烈風「真田幸村戦記」(真田助村編)8

     八


 大道寺孫三郎の活躍には目を見張るものがあった。

将校にも下士官にも、勿論、兵にも厳しいものがあった。

それには先ず自分にも、厳しくなければならなかった。

総司令官自らが、長城の武者走りに立って敵状を視察した。

遙か遠くではあったが、敵兵の動く姿が見受けられた。

直ぐさま、

「斥候を十組出せ」

 と命じた。

果たして敵は、またしても長城を攻める積もりであった。

「銃眼に取付いている者は、警戒を厳となせ!」

と命じ、

「投石機、岩石を油の布で巻いたもの。さらに布に油を染み込ませよ。松明の火を絶やすな。しかし、引火しないようにせよ。油玉の用意は良いか」

「耳をすませ。馬蹄の音が聞こえてくるぞ」

「火薬火矢の用意は出来ているか!」

 命令を次々と発した。

そうすることで、将兵の緊張が高まっていくのを、大道寺孫三郎は、承知をしていたのである。

南カナダ側から応援の将兵が十個師団来た。

黒人とヨーロッパ人の混血であったり、モンゴル系の者であったりと、人種は雑多であったが、言葉は完全にネイティブな日本語であった。

しかも、誰もが筋骨隆々であった。

長城に攻め掛かったら、北側の門を開いて出る作戦であった。

彼らの姓は全員、宮本であった。

若い。

率いているのは宮本ジョニー冬丸であった。

ケリーの一族であった。冬丸は、ケリーの、実弟であった。

女も混じっていたが、男に負けずに、いや男以上に強かった。

彼ら彼女らは敵陣に入って、これもネイティブな英語で、情報を取ってきた。

「敵は五個師団でありますが、一個師団の数が五千人から多くて八千人です。圧倒的にこちらが有利です。銃は、古いのと新しいのが入り交っています。一発撃ったら後が続かないので、接近戦になったら、日本刀で斬った方が早いし有利です」

「全員刀を背中に背負え。槍の者は馬の胴体に括り付けろ。銃は前側のケースに、付け剣ごと仕舞え。付け剣で戦っても良いぞ。こちらの銃は、箱弾倉で三十二発連射出来る」

箱弾倉というのは、後のマガジンのことで有った。

撃ち終わったら、マガジンを差し替えるだけであった。

敵が徐々に長城に近づいていた。

次々と伝令が入ってくる。

 このことは、次々とケリーに伝わって居た。

ケリーから武蔵に伝えられた。

「すでに、私の一族が入っています。将兵とも子飼いです。強いです。騎馬戦になるようですが、機動騎馬隊も戦車も自走砲、戦闘装甲車も装甲車もでます。自在に走り回るでしょう、騎馬隊と混じっています。歩兵も輸送車で運んでいます」

「全部、宮本か?」

「はい」

「全部、俺の子供だ」

「鍛え上げ出来ました。強いです。十個師団で敵の倍です。長城の大道寺部隊も、強いです。兵が、交代になったのを敵はしりません。今までの調子で来るでしょう。しかし、戦い方が違うので驚くでしょう。そこに、宮本部隊とケリー一族が急襲します。勝てないわけがありません。捕虜は入らないと命じています。働かないのは判っています。全員、射殺しろと命じています」

