第12話 ラノベ作家は再会する⑤

 高級感のあるカウンターに、ずらりと並ぶ色とりどりのボトル。

 薄くかかった耳心地の良いジャズを聴きながら、志摩と美歩は背の高い椅子に並んで腰かける。


「あたしは食後だしデザート代わりにダイキリのフローズンかなぁ。長谷部は何にする?」


 手早く注文を決めた美歩が志摩にメニューを渡す。


「なんだこのカタカナ語の羅列は……」


 先日のキャバクラが夜の店デビューだった志摩は、当然バーの知識などない。ずら

っと並ぶお酒の種類の多さに思わず苦言を漏らす。


「ぶっ、あはははっ! ちょ、カタカナ語って! 長谷部って意外と天然?」


「こういう店にはあまり慣れてないんだよ……」


 美歩に盛大に笑われてしまい、志摩は拗ねたように呟く。


「それじゃ、とりあえず飲みやすいやつ頼もっか」


 美歩はそう言って優しく笑うと慣れた様子でバーテンに注文を伝える。

 ドラマとかで見るカクテルをシェイクする場面を感心しながら眺めていると、すぐに二人分のお酒が出来上がった。


「じゃ、二人の再会にかんぱ~い」


「か、乾杯」


 カチン、と控えめにグラスが触れ合う音が鳴る。志摩のソーダ色のカクテルと美歩のライムの刺さった涼し気な白いカクテルの色が一瞬混ざり合い、薄明りに照らされて蒼の光を反射する。


「それにしても驚いた。まさかあんなところで中学の同級生と会うなんて」


「そうだな……流石に最初は信じられなかった」


 カラフルなお酒とつまみのドライフルーツ、シックな店の雰囲気に充てられて、二人の会話は進む。


「……んー、でもやっぱり変だなぁ。あたし、長谷部のこと全然知らないんだよね。同じクラスになったこと、あったっけ?」


 しばらく障り当たりの無い思い出話や同級生の近況を話していると、美歩が顎に手を当てて悩みだした。


「……一応、一年の時に同じクラスだった」


 もう五年以上前のことだとはいえ、やはり面と向かって覚えていないと告げられると辛いものがある。それでつい、志摩は素っ気ない態度を取ってしまった。


(俺の方が執着し過ぎなだけかもしれないけど、一応それなりに話す仲ではあったんだがな……)


 中学の時は、というか成人式で美歩にあしらわれるまで、志摩はこんなに捻くれていなかった。特に中学までは運動部に所属していたこともあり、女子と話す機会もそ

こそこ多かったのだ。


「そもそも中一のクラスに長谷部なんて名前の人いなかった気がするんだけど……」


 どうにか思い出そうと美歩はますます頭を悩ませるが、どうしても、志摩のことを思い出すことが出来ない。


「あ……」


 そんな彼女に釣られて中学の記憶を掘り起こしていた志摩が、何かに気付いたように声を上げた。


「なに? なんか思い出した⁉」


 記憶があやふやなことにもやもやしていた美歩は、思わず志摩に詰め寄る。


「――っ、いや、そういえばなんだけど、俺、中一まで久島って苗字を使ってたんだった。中一の終わりに親が離婚してからは母方の苗字の長谷部になって、父親嫌いだったから周りにも長谷部で通すようにしたんだけど、中一しか一緒じゃなかったなら、知らないかも……」


 志摩自身、長いこと父親に会っていないし、長谷部もハセシマも定着していたので、昔の苗字の事などすっかり忘れていた。


「え、久島⁉」


 しかし、それを聞いた美歩は酷く驚いた様子を見せた。


「ああ……覚えてるのか?」


「うん。確か、かなり勉強できたよね? あたしも結構教えて貰った覚えあるし……」


「そういや、そうだったな……」


 口では今思い出した風に言うが、本当は忘れた事など一度もない。


(なんせ、俺が勉強してたのは久森に認めて貰える唯一の手段だったからだしな)


 中一の志摩は、美歩に一度勉強を教えてくれと言われてから、それをきっかけに話せるのが嬉しくて、何とか頼られようと死ぬほど勉強したのだ。

 我ながら単純な動機だなと志摩は昔を思い返し、苦笑する。


「なんだぁ、久島だったのかー。それならそうと早く言ってよ。見た目変わり過ぎてぜんっぜん分かんなかったんだけど!」


 美歩は少し拗ねた様子を見せる。


「わ、悪い……けど、そんなに変わったか? 確かに変わっちゃいると思うけど、全く分からないほどじゃ――」


「変わったよ! 凄い大人びた雰囲気だし。……あとそう、眼鏡! 中学の時は眼鏡かけてたのに今はコンタクトじゃん。それは分かんないってー」


「ああ、そういえばそうか」


 美歩と話したことは全く色褪せることなく覚えているというのに、自分自身のこととなるとどうにも思い出せないらしい。


「けど、それにしたって俺のことなんかよく覚えてたな。中学じゃあんまり目立つ方じゃなかったのに」


「そう? 中一の時クラスで一番勉強出来たし、クラス別になってからも体育祭の委員会とか一緒だったし。割とよく話したじゃん、アタシたち」


 志摩の方はもちろん覚えている事だったが、美歩も自分と話したことを覚えていてくれた、という事実に志摩は胸が高鳴るのを抑えきれない。


「それに、さ……久島、ラブレターくれたよね? 卒業式の日に」


「な――⁉」


 懐かしむような、恥ずかし気なような、こちらを見ずにそう言われて、志摩は顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。


「なんで、俺だって分かったんだ? 差出人は書かなかったはずだが」


「……やっぱり久島だったんだ」


「おまっ――カマかけたのか⁉」


「まあね~。ま、そうじゃなくても何となく分かってたけど」


 美歩は悪戯っぽく舌を出してニヒヒっと楽しそうに笑う。


「――もしかして、さ。今でもまだ私のこと好きだったりする?」


 カラン。どこかで氷が溶けて、薄いグラスとぶつかり小気味いい音が鳴る。

 人に聞かれないように、僅かに動けば触れ合えてしまうくらいの距離で言われた悪魔の囁き。

 全身が火照りを通り越して燃えるようで、喉はカラカラ。全能を掌握しそうな甘美な響きに、志摩はもういっそ、今日まで想い続けた全てを曝け出してしまいたい気持ちになる。


「……茶化すなよ。昔の、話だろ……」


 それを誤魔化すようにカクテルをあおってようやく搾り出せたのは空虚な言葉だった。


「……そっか。そうだよね。昔の話、だもんね……」


 そう言う美歩の様子がどこか寂しそうに見えたのは、志摩の願望だろうか。

 しかし、少なくともそれ以上、二人がこの話題に触れることはなかった。


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