烈風「真田幸村戦記」(皇帝助村と真田十兵衞)5

    5


 人は、あるときを境にして、突然に変化することがあった。

「今後は、儂自身が先頭に立って各国を引っ張って行きたい。みんな、付いて来てくれるか」

「おおーっ!」

 と全員が呼応の雄叫びを挙げた。

 あの一瞬で帝王という名ばかりであった助村が、どんでん返しの壁のように、その人間性を大きく変化させたのである。

「儂の乗る司令車をもっと軽便で戦い安いものにしてくれ。ガトリング砲、機関銃、火炎放射器を付けて、余分な装飾を取り除いて、小回りの効く物にせよ。見晴らしは作戦上に必要だが、もっと戦闘的にせよ。これを各国に一台づつ造って準備しておいてくれ。移動は、機動騎馬か戦闘装甲車にする。速度が第一だ。皇帝の旗も何もいらぬ必要な時だけ立てれば良い」

 そのことは直ぐに実行された。

「先ず、武龍にいく。内乱を起こそうといた国だ。徹底的に巡視して、悪の芽が小さい内に摘み取る」

 と出撃の準備を開始した。

これに、二人の弟も刺激を受けて、従軍を名乗り出たのであった。

信幸が興奮している広間から、十兵衞とケリーを邸内の茶室に誘った。

「さて、吉と出るか、凶とでるか?」

 信幸が茶を点てながらいった。

「いまと成っては、我々は、彼らが成すことをただ見守るのみでござる」

「たらざる部分をそっと補うのみ・・・ですかな」

「如何にも・・・よれでよかろうよ」

「やれば出来るという自信を先ずは持たせることでしょう」

「しかし、自信を持ち過ぎたときに、その力を押さえさせるというのは、なお難儀だぞ」

「もう、これ以上の戦が起こるとも思えぬが」

「起こるとすれば、ヨーロッパが鳳国と同等以上の武器を自分たちで造ったときでしょう。その時は恐いですから、鳳国はそれの上を行く武器の開発を常にしていなければならないということなのです。その研究所はありますが、もっと力を入れて行かなくてはならないということなのです」

「どうでしょう。シベリアにその研究所を造ってみたら。一番、秘密の守れる場所です。各種の工場もあります」

「現役を引いた我らがやるか」

十兵衞が茶を啜った。

「暖かい時期だけでも、儂も住もうかな」

 と信幸が言った。

「それは大歓迎ですわ」

「素晴らしい避暑地になりますよ」

「もうお互いだが、そんなに先が長いとも思えん。色々なことがあった。この国を冥土には持って行けぬが。若者たちのやることを遠くから見つめることにしたい。いや、新婚の邪魔はせぬよ、ははは・・・」

 十兵衞はやるとなったら手が早かった。

スラウエシ島から研修者をどしどし強引に引き抜いていった。

そして、吃驚するほど巨大な建物、最新式の方式で建設した。

備品、什器も整えた上で、

「予算は無尽蔵に使え。化学、科学、力学、工学、何でも研究せよ。気が付いた分野は儂の方からも言う。隣接して、植物研究所、動物研究所、関連する大学、大学院も造る。此処はバイカル湖の畔のウラン・ウデという所だ。湖には造船研究所もつくる。医科学部も造る。辺り一面は芝生で、のんびりと研究してくれ。音楽部、美術部、文学部も造りたい。一大学園都市にする宿舎も。食堂も大きくて豪華な物をつくる。何人でも男女の別なく歓迎だ。そうだ、法学部も必要だな。政治部も経済学部も水産学部も必要だ。子供や青少年を教育する学部も必要だ。薬学部や衛生学部、都市や農村を健康的な村や都市にする学問、水道や下水を研究する工場排水などを浄化する学問もだ。大きな図書館も造ろう。東西の本という本を集めよう。信幸殿、ケリーこう言う仕事をどう思う。残りの人生に相応しいとは思わないか」

「素晴らしいです。大賛成です」

「まさか、十兵衞殿からその様な大計画を聞くとはとは思わなかった。最高の仕事ですよ」

「うむ。やるぞ。その研究、学園都市から色々な人材が出て欲しい。このバイカル湖の畔からな。広大な敷地を用意しよう。設備も、研究者が希望する物を揃える。儂の最後の夢の仕事だ。国立の学園都市だ」