「む。今までに無く心が騒ぐ・・・」

「大丈夫です。彼らを信じましょう」

「そうだ・・・そうだ・・・」

 と、武蔵が強引に頷いた。

「ミルクを飲ませて育てた子供たちです」

「言うな! 総指揮官は?」

「弟のジョニー冬丸です。あの子は止めても先頭を走ります。黒い陣羽織、背中に六文銭をつけて・・・」

 二人の話を襖の影から聞いている者が居た。

雪であった。

「宮様・・・」

 ケリーが声を掛けた。

「知っていたの? 私が聞いていたの」

「はい・・・」

「全員、宮本姓のお子飼いとケリーの一族・・・無事を祈りましょう」

「はい・・・」

 だが、戦況は、武蔵とケリーが思った通りであった。

長城の三十間程先に土を三分程ほって、そこに大量の油入れて置いたのである。

大道寺の考えであった。

それを長城と平行入れておき、所々に導火線を引いておいたのである。

敵が大量に攻めてきた。

油掘りと同時に寸の長い撒き菱を撒き、針金を人間の膝くらいの所に何条も張っておいたのである。

それに掛るまで、長城側は音無しの構えであった。

攻めてきた馬は針金に引っかかった。

撒き菱にかかった馬が転倒した。

一頭が倒れると、将棋倒しでたおれていった。

そこに導火線の火が油に付いた。

引きなり火の幕が出来たのである。

「頃は良し!・・・一斉射撃! 撃てい!」

 大道寺孫三郎の声が、障子を破る勢いの声で響いた。

守備兵は、「今や遅し」と銃眼から銃を構えて待っていた。

「ごらんあれ!」

 一斉に銃口が火を噴いた。

敵は、「しまった! 罠だ!」と思ったが、今更どうにもならない。

次々と的にされていった。

「今だ!」

投石機で、陶製の入れ物に油をたっぷり入れたものを飛ばした。

落下の衝撃で砕け散る。

油が飛散して火の手が一気に広がった。

馬にも、人間にも、掛かった油は、面白いように火の手を増した。

そこに火の点いた岩石を投げ入れたからたまらない。

火の点いた岩石は、視覚的にも恐怖を呼んだ。

しかも、銃眼からは、ガトリング銃で弾丸を連射してくる。

砲台から兵の固まって居る所に何カ所からも撃ってきた。

こんな攻められ方など経験がなかった。

「これは前と兵と違うぞ」

「一端退却だ」と逃げた。

 がそこに、カナダからの手紙、ではなかった、宮本部隊の十個師団が襲い掛かってきたのである。

 戦車が、この頃はなかったが、レーシングカーのように、自由自在に走り回って、大砲や機関銃を銃身が焼けるほど撃って来たのである。

戦闘装甲車も、兵士が身を乗り出しては、ガトリング銃や、機関銃を撃ってくる。

その間を縫うように遁走してくる騎兵がいる。

銃には、弾丸が入っていない。

この頃の銃剣は、現代の装飾品のジャックナイフのような短いものではなく、もっと実用性の高いもので、本気で銃剣でチャンバラをしたのである。

そこで、宮本部隊のジョニー冬丸が、背中の日本刀引き抜いて、目指す男に騎馬に向かっていった。

金属音がした。

その瞬間に相手の首が刎ね飛んでいた。

それが合図のように、十師団が動き出した。

見る間に、敵の数が半分になった。

敵は逃げようもなく宮本軍団に取り囲まれた。

ジョニー冬丸が、

「あいてに情けをかけた戦いは負ける。捕虜はいらない。全員、射殺しろ」

と命令した。

固まってガードしていた敵兵に、一斉射撃を敢行した。

とんでもない大きさの射撃音が響きわたった。

敵兵が折重なるようにして斃れていった。

三十分後、敵兵の姿は何処にも居なく成った。

ひとまず、カナダ側から長城の陣地に引き上げた。

大道寺孫三郎からお礼の使者が来た。

そして、改めて、大道寺孫三郎が、カナダ方面本部に、お礼の訪問にきた。

その席で、カナダ方面本部の部隊の将兵の姓が、全員宮本であるのを知って驚愕した。

総司令官自体が宮本ジョニー冬丸だったのである。

冬丸は、ケリー元帥の弟だったのである。

それを聞いて驚愕した。

日本刀で騎馬の先頭に立ち、走りながら相手の首を刎ねあげた、

「と、専らの武勇伝になっていますよ。第二の武蔵だとね」

「飛んでもないですよ。大道寺殿こそ、次から次と繰り出された奇策に、敵は翻弄されて・・・投石機が、あんなに効果的に使えるなんて、私の方は楽なものでしたよ。逃げてくる敵を追いかけて討ち取るだけでしたから。今回、戦果の第一の功績は、大道寺孫三郎総司令官です」

 と冬丸が清々しく言った。

大道寺は、まんざらでもない顔で、

「どちらにしても。こたびの思わぬ応援には感謝いたします」

 このことは、伝令の手紙に確りと書かれてあった。

それを読んだケリーと武蔵の喜びは、一入(しとしお)ではなかった。

「第二の武蔵の登場か。冬丸に剣を教えた甲斐があったぞ」

「それに、次々に奇策を打った、大道寺孫三郎も、期待に答えて、良く遣ってくれた。カナダは、北も南もケリーに任そう。五大老会議にも正式に出して承認を得る。これだけの実績が有れば良かろう」

