烈風「真田幸村戦記」(真田助村編)7

   七


 武蔵たち三人が戻ってみると、エジプトから使者が来ていた。

「もう、ロシアは消滅したぞ。何の助けにもならん。ノヴァヤゼムリャ島という北極の島だけになった。北極の小国になった。エジプトもサハラ砂漠の中の小国になりたいのか」

 戻って来たばかりの武蔵がぼそっと言った、

「調子付いていると痛い目をみるぞ」

 十兵衛が同調して言った。

「戦から帰って来たばかりだと気が荒い。何なら十兵衛、黒海から地中海までは近い。輸送船もロシア人を運び終えたところだ。兵も集合している。気が荒くなっているがな。十師団は直ぐに送れるぞ。海軍も強襲揚陸艦も海兵隊を手が空いているぞ。エジプトは何だというんだ?」

「スエズ運河の水が涸れたといっている」

 と孫一が説明した。

「スーダン、エチオピア、リビアにも、鈴木師団が居るだろう。たまには働かせろ」

 こう言う時の武蔵も十兵衛も、半端ではなく怖い。

エジプトの大使もがらりと態度が変わった。

 武蔵も十兵衛も戦場の雰囲気を充分に荒々しく放っているのである。

 武蔵が大刀を抜いて刃を点検して、

「久し振りに暴れたら、刃毀れがしているな」

 といってから鞘に納めた。

「エジプトの言い分、儂の前でもう一度聞かせてくれ。ロシアと同じ運命に成るのを承知でな。脅しではないぞ」

「スエズ運河の水が涸れている。それだけではなく、ナイル川の水も、涸れているのです」

「天然、自然の現象では仕方あるまい。ナイル川は、スーダンを横断して流れている。流れがどう変わろうと水の勝手だろう」

「それが、いままで流れた事の無いリビアに流れているのです。運河がリビアに出来て、船はその運河を使って紅海に出るようになっているのです。ナイル川が、干上がっています。死活問題です」

「死活問題か。それは大変だな。エジプトで直せば良いじゃないか」

「無理です。スーダンで流れが変わっているのです」

「川というのは、時としてそう言う現象を起こすものだよ」

「スーダンから掘って来れば良いじゃないか」

「無理です。戦争になります」

「すれば、いいじゃないか」

「そんな・・・」

 と使者が絶句した。

「おめえらの言い分が図々しいから、土地などどうにでも成ると誰かが第二運河を造ったんだろうよ。ちょっと遠回りをすればいいだけだ。ナイルはスーダンから流れている。エジプトはどうしたいんだ?」

「今まで通り通行料は七分三分で結構です。水を通してください」

「駄目だ。こんな面倒を掛けて置いて、今まで通りとは虫が良すぎる。九・五対ゼロ・五だ。我々は、リビア線の運河で困っていない。エジプトのナイル川に水が行くか行かないかは、自然の問題だな。文句を言う相手を間違えたな。あんたちを使嗾したロシアに相談してこい。北極に行ってな。これから冬だ。凍えるぞ。いま儂が言った条件でなければ、スエズに水は入らない。いいか? 相手を間違えるなよ。北極にはまだ良い島があるぞ。ノヴォシビルスク諸島とかな。いったことあるか。儂は行っている。鼻が千切れるぞ。でも、エジプト人が移住する分ぐらいの面積はあるよ」

 と武蔵が怖い雰囲気で言った。

「判りました。九・五対ゼロ・五で結構でございます、ナイルとスエズ運河に水を・・・」

「お前たちは嘘つきだからな。今日の証拠に、手首の一つも置いていくか」

「め、滅相もない」

 と使者が震え上がった。

「では、改めて、九・五対零・5ということで水を工面し申す」

 宮本武吉がいって、書類を作らせた。

「儂の刀も刃毀れがしている」

 十兵衛がいったのに、

「私のもです」

 ケリーが言った。

 エジプトの使者が別室に消えてから。

「今日の武蔵は怖かったのう。儂も震えたわ」

 孫一が言って笑った。

「戦場の匂いがぷんぷんしておった。あれはエジプトの使者でなくとも震え上がるわ」

 信幸が言った。

「本当にロシアは、その舌を噛みそうな、北極の島に追いやったのか?」

「孫一は行ったことがなかろうが。ここじゃ」

 と世界地図を示して、

「ノヴァヤゼムリャ島という。いやあ。隣国六国は、およそ使いものにならん。手足まといであった。あれでは、ロシアで無くとも攻め込むぞ。ま、『大義、大義』と思ってやって来たがな。今後のことも考えて、国境線上の長城は、三十間の幅をとって、もう一つヨーロッパ側にも向けて長城を造ってきた。理由は、もしもロシアが再度襲ってきたら、この両長城の中に避難せよといって置いた。納得していたよ。お陰で、フィンランドからバルト三国、ベラルーシ、ウクライナまで、今までの長城を合わせれば、ぐるりと安全地帯が造れたわ。それと同時に、鳳国が何故強いかを嫌というほど見せてきたぞ」