 十兵衞は思ったら直ぐに始める男である。

この構想を松井善三郎と内田勝之介に話をして、先ず入れ物造りから開始をした。

学部は徐々に増やしていけば良い。

 先ずは工学、科学、化学から作っていくことにした。

すでに、研究者は集まり始めていた。

スラウエシ島の研究者をごっそり引きに抜いてきていたのである。

 此処では、基礎学問、応用科、専科の三つに分かれた。

本格的な開始から三月目に、早くも二つの成果が現れた。

「発条(バネ)」と「軸受(ベアリング)」が開発されたのである。

バネとベアリングを組み合わせると、車輪と車体が圧倒的に地上からの振動を軽減して、信じられないまでに振動がなくなり、乗り心地は最高になった。

 これを見て、皇帝の下の弟の助幸は、

「ウラン・ウデに行きたい」

と言い出して、本格的に留学して、学究の道に飛び込んで来た。

助幸は、理工系というか、機械が好きで仕方がないのであった。

助幸が、矢張り勉強を始めて三月後に開発したのは、ガラス部門でレンズであった。

これを筒に嵌めて、筒の長さを調節すると、遠距離のものがグンと近くに見えるということを発明、発見をしたのである。

これを何本も造り、大阪城に送ると、

「これは、飛んでも無いものだ」

となって、さらに精巧な物を造って小銃の上に付けた。

中に十文字の印が付いていた。

それに併せて引き金を引くと百発百中であった。

「こんな狙撃銃で狙われたら、相手はたまった物ではない」

「逃げようがない」

 と、驚愕した。

助幸は、

「まだまだ研中中である。腕の良い射手を選定してウラン・ウデに送れ。凄い狙撃隊ができるぞ」

 と言ってきた。

このレンズの研究班は、皇帝の弟が、直接、指揮をしているので、研究にも力が入った。

銃身は少し長くなったが、その上に望遠鏡を付けて、手元でピントが合われられるものにした。

銃身のライフルも調節をした。

銃の口径も二倍のものにした。

これを使うと二千メートル先の金貨を見事に撃ち抜いた。

金貨の真ん中に穴が空いた。

成功したときには、助幸は雀踊りをした。

その威力は飛んでもない物になった。

それを見ていた通信関係の研究をしていた者が、

「こんな物が出来たのですが」

 と言って持って来たものがあった。

銃声の消音器(サンレンサー)であった。

銃の先端部に付けると、銃声か「ぷすっ!」という音しかしないのであった。

これを先の小銃(ライフル)の先に付けて射手に射たせてみると、完璧な狙撃手が出来上がった。

 これを五セット造って、専用の箱に収めて、十兵衞、信幸、ケリー、助幸と射手五人で、大阪城に出向いた。

 城内の射撃場で試射を行なった。

二千メートル先に金貨を五枚並べた。

五人の射手が一秒ごとに射った。

「プスッ」言う音が、五回鳴っただけであった。

赤い旗が上がって金貨を検証にいった。

五本の白旗が揚がった。

五人が皇帝の方に走ってきた。

金貨を見せた。

見事に五枚の金貨の中央に穴が空いていた。

「二千メートル先から狙われて銃声もしない」

「消音器を使っているからです。こんな狙撃銃は何所の国にもありません。こんな狙撃銃、百丁に狙われたら、鳳国に狙われた者は、体が幾つあっても足りませんぞ」

「おい。十兵衞。儂だけは狙うなよ。半里(二千メートル)先から狙われて、銃声もしない。それで何丁あるのだ?」

「目下は、この五丁のみ。銃の口径が太いのと銃口内の刻みから違います。スコープの調節も、射手の眼に合わせるのです。銃の先端の二脚も、その時に依って高さを微調節します。精密なものです」

「こんなものを何丁も造られたら敵わん」

「千丁造って。終わりです。全てに番号を振ります」

「そうしてくれ。武器庫に入れて鍵をする。鉄砲役人が必要だな。飛んでもない物を造った」

「誰か殺したい者はいますか?」

「居らん!」

「バネとベアリングの車の調子はどうですか?」

「同じ車とは思えん」

「あれはトラックにも使えます。今後は色々な場面で使えます。大砲の台座につかいますと砲身が楽に動きます」

「なるほど。使い方次第だな」

「ヨーロッパは必ず武器を改良してきます。船も戦艦から変えてくるでしょう。情報戦の時代に突入します。スパイ、またはインテリジェンスと言う呼び方をしていますが、間諜です。忍びの質も変わってきます。しかし、基本は同じです。今日の銃を使ってきますぞ」

