると違和感あるんだよね」


「……まあ、それは分からなくないな」


 志摩にとっても美歩はずっと『久森』だったから、その気持ちは理解できる。それを聞いて旧姓を呼ばれる不快感よりも、美歩から久島と呼ばれる嬉しさが優ってしまったので、それ以上志摩は何も言わなかった。


 それから五分くらい歩いて、新宿駅南口改札、小田急線の前で立ち止まる。


「それじゃあ、あたしはこっちだから……お別れだね」


 美歩の名残惜しそうな様子に、もう何度目か分からない、あるいは常に鳴りっぱなしの心臓の鼓動が一段と早く飛び跳ねる。


「今度さ、遊びに行こうよ。……アタシと、久島の二人で」 


「それって、デートじゃ――」


「あ、やばっ! もう終電来ちゃった。それじゃあ、詳しい話はライン送るから! またね!」


 一応、過度な期待をし過ぎないようにと志摩が聞き返そうとしたタイミングで場内アナウンスが終電を告げる音がして、美歩は慌ただしく走り去っていった。

 それでも、


「またね、か……」


 連絡できる。美歩にまた会える。それだけで志摩は、たまらなく嬉しかった。


***


 美歩と別れた志摩は、のんびりと歩いて比較的終電の遅い中央線に乗り、家のある中野駅で降りる。

 中野ブロードウェイとは反対の南口から駅を出て、右に曲がり、坂を上り、うねった住宅街の中を歩いて行く。

 その足取りは重度の酔っぱらいのようにふらふらとしていて危なっかしい。けど、それも仕方ないことだ。


(ずっと、夢のように思えて仕方ない。妄想をしすぎる余りおかしくなってしまったって言われた方が、まだ信じられる)


 本当に、奇跡としか言いようがない。ずっとずっと恋焦がれていた相手が合コンの参加者で、実は自分のことも覚えていて、あんな風に仲良く話すことが出来たなんて。


(けど、夢じゃないんだよなぁ)


 帰り際、今よりもっとふわふわした気分でいた志摩の下に一通のメッセージが届いた。


『さっきの話の続きだけど、良かったら今度の花火大会、一緒にいこーよ』


 それは紛れもなくデートの誘いだった。因みに返信してデートであると確認も取ったため、確実だ。

 こんな夢のような時間。身に余る程の幸せ。少し前までの志摩だったらきっと、手放しで喜んでいただろう。

 けど、どうしても今はそうは出来なかった。全身を包む夢心地に、唯一、頭の隅の冷静な部分だけが染まらなくて、その部分が喉の奥に骨が刺さった時のように、ちくりと刺すような違和感を放ち続けているのだ。


 ――めあのことを考えろ。違和感はずっと、そう言っていた。 


 確かに志摩はずっと美歩のことを想っていた。その想いがちっとも変っていないことを、今日確認した。

 しかし、徐々にめあにも心を開いていたのは事実だ。それに、自分が傷つくのを恐れず、志摩の辛さを一緒に背負ってくれた彼女を、志摩は裏切りたくなかった。


「ほんと、どうすっかな……」


 悩んでも悩んでも答えは出ず、呟きは虫の声に混じって夏の夜空に溶けていく。 

 頭上では中途半端な半月が、雲間から朧げに覗いている。


(――俺は、どうしたいんだろうか)


 一番大事なその問いかけは、しかし口に出されることもなく、思考の渦の中へと消えていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る