「他の国は、そんなに弱いか?」

「まるで、使いものにならないですね。日本でも火縄銃の時代はありました、しかし、信長公の長篠の戦いで、完全に銃の使い方は違ってきました。とても、三段撃ちなどということは出来ないでしょう。兵の動きがまるで違うのです。一緒に戦って見る迄は判らなかったのですが、訓練段階が、まるで駄目なのではありませんか。いかに、日常の演習、訓練が大事かが判りました。幸村公が残してくれた。訓練、演習第一主義が、いかに宝物であるかが、身を以て判りました。拙者が北アメリカにゆき、アメリカの基地内に演習場を作り、道場を作り、学校をつくってきましたが、木村重成がそれを活用してくれることを希望するばかりです。インディアンや黒人奴隷であった者たちが、いかに日常的に鍛えられているかを知っておかないと、我が国も危険ですな」

「孫丸と孫行。すぐに大佐級数名と共に北アメリカに行き、インディアンと黒人の様子を見てこい。それだけではない、鳳国兵の動きも見て参れ」

「はい!」

 ここが、鳳国は凄い。打てば響くように次の行動が出来るのである。

 三月後、孫丸、孫行からの返事が来た。

要旨は、

「新大陸の北アメリカが、本部から遠く離れていることで、鳳国の将兵自体が、弛んでいること。ために、インディアンや黒人兵を指導出来る状態でないこと。上官の悪口は言いたくないのですが、木村重成総統は、適任ではないないと思います。それが、部下に、伝わって居るのだと、思います。部隊ごと入れ替えて、緊張感を持たないと危険です。今、紛争が起こったら、負けるところが、あるでしょう。司令官ごと、入れ替えが早急に必要です。インディアンは、原住民ですから、送ることは出来ませんが、黒人は、本部で一から鍛え直しでしょう。インディアンは、現地での教練、演習が必要でしょう。今、戦いが始まったら、悲惨な結果になります。一日も早く、部隊の総入れ替えが必要です」

 というものであった。

 さらに、十日ほど遅れて、

「メキシコ兵は、毎日交代で軍事教練を行っています。直江兼続様の考えが浸透しています。南米三国も毎日、軍事教練を行っています。若い将校が筋金入りです。もっと若い、下士官は鬼軍曹ばかりです。自分たちは、武蔵総統の子供であり、母親はケリー中将でありますと、答えます。武蔵総統の、子飼だなというのを感じます。一年で、北方軍と、交代になりますと考えに、芯がはいっています。ともかく、早急に総取り替えが、必要です」

 孫一から手紙を見せられた武蔵は、驚きもせず、

「思った通りだったな。伊木遠雄、後藤又兵衛、塙団右衛門、南条氏康、渡辺親吉を、方面指令管に任命。総司令官には、大道寺孫三郎で、総統資格分。各司令官に五個師団を預け、師団長兼任。大道寺は年齢は行っているが、小田原北条の生き残りだ。それだけに、下積みが長い苦労人だ。まとめ役の実力はある。長宗我部盛親にならなければな。そこは、なんで交代するかを、教えるしかあるまい。演習、教練を忘れるなよと、言い聞かせることだな」