 といってシベリアに帰っていった。

(十兵衞には、到底敵わぬ・・・そういう研究所が・・・あ。それをシベリアで・・・)

 皇帝は、金槌で頭を殴られた思いがした。

(それをシベリアから教えに来たのか・・・)


            *


 皇帝、助村は、滅多に使わない大の秘密の間に、真田忍軍、風魔小太郎、伊賀、甲賀、雑賀党、村上三家、白井賢胤、若林鎮興、服部半蔵(二代目)、長曾我部盛親、本多正純、木村重成らの情報、暗殺団を密かに呼び寄せた。

彼らの手勢だけで軽く万余の者が動いている。

それも世界中に眼と耳を持っていた。

そうで無くては、鳳国のご用はつとまらない。

「今、我らが尤も警戒するべきはヨーロッパだ。彼らの使っている武器、兵器が、以前とどのように変化し、改良されているか・・・常に目を離すな。船もぞ。戦艦の材質は木材か、駆動には何を使っているが最大もらさず調べ上げ、逐一報告せよ。国の命運が掛っていると思え。頼むぞ。費用は惜しまぬ」

「承知」

 一同が平伏して、それぞれが消えるように去って行った。

彼らの動き一つひとつが、この鳳国の命運を握っているといっても過言ではなかった。


              *


シベリアに戻った助幸、信幸、十兵衞、ケリーの四人は、気楽に雑談しながら、

「面白かったな。皇帝は、あの狙撃銃には肝を冷やしていたな。皇帝は、自分が狙われたらと思ったに違い無いわ」

「あれは避けようがないですからね」

「ちょっとヤバイもんを造ってしまったかのう」 

 信幸は、そうは言わなかったが、似たようなことは言った。

 ケリーは、十兵衞とは別のルートで、ヨーロッパの状況は常に探っていた。

特に、彼らが新しい武器や兵器や戦艦を取得していないかを探らせていた。

これといった情報は這入って来なかったが、何かを模索しているという情報は事細かに這入ってきた。

が、それが何なのかまでは這入ってはこなかった。

ケリーは、そこにモヤモヤというものは感じてはいた。

本当にこの期間は情報戦の瀬戸際ではあった。

 そのことをケリーは屋敷に帰って二人きりに成った時に、十兵衞に告げた。

「ケリー。情報戦というのは神経戦でもある。相手も懸命で偽の情報も流している。そこに乗せられると、こちらの神経が参って、冷静な判断が出来成なくなるという危険性もあるぞ」

「はい。もっと冷静になります」

 と答えて、体を十兵衞の方に寄せていった。

「抱いてください・・・体が火照っています・・・」

「判った・・・ケリーの体は素晴らしい・・・」

 と、ケリーを抱き寄せてから、その唇をゆっくりと合わせていった。

 互いに整っていた。

十兵衞が、ケリーの潤っている部分に、逞しさをともなって訪れていった。

「ああ・・・欲しかったものが・・・」

 と、ケリーが声を漏らした。

切なさから脱しようとしている、湿潤とした喘ぎの声でもあった。

その声で、十兵衞は燃え滾った。

そして、

「ああ・・・とても良い匂いだ」

とケリーを抱きしめた。

ケリーは、武蔵の時とは異なった、男の個性を感じた。

それは決して、嫌悪の対象に近いものではなく、色取りとなって、愛しさに差別を感じる香りではなかった。

女として選らばれた幸福を再度感じて、

(この色取りに、染まりたい)

という願望を強めていった。

 ケリーは、十兵衞の訪れに遠慮を感じたので、思わず、

「もっと・・・」

と、ねだってしまった。

十兵衞は、さらに奥の間に居心地を求めていった。

「そこっ!」

 と、ケリーが腰を浮かせた。

程の良さが、なお強く二人を結びつけた。


               *


 皇帝助村は、十兵衞やケリーの引退は、間違いなく「口実」だと好意的に解釈した。

自分たちが現役でいたら、いつまでたっても若い力が発揮出来ない。

そう思っての信幸も含めての引退なのだが、引退することで、自分たちはあらゆる面で自由に動ける。

そして、シベリアという、一番秘密の守れるところに、巨大な研究学園都市を造って、あらゆる学問の一大聖地を造って、思想や哲学にいたるまでヨーロッパに負けない社会を造る。