 と言っている矢先に、北アメリカで反乱が起きた。

 急遽、彼らが支援に向かった。

 西部の南部であった。

 ユタ、コロラド、ネブラスカ周辺であった。

 長城を頼りに応戦中とのことであった。

「悪いことというのは当たるものだ」

 と武蔵が言った。

 準備の出来た部隊から出発した。

 反乱勃発地帯には、海軍の大砲は届かない。

 特別仕様の砲弾出なくては、何十キロ先までは届かない。

 陸上戦しか戦いようはない。

 大道寺部隊が現地に到着した。

 直ぐに、戦闘に参加した。

 後藤又兵衛師団五万人が戦闘態勢に付いた。

 銃眼に飛びつくと、敵の姿を確認した。

「想像以上に敵の数が多いぞ。投石機は?」

 又兵衛が聞いた。

「武器倉庫です」

「油玉や岩石は?」

「まだ、布を巻いていません」

「習っただろう」

「はい・・・」

「だったら早く巻け」

「巻き方を忘れました」

 途端に、又兵衛の平手打ちが飛んだ。

「今迄、何をしていたのだ。交代しろ」

 又兵衛の部下が交代した。

 直ぐに布を油の中に入れていった。

 その間に、投石機を素早く組み立てていった。

 組み上がった投石機、

「油玉を投げろ!」

「油玉は武器庫の奥です」

「持ってきた分を使え」

「はい・・・」

 と歩き始めた。

「走れ!」

 又兵衛は自分の部下に、

「彼奴らは当てにするな」

 そこに木村重成が来て、

「そんなに怒るなよ・・・」

 と煙草を吸いながら言った。

 その煙草を又兵衛が取り上げて、

「火薬に引火したらどうするんだ、木村!」

 と横っ面をぶん殴った。

「何するんだ。俺は総統だぞ」

「総統も何もあるが。軍律は誰も一緒だ」

 と叫んだときに、伊木、渡辺、南条、塙の部隊が到着した。

「酒臭いな。こんな時に酒を喰らってるのはだれか?」

 木村であった。

「話に成らん! 営倉にぶち込め」

 気の短い渡辺が連れて行くように命じた。

 やっといくさの準備が出来上がった。

 すでに敵は眼前に迫っていた。

 銃眼から一斉に小銃を放った。

 しかし、敵も充分な支度をしていて、鉄製の盾を使って居た。

 弾丸を弾き返してきた。

 縄にかぎを付けたものを投げてきた。

 それを壁の屋根に引っかけて、その反対の端を馬に付けて、引き倒す策に出てきた。

 すかさず、ガトリング銃で馬を斃した。

 銃剣の銃剣の剣で縄を切った。

 縄は何本も同じ所の投げられてきた。

「縄は火炎放射器で焼き切れ」

 という声がした。

 そこに、武蔵と十兵衛とケリー中将が立っていた。

「木村の部隊は退(さが)れ。新しい部隊と交代しろ。門から戦車、自走砲戦闘装甲車、装甲車を出せ」

「門に荷物が積んであって出られません」

「荷物を押し除けろ」

 押し除けた荷物は、なんとウイスキーの壜であった。

中身が這入って居た。

「なんと莫迦な事を・・・」

 武蔵も十兵衛もあきれ果てた。

「やはり、盛親か・・・これを一番恐れていたのだ」

 武蔵は嫌な予感がして、三人で出かけてきたのであった。

 予感は的中していた。

 酒の気が切れるまで営倉に抛り込んでおいた。

 その間にも戦闘は続いていた。

 丸太の束を作ってその影に隠れて進んできた。

 風魔一族が這入って居るはずであった。

 呼んで話を聞くと、

「無理です。どんな情報に接しても、話を真剣に聞いてくれません。敵は十師団級の騎馬隊を組んでいます。野戦に持ち込みたくて、仕方が無いのです。長城を倒す動きを見せているのです。敵も、長城に平行して、落とし穴を延々と、掘っています。戦車や自走が落ちたら、出られません。今回の敵は、こちらの弱点を、相当に、研究しております。木村総統が酒好きなのも、敵は知っています。それから、こちらの機動騎馬隊を、相当に恐れています。それで、機動騎馬隊が出てきたら、針金を張って倒そうとしています。ですから、今は、野戦は控えて、長城から出ない作戦を採り、張り付かせた方が得策です」

「む。よく調べてくれた。戦車や自走砲を戻せ。地図・・・アイダホ・フォールズ辺りから、五師団で静がに出て、敵の裏に回って、戦車と戦闘装甲車をフル活動させよう。針金に充分に気を付けて、敵の気を引け。その間に、こちらも騎兵隊でガトリング銃と火炎放射機で敵を面喰らわせて、歩兵が、盾の砦を造りながら、確実に狙撃していく策を取ろう。相手は、挟み撃ちで、気が動転しているはずだ。騎馬戦なら負けない。そうだな」

「勿論です。そのためにモンゴルの先生から騎乗を習得しているんです」

 騎馬隊長が心強く言った。

「今回は肉弾戦だぞ。歩兵の連中にもそう言え。鳳国の兵はどんな戦いでも勝つ」

 武蔵が力強く言って、

「儂も司令車で暴れまくる。司令車で、ガトリング銃も小銃も撃てるんだぞ」

「儂もでる。司令車で」

「だったら私も出ます。司令車には二人乗れるでしょ」


                  *


 アメリカ兵は、相変わらず、長城を攻め落とそうと、必死であった。が、背後から、鳳軍が銃声を轟かせて襲い掛かって来たのであった。

「しまった。挟み撃ちになった」

 向かってくる敵に対すれば、長城に背を向けることになってしまうのであった。

が、彼らも騎乗での戦いになれば、負けない自負があった。

 鳳軍は盾を持ち、弾丸を弾き返しながら小銃を撃ってくる。

 しかし、弾丸の発射速度が全く違っていた。

 中には、ガトリング銃で連射してくる者もあった。

 接近戦になると銃剣の長さが違っていた。

 鳳軍の剣は、日本刀を付けているような、刀自体が凄いかった。

 日本刀で敵の銃ごと叩き斬っていった。

 これには敵も驚愕した。

 付け剣は飾りではないのであった。

 武蔵も十兵衛も、身を乗り出してガトリング銃を撃って次々と敵を斃していった。

 銃をケースに仕舞って、日本刀で敵を斬り伏せている者もいた。

 塙団右衛門であった。

 日本刀と拳銃で相手を斬っては撃っていった。

 槍で突き刺しては、敵の体を放り投げているものがいた。

 渡辺親吉であった。

 そして、戦闘車装甲車と戦車が大暴れしていた。

 絶え間なく機関銃の音が炸裂していた。

 戦車が接近戦でも強いことを証明していた。

 それにしても、鳳国の馬術は卓越していた。

 空馬かと思うと、突然、馬の脇から銃剣が繰り出されてきた。

 アメリカ軍は、あまりの勝手の違いに、騎馬戦とは思えない、戸惑いを思えていた。

 変幻自在の、騎乗振りなのであった。

 早々に敗走していた。

 逃げる兵を、

「追うな」

 と指令が出た。

 大勝利であった。

「挟み撃ちにされた」

 という心理的な動揺だけで、気持ちが、浮き足立ってしまったのであった。

 そこへ、独特の騎乗法で、完全に勝手が狂ってしまったのであった。

 そのまま、長城の中に入っていった。

 あれだけの肉弾戦だったのに、戦死者も重傷者もいなかった。

 付け焼き刃の軍ではない証拠であった。

 奇跡的な戦闘であった。

 戦闘中も、木村重成は営倉の中で眠り続けていた。

 何も分からないでいた。


                    *


「我ながら情けなし。平に、平に、ご容赦の程を・・・」

 と地べたに這いつくばって涙を流し続けた。

「・・・」

 前に居並んでいるのは、中央に武蔵。

 右に十兵衛。左にケリー中将。

 最近では、ケリーは、前(さき)の皇帝、竹林宮雪様の代理という意味合いが強くなっていた。

 更に、次の総司令官、大道寺孫三郎。

 各師団長の後藤又兵衛、渡辺親吉、塙団右衛門、伊木遠雄、南条氏康であった。

 単なる師団長というのは、一個師団の師団長である。

 しかし、五人が預かっているのは、五個師団である。

 その下には五人づつの師団長が居り、さらに、四乃至五個の大隊長がいる。

いわば、将軍級であった。

 ケリーにも、ケリー付きの五個師団が常に付いているのであった。

 将軍になっていた。

 十兵衛は、中央アジア、ロシアの総統である。

 武蔵は、西シベリア、中央シベリア、東シベリア、アラスカ、北カナダの北方の王と呼ばれている。

 それに、南アメリカの全てを統帥している。実力第一の総統で、三宿老と呼ばれている。

 五宿老となると、十兵衛と直江兼続を入れて呼ばれるのが極自然に出来た組織と階級であった。

 その上に枢機卿の二名がいて、皇帝がいるのである。

 さらに、無役ながら、竹林宮雪様が上帝格で座っていた。

 雪様の隠然たる力は、九度山、和歌山城、大和郡山城、津城、久居城を未だに握っており、その財力と兵力は、大阪城の五倍はあるといわれていた。

 幸村の時代から、その様にしてきたのである。

 鳳凰城は皇帝のいるところであるが、その城代は鈴木孫一である。

 南洋の全てとアフリカを握っている。

 そして、信幸が、武龍(ちゅうごく)と東北アジア、朝鮮は、意図的に外していたが、日本の名古屋城、江戸城をも掌握していた。

 大阪城の城代でもあった。

 さらに、直江兼続が、豪州、東豪州、上豪州とメキシコと中南米を握っていた。

 これらの地域は、戦って、手に入れてきた地域であり、鳳国の歴史のようなものであった。

 最近では自然と、西カナダの面倒を見るように成ってきたが、武蔵の領域に成って来ていた。

 空いているのは、北アメリカの西部と南部であった。

 優秀であったら、木村重成が総統になれたのである。

 それが、今、涙を流して、地面に土下座をしているのである。

 戦争の間中、泥酔して、営倉で眠っていたのである。

 目覚めた時には戦争は終わっていた。

 武蔵の嫌な予感が的中して、交代の兵を寄越していたので、何とか事なきを得た。

 武蔵の戦略で、兵力を二つに割って迂回作戦を採り、敵を挟撃して撃退したが、木村の無能な策で門を開いて野戦に出たら、見事に敵の罠に嵌まり、戦車や他の重火器兵器は、陥穽に嵌まって身動きが取れなくなり、大敗を喫していたのに違いなかったのである。