そのための、基礎作りをしていく気なのだ。

ドイツにはヘーゲルという哲学者が出て人気を集めているが、それをも、東洋哲学と比較分析して、善悪を見極めていく気なのだ。

東洋には「仏教」という信仰であり、思想であり、哲学がある。

その広大な教義の裾野から「仏教学」部、哲学科を造ったと聞く。

シベリアの三人は、半端ではないことを行なおうとしている。

思想、哲学でも、ヨーロッパに負けないものを強固に造り上げようとしているのに違い無い。

 これは余談の部類にはいるが、南方熊楠という思想、哲学の巨人が居たが、日本人でただ一人、大英博物館の学芸部員になった人物である。

彼が、最終的に最とも優れている思想、哲学は、仏教における「(原)因、縁(プロセス)、(結)果」であるというところに辿り着いたというエピソードある。

物語には関係が無い。

皇帝助村は、三人の行動をその様に分析していた。

そして、「ありが難いことだ」と祈る思いであった。

皇帝助村は決して愚鈍ではない。

それに、最近では行動力もついてきていた。

 これはと思う所には、積極的に巡行していった。

すでに、武龍、アフリカ、南米、豪州、北アメリカ、カナダ、メキシコと、パナマ運河をじっくりと巡察してきていた。

南洋については行くまでもなかったが、南洋の田園の様子をじっくりと見て来ていた。

見ていないのは、シベリアを始めとする北方地帯であったが「三人」がいると安心をしていた。

 その三人と弟の助幸の居るシベリアの学園都市ウラン・ウデに、次男の幸大を連れてわざわざ訪問した。

「皇帝陛下がお出でになるような場所ではないのに」

「恐縮でございます」

 信幸と十兵衞が平伏して出迎えた。

その後ろには、ケリーと助幸が控えていた。

「ケリー。すっかり十兵衞の妻振りが板についてきたな」

 と冷やかした。

「ま。陛下が・・・飛んでもない事を・・・」

 と頬を染めた。

「武蔵も安心しているであろうよ」

「ありがとう、ございます」

「うん。少し驚く話しを持ってきた」

 と応接間に陣取った。

地球儀と世界地図と日本の地図を何枚か持ってきた。

「この話は誰にもしていない。今日、始めて人に話す。弟二人も近くに寄れ。ここなら、何の秘密も発覚しない。次はな、隧道(とんねる)。を掘ろうと思う」

「どこに?」

 十兵衞が聞いた。

「ここだ」

 と、アフリカのセネガルと、ブラジルのレシフェの間の太西洋を指さした。

 全員が無言になった。

驚愕を通り越したのである。

「無理・・・かな?」

 誰も返事が出来なかった。

返事のしようが無かったのである。

松井善三郎と内田勝之助を連れてきた。

「先ず、専門家の意見を聞きたい」

 二人も無言になった。

「海底隧道ですが・・・」

「新しい工法でも見付かれば」

「現行の工法では・・・先ず息ができないでしょう」

「代わりに定期便でも出すか」

 と十兵衞がいった。

「これをやったら、鳳国の力は本物であると誰しもが認めるでしょうが。現在の工学では、地球に対する無謀な挑戦で終わります。陛下のお気持ちは良く判ります。私たちも、出来ることなら遣りたいです。工兵隊の最高の花でしょう。出来ないのがくやしいです。この隧道で世界は一つに繋がりますから・・・」

 松井が無念な顔をした。

「これができたら、鳳国の科学、化学、工学の力は、飛躍的に伸びます。これを出来ないながらも、主題として考えていくだけでも素晴らしいことになると思います。誰も考えたことがないのですから」

 と内田がいった。

「これを工学部に宿題にしょう」

 信幸がいった。

すると、助幸が、

「シールド工法というものを聞いたことがある。工学部の学生からであったと思う」

「ヨーロッパの技法か?」

 皇帝が聞いた。

「いえ。その学生の独創です。ヨーロッパはそんなに進んでいませんよ」

「その学生に会えないか」

「探します」

「うむ。直ぐに会いたい」

 というので、助幸が工学部に飛んでいった。

やがて、数名の学生を連れてきた。

皇帝直々のご下問ということなので、学生たちが緊張した。

「模型を持ってきました」

 それは、現在使われているシールド工法と、理論的には何も変わることがなかった。

巨大な回転式の掘削機であった。

「動力で何を使うかですが、大きなポンプで酸素を供給します。そうしないと、酸欠で動力も稼働しないと思います。当然、ポンプからの酸素で、人間も酸欠にはなりません。問題は、照明と通信です。掘り始めたら、一日で半間から一間は掘削できるはずです。地層にもよりますが。掘削の円盤は、π(パイ)。失礼しました。直径のことであります」