「その策を取っていたであろう」

 十兵衛が聞いた。

「はい・・・」

「尤も、門の前には、酒の箱が山のように積んであったから、出るに出られなかったであろうがな。兵器類は、投石機も岩石も油玉も使えなかった。門の前には、陥穽が、掘られてあったのも気付かなかったのか?」

「はい、十兵衛様・・・」

「もう、何もいうな。今では、鳳国では使わなくなった言葉だが、武士にあるまじき所業よな。もう何も言わぬし、聞かぬ。幸村公が、朝鮮で、長宗我部盛親が、お前と同じような事をやって、危うく二十万の、鈴木師団と、儂の部下を、戦死させるかと言う、失敗をやってくれた。このこと、木村なら、多くを語らずとも承知していよう。なのに、同じような事をやってくれたな。言葉がないよ」

「・・・」

 木村重成は切腹しようと腰に手をやったが、腰には大小の刀がなかった。

切腹を警戒して、すでに取り上げてあったのである。

「そんな、古いことをするな・・・ともかく、本国に送還する。本国で、木村重成の沙汰が、申し渡されるだろう。屹度、猛烈に辛い沙汰になるだろう。今、工兵によって、門の前及びその近辺の陥穽を埋め戻している。こんな近くで、敵に作業されていても、判らなかったのか。間抜けすぎる。最期に、木村の言い訳を一つだけ聞いてやろう」

「何も、ありません。唯々、己の愚鈍さに、情けなさが募るばかりでござる」

 と再び、涙した。

「更に、辛いことを申し付ける。部下の部隊長、小隊長級まで全員、罪に問われる。なんとも罪なことをしたなあ」

 十兵衛の言葉に、木村は狂ったように、

「ぐわわわわ!・・・」

 と獣のような、声を出して、嗚咽した。

「一兵卒からやり直すことだ。しかし、噂は広がるだろう。部隊の中でも、木村の居る場所はないと思うぞ。武蔵殿の北方がな。一兵卒で行くとしても。その歳からではつらいぞ」

「儂は拾わん!」

 音の鳴るような厳しい声で言った。


                     *


 兵員の全交代が行なわれた。

 奴隷で助けた黒人兵たちも本国に送還された。

 それを見て、インディアンたちも、

「お前たちは原住民なのだから、好きにするがいいといったが、もう兵隊ではない。自分たちの力で生きなさい」

 と申し渡した。

 しかし、彼らは、

「自分たちは鳳国の国民である。自分たちの愚かさも充分に判った。鳳国に行って、もう一度、自分を鍛え直してから、また、アメリカに戻りたい。家族もいっしょに勉強にいきたい」

 と申し出できたのである。

 武蔵は、

「立派な心がけだ。鳳国の国民として、一人残らず大切に鳳国に渡らせて、修練と勉強をさせてやれ。木村部隊の中で一番真面目だ。次が黒人兵である。罪はない。木村。罪は重いな」

 大道寺孫三郎総司令官と五人の方面師団長を呼んで、

「事情は判って居るだろう。絶体に手を抜くな。常に斥候隊を出し、他の将兵は、練兵、演習を厳しく行え。練兵、演習無くして、敵には勝てぬぞ。兵器、武器は常に己の魂と思って磨け。いざとなって、投石機がないというのを、目の当たりにしたはずだ。あんな手抜かりが有って、良い訳がない。二十五師団で、北アメリカを死守して欲しい。南カナダの守備を交代させる。工兵、屯田兵もいれる。開発に着手する。カナダは儂が面倒を見ることになるだろう。アメリカは判らん。大道寺が開発まで出来るか? 民政までできるか。ここが剣が峰だ。上手く遣ってくれれば、総統だ。カナダも任せても良い。人手が足りなかったら連絡しろ。以上だ」

 と励まし、希望を与えて三人は帰路についた。

 帰路の船中で、ケリーが、

「武蔵総統。木村重成のことですが、相当に応えたはずです。一定期間の修練を終えたら、宮様に頼んで、九度山で雑巾掛けでもさせようとお願いしてみます。何かの仕事は出来ると思います。行信様の配下で逸れなりの、裏の修行も積めば、盛親、正純、重成で、宮様のご用を勤めると言うことでお願いして見ようかと」

「十兵衛はどう思う」

「他に使い道はないでしょう。但し、酒を止めればのことです」

「その通りだ。酒は懲りたであろう。あとはケリー次第だ。ケリーも小間使いが欲しいだろう」

「ところで、いつまで中将ですか。大将でしょう。北と南のカナダを渡せば楽ですよ」

「成程な。大道寺の仕事も判るか・・・」

「執権の武吉が情報丸裸はまずい」

「案ずるな、正直屋が付いているよ」

「なるほど・・・」

「それにしても、十兵衛の所も大きくなった。長城の門を開けば、いきなりヨーロッパ、東欧と、北欧だ。あの長城は急造だ。危ないぞ」

「内田に頼んでガッチリと補強を頼んだ」

「抜け目がないな」

「敵の手の内も判った」

「で、十兵衛の惚れてる女は?」

「カザフスタンの王女が、予想以上に可愛い」

「結構だ。で、出来たか」

「孕んだ」

「めでたい」

「武蔵も子供が欲しい?」

「ケリーがいる」

「私はもう産めない」

「それは仕方が無い」

「私の姪が可愛い。武蔵にぴったり」

「駄目だ・・・」

「違う」

「え?」

「身内は、一人でも多い方が安心出来る。姪のアンなら私も安心。二十三歳で、軍隊の看護士で中尉です。医師の免許も取ると言って勉強中。今、武蔵の恋人に絶体です。これで、ケリーの一族は、鳳国の中で絶体に盤石になる。子供を作って。一族全員喜びますよ。これまで苦労してきたから、鳳国の中では幸福に成りたいのです」

「いじらしいなあ・・・武蔵。アンを恋人にしてケリー一族を幸福にしてやれよ」

「はい。私の愛もかわらない。アンの愛も変わらない」

「幸せな男だなあ」

「武蔵は、私以外の女に見向きもしなかった。男らしい。それを私が可愛がっている姪のアンに少し分けてあげたいの。それなら、私、安心して武蔵に代わり、北カナダ、南カナダを守りに行ける、私の一族は、男性だけで百人います。全員、鳳国の軍人です。信用できます」

「なんで、武蔵にそのことを言わなかったのだ」

「私の女の魅力だけで出世するのは、フェアでは有りません、本人たちに実力が付いてからお願いするつもりでした」

「そういうことか・・・」

「武蔵が、北カナダ、南カナダのことで悩んでいるのは知っていました。いまなら役に立てます。私が武蔵と一緒に居ても、カナダのことは心配ありません。私よりも強くて頭の良いのが沢山居ます。私がカナダに居ても、アンがいてくれます。とても安心です。判ってくれましたか、武蔵」

「判った。表面的には儂が見ることにしよう」

「む。出来たな。武蔵が三宿老の筆頭でなければ、鳳国は安定しない。その実力は、統治している領土の広さだ。武蔵に敵う者はいない。孫一も信幸も敵わない。そして、五宿老で儂と直江兼続だ。上手く行けば大道寺孫三郎とケリーだ。ケリーの背後には、武蔵と竹林宮がいる。武蔵の子飼いの数と質の凄さは、知っている積もりだ。もう、第一期生の時代ではない。すでに、宮本武吉の執権で判ったはずだ。長男も次男もケリーの子供だ。あとは、皇帝と枢機卿の二名がどこまで育つかだ。儂と武蔵の領土と兵だけでとんでもない数だ」

「それだけの勇者をまとめていた真田幸村公というのは凄いものだ。二度と現れまい」

「その通りだ。それを纏めていく皇帝というのは容易ではない」

「正直にいって、今の皇帝では心許ない・・・どのように補佐をすれは良いのか。戸惑はないと言ったら嘘になる。確かに、何か新しい事をしようという意欲は感じなくはないがな。今一つ、我らの心にずしりと来るものがない」

「それは、判らすがな・・・未だ若い・・・」

「だけでは済まされぬ。しかし、異様な意思を持たれるよりは良い。それに、我が儘でもない。我が儘は困る」

「しかし、お守りは大変だ」

「専ら、信幸と孫一が付いている」

「それと、武吉執権どのがな」

「世界連合は役に立った」

「世界連合の建物は建ったのかな。世界には色々な国がある。それを一つに纏めるのは容易なことではない」

「圧倒的に貧しい国が多い」

「そのなかで、交易をやっていくというのは難しいことよ」

 やがて船がついた。

 鳳凰城は相変わらず華麗であった。

 武蔵、十兵衛、ケリーが広間に入っていった。

 