「構わぬ。学術用語が出るのは当然だ。で、πはどれくらいになる?」

「最大、二、二間です。二機掛けで掘削すれば、四、四にはなりますが、中央のヘコミをどうするかです。削岩機で仕上げ行く他はないと思います」

「掘れる自信は?」

「・・・あ、あります」

「よし。テストで、日本の青森から蝦夷までを海底隧道で繋いでみよ。もちろん、準備期間、設計に掛る時間も充分に考慮して、安全第一で挑戦してみてくれ。費用は惜しまぬ。松井、内田、自分の仕事として支援してくれ」

「はいっ!」

 二人が同時に答えた。

「十兵衞、ケリー、信幸、助幸・・・飛んでも無い研究学園都市を造ったものだな。感心したよ。で、哲学としてはどうか?」

「ヨーロッパの思想は底が浅いです。仏教の『因果律』に遠く及びません。特に『十二因縁』の『三世両重』『中有』の『三有、四有』には遠く及びません。『六根』『六境』『十二界』をヨーロッパでは『感覚与件』から始めているようでは、仏教の深み、広さには、到底辿りつけません。文学部の生徒たちは全員理解していますので、ベーゲルも何もありません。すべてヨーロッパの思想は、現世利益で哲学というよりも経済学です」

「十兵衞の言っていることは難解すぎて判らん。時間のあるときに手解きしてくれ」

「申し訳ありません。文学部もそこまで進んでいると言うことご理解ください。みな、真剣に学んでおります。勿論、西欧の学問も学んでおります。いずれ、ヘーゲルは、右派と左派に割れるでしょう。左派の理論を実践した国は不幸になるでしょう。ということを学生たちと共有しております」

「飛んでも無い博士たちの町だな。もっと大きく、広い、深い町にしてくれ。此処は、特別区域の街だな。時に軍学部もあるのか?」

「一番大きな学部です」

「安心した」

「平和と武力が最大の主題です」

「なるほどな。平和は、武力の背景があって維持される」

「皇帝も感化されましたな。武力は、暴力装置だけではありません。食料の力。経済力。科学、化学、工学の力が国の源泉に成っていなければ、底の浅い国になります。文化も武力なのです」

「十兵衞。見事だ。儂が言いたかったことだ。頼みがある」

「はい」

「大阪城に出張講義に来てくれ。農学部も気象学部も。講義が聞きたい」

「承知いたしました・・・一つ、変な実験をご覧に成りませんか」

「うん?」

 皇帝助村が見たのは、広大な敷地に用意されたものであった。

一台の射出機に、ロケット状の翼のあるものであった。

 白い旗が振り下ろされると、その物体の後部から噴煙が射出されて、やがて、物体が勢いよく発進した。

発進した物体は、翼を大きく広げて空中高くに舞い上がっていったのである。

「あれは・・・」

「未だオモチャです。しかし、確実に改良されていきます。たとえば、プロペラが付くと滞空時間が長くなるでしょう。あれが爆弾を積んで落下させたら、下の人間はたまりませんな。こう言うことを遣るのには、シベリアが便利なのです。だれも見に来ませんから」

「何とか完成させろ」

「もう少し時間が掛るでしょう。生徒が考えました」

「何と言う学校じゃ。いや、研究所か、頭が痛くなった」

「皇帝。生徒の中には変なのがいまして、水中を走る船を考えて居るのもいます」

「なに?」

「自由に遣らせています。儂らの脳では無理です」

「そ、それも完成させろ!」

「はい。時間が掛ります。風呂場で遊んでいて考え付いたそうです。若いというのは、良いですなあ」

「何と言う学園じゃ。その二つで世界が変わるぞ」

「儂もそう考えております」

「二つとも完成すると思いますよ。彼らには遊びですから。仕事よりも遊びの方が夢中になるものです」

「なるほど。儂の良い教訓になった。物事はゆとりのあるときにこそ、大切な研究をしておくことだ。そういうことだな」

「恐れ多い事でございます」

 と十兵衞が低頭した。


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