皇帝の助村、枢機卿の幸大、助幸、雪の宮、鈴木孫一、真田信幸、直江兼続、執権の宮本武吉、武蔵の次男の村智、青柳千弥、高梨内記、速見守久、生駒正純、赤座直規、明石全登、青木一重、毛利元康、松田兵部少輔,薄田隼人、真野頼包、空岩典康、天方吉俊、甘利永信、飯尾康勝、網代岩次、各和元樹、才蔵、佐助、孫一の長男の孫丸、三男の孫行、綿貫量之介の長男、数馬などなどが列席していた。

 それだけアメリカの事が気になっていたのである。

「ただいま戻り申した。アメリカでは一合戦がござった。危うく長城を破られるところでござった。長城の直ぐ近くに深い陥穽を掘られていて、戦車、その他の重火器車は、出陣出来ぬ。投石機も倉庫に這入ったままで、油玉も岩石も用意不可。総司令官、木村重成は、深酒の上泥酔。戦争が終わるまで、営倉でだらしなく寝ていたわ。目覚めた時には合戦は終わっていた。仕方なく、長城の防戦中に迂回して、敵の背後を突く挟撃策に出たが、久し振りの肉弾戦でござった。木村には今一つ信用がおけなかったが、見事以上に予感が当たった。ひとあし、交代の兵の到着が遅れていたらと思うと、寒気がするわ。訓練、演習どころが、軍規は乱れ、兵器、武器の手入れも怠っている始末。いやはやでござった。勝に驕った上での軍規の乱れは、夜盗と変わらぬ姿でござった。一番見たくない姿見てしまった。各総統は、方面の現状の再確認をお願いする。あれは、鳳国軍の将兵の姿ではごさらぬ。各総統殿、お願いでござるぞ。儂も直ぐに伝令をだし、北方及び南米の将兵の軍規の再確認を行なわせた。儂がお預かりした以上、各師団長とともに、軍規を厳にして、演習、修練を常と成す。長城の最上階の武者走りの巡回を厳となす」

「武蔵殿はその言葉を信じたか。確かに今はそれしかごさらんが、現地を見て来た五宿老の一人として、提案がござる。百人の『巡回視警』を新設して、これらを隠密のうち巡回させて、定期的に報告をさせるべきである。人間には飽きると言う、誰にでもある事があり申す。その場合は、部署の交代をいたさねば酷というものでござる。この提案はいかがかと?・・・」

「もっともだな。その期間は今後の課題だが、三年が限界かのう」

 と孫一がいった。

「『巡回視警』百人は妙案である。十兵衛殿に、人選も含めて、巡回視警長をお願いしたい」

 信幸がいった。

 そして、

「武蔵殿は?」

 と訊いた。

「了」

 直江兼続どのは、

「了といたします」

 と答えた後に、間を置いて武吉が、懐中から書き物を出して、

「組織改編をいたしたいと存じます。皇帝、及び枢機卿のご了解は得ておりません。下話はいたしましたが、みなの了解を得てからにせよとの、当然のご裁可をいただきました。これまでの慣例は無視できませんので、そのことを組み入れております。 お二人の枢機卿と執権職の三人で、皇帝のお考えの下話やお伽話やみなさまからから上がってきた重要な議題を検討したりいたします。ここに、ご後見してくださる竹林宮雪様が入ることにもなります。そして、これは宮様のご希望で、ケリー中将、私の母でありますが、元帥に昇格させて、宮様の補佐で、この会議に出席していただきます。この会合が常設で『枢機院』であります。ケリー元帥のことは、あくまでも宮様のご希望によるものであります。この場に宮様が居られますので、お気持ちをお述べいただきます」

 驚愕したのはケリー本人で、体が固まってしまった。

 そして、夫の武蔵も顔を強張らせていた。

 驚愕の余りである。

 宮様は幸村よりも十歳若い。

 幸村がまさかと思う程、若くして死んだので、宮様の苦労は並の苦労ではなかった。

 本来ならば息子の大助が皇帝であったのが、秀頼の凶弾で予想外の死に方をした。

 孫にはまだ若過ぎた。

 そこで女帝としてたったのである。

 上帝は一番激しいヨーロッパ戦線にカザフスタンにまで駒を進めていた。

 十兵衛も宮様には頭が上がらない。

 幸村が柳生の姓であったのを真田にして、義弟であると九度山で紹介したときも、

「あら、弟が出来たの。良かったですねえ」と喜んでくれたのだ。

 さらには、中南米を征服した時の司令船で指揮して、メキシコからパナマまでを奪い取っていたのだ。

 従って、直江兼続も頭が上がらなかった。

 そして、南米を三国に纏めてで奪取しなさいと命じた。

 宮様が戦場で、コロンビアと、ベネズエラに、麻薬とヤクザが、蔓延っていると言ったときに、

「麻薬とヤクザは悪です。徹底的に射殺しなさい。容赦は、ためにならない」

と厳しく武蔵に命じたのも宮様だったのだ。

 それを今、

「武蔵。コロンビアと、ベネズエラで、麻薬とヤクザは、人間と思わずに、徹底的に射殺しろと、助言したのは、ケリーなのですよ」

「えっ!?・・・」

 と武蔵が再度驚愕した。

「ケリーは、麻薬とヤクザ、向こうではギャングとかマフィアと、言うそうですが、これを徹底的に、自分の身内を使って調べ、麻薬を遣ったものは、どんな治療をしても治癒しない。最期は狂人になる。助けても無駄ですと、情報を教えてくれたのは、ケリーです。三国にしろといったのも、ケリーです。ケリーの身内は凄い組織なのですよ。武蔵には、内証にしてと言われました。愛する人に、変な目で見られたくない。ただの女で愛されたいと。私には良くわかりました。九度山、和歌山、大和郡山、津、久居に有る金蔵やその他、諸々のもの。今でもそのままです。この、鳳凰城にもあります。鳳凰城のことは孫一が知っています。台湾、琉球、沖縄、九州にもあります。江戸、名古屋にもあります。それは信幸が預かっています。幸村の日記に全て記してあります。軍資金で他国に負けることはありません。大阪城の分は才蔵と佐助が知っています。そうした資産を守る、裏の軍隊もあります。それの指揮官は私でした。いまでもです。こうした秘密を背負ってきた、苦しさがありました。ケリーも同じです。だから、私はケリーを、信用しているのです。分かりましたか。私には、武蔵が夫婦であるのと同じくらい、ケリーが必要なのです。ですから枢機院は、二人の枢機卿、執権殿、私とケリーの五人になります。反対の者はいますか? 居なければ決定です」

「次は、宮様に変わって私から述べます」

 と執権の武吉が述べていった。

「これまでは、慣習で宿老と述べて居りましたが、官職のような慣習のような形でしたが、今後は『大老』とします。五大老です。筆頭大老は宮本武蔵総統です。次席大老は、鈴木孫一総統です。三席大老は真田信幸総統、四席大老は真田十兵衛総統、五席大老は直江兼続総統です。五大老で、鳳国の実質的な大黒柱です。この五大老なかりせば、鳳国は誕生しなかった。大恩人です。数え上げたら、切りが無い数々の、戦乱をくぐり抜けてこられた方々です。拍手を以て尊敬の念を示してください」

 広間は割れんばかりの拍手となった。

「次は、海軍の五『海老』です。この五海老には、筆頭五海老に清水将監提督です。次席五海老には、愛洲彦九郎提督です、三席五海老には、櫛木珠海提督です、四席五海老には、富永辰二郎提督です、五席海老には、沼津秋伸提督です。以上が五海老です。次に五海兵で、筆頭五海兵は、綿貫量之介将軍、次席五海兵は、中井鉄造将軍、三席五海兵は、田沼文六郎将軍です。四席五海兵は、衣笠谷茂将軍です。五席五海兵に、青山太吉将軍です。これらの下に七奉行を置きます。実質的な行政、軍政を行なう機関です。ここには序列はありません。綿貫数馬、鈴木孫丸、孫介、孫行、菅沼氏兼、宮本村智、後藤又一。全員若手です。目下の所はここまでです。機構、組織が固まり次第、発表いたします。 次は、本日の議題で一番嫌なことを話合っていただきます。他でもない木村重成のことです。重く考えれば死罪、切腹でありまようが、意外なことですが、宮様から雑巾掛けに宮様のとこで飼い置くとのご下命がございました。この宮様のご温情を本人にきつく申し渡して、左様にいたしますが、ご異議が有りますか?」

 武蔵が厳しい雰囲気で、

「軍律に照らせば、本来、思い刑が科せられて然るべきと損ずるが、拙者は宮様には弱い。南米でお世話になっている。同時に、木村のこれまでの戦歴を思うと、宮様のご温情には逆らえぬ」

「武蔵よ。儂もじゃ。九度山では家族同様であったからの」

 孫一が言った。

「拙者が逆らえる訳が無かろう。義理の兄の奥方じゃ」

 これは十兵衛の言である。

「木村とは一緒に戦ったこともある。魔が指したのであろうよ」

 と直江兼続も言った。

 五大老が「諾」の意思を示したので、雪宮の預かりで雑巾掛けとなった。

 他の将兵にはそれぞれ、厳しい訓練がかせられてのちに配置転換となった。


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