 そして、五大老会議でも認められた。

十兵衛が二人になったときに、

「儂の言ったようになったな。話がある。照れ臭い話だ。アンはどうした?」

「急になんだ? 儂は、その、コホン・・・その手のことはケリーの言うままだ」

「じゃあ、出来たんだな。コイツ!」

「冷やかすな」

「アンに妹が居る。リリーだ。二十一歳。それを呉れ!」

「十兵衛。お前にはカザフスタンの王女がいるだろう」

「それはそれだ。リリーを見て来た。好きになった。頼む。粗末にはしない。で、儂も宮本ケリー一族になる。駄目か。お前は、そんなに冷たい男か。ならば刀にかけても」

「莫迦。決闘は禁じられているわ。幸村公のときからな」

「というぐらい好きになった。リリーがな」

「ケリー元帥に聞いて見る」

「そんなときだけ元帥をだすな!」

「冬丸の位は何だ?」

「中佐か、大佐だろう・・・」

「それはない。こたびの手柄で二階級特進で少将にしろ」

准将が有るのだが飛ばせ、というのである。

「儂がいう。大道寺孫三郎も同時昇進だな」

「大道寺は、何する。准総統だ」

「なるほど」

「頼むぞ。ケリーに・・・」

と言って去って行った。

武蔵は「ふふふ」と笑って、

「あいつにも、そういう所があるのか」

 とニタニタと思って、

「待てよ。兄弟みたいなものではないか」

 と改めて思った。

 そのことを褥のなかで終えた後で、

「実はな、話が色々ある」

「なに?」

「儂とアンが正式に室になった。それを見て、十兵衛がアンの妹のリリーに惚れた。見にいったらしい」

「わざわざシベリアまで?」

「そうだ」

「わお!・・・」

 とケリーが驚いた。

「私の一族の中には。姪だけで五十人位居るのよ」

「え?・・・そんなに」

「だって、兄弟姉妹だけで十三人もいるのよ。それが十三人だったら百六十七人、その半分は姪ですよ。赤ん坊と適齢期過ぎたのを除いても五十人でしょう。アンもリリーもその中の二人よ。確か・・・」

「二十一だと調べている」

「手回しがて廻しが良い。リリーに恋人がいないことを願うわ。調べます。本人を呼びましょう」

「十兵衛の部下に行かせる」

 ということでタイミングがよかった。

恋人はいなかった。

「十兵衛様ならなんの問題も無いわ」

「武蔵よ。世話になったな。借りが出来た」

「貸し借りじゃあないよ。本人同士の問題だ。上手くやれよ。また一族が増えた」

「宮本一族か、ケリー一族か」

「どっちでも同じだ。しかし、十兵衛よ。あれだけの戦で、戦死、重傷者が出なかった。敵は全滅だ。当分、安心出来ると思っていたら、どちらが言い出したか。敵の本拠地を攻めるというのである。未だ、残兵がいるはずだ。今なら叩きやすいのでは」

これだけなら、何の問題もないのであったが、突然、皇帝と枢機卿二人が、

「我らも、戦というものを体験したい」

 と言い出したから、ことがややこしい事に成っていった。

 ケリーと武吉が真剣になって制止した。

が、宮様が、

「一度は体験して置くのも良いかもしれぬの」

 と言ってしまったから、さあ大変なことになってしまった。

 武吉とケリーが血相を変えて五大老の部屋に来た。

「皇帝と二枢機卿が、一度は戦を体験してみたいと・・・」

「これは遊びではありません。危険すぎます。と、クドいほど申しあげたのですか」

「その様なことは充分に判って居るわ、と申されて」

「宮様はおられなかったのか」

 信幸が聞いた。

「それが、一度は体験して置くのも良いかもしれぬな、と火に油を注ぐようなことを申されて。どなたかお止め申して下さいませ」

 五大老も暫くは、

「・・・」

 と沈思黙考していたが、やがて信幸が、

「良いのではないか」

 と発言した。

「皇帝は、その成り立ちは武家である。武家の棟梁として戦場に赴くのは、当然である。二代目の大助皇帝然り、三代目の宮皇帝も戦場に出ておいでに成る。四代目が、未だに戦場未経験。これでは公家になってしまう。もっと荒々しく生きて貰いたい。それが、宮様の希望でもあったのではないのか」

「今武蔵二代目と言われている宮本ジョニー冬丸と皇帝とは、歳も離れてはいまい」

 孫一が賛成に回った。

これで、二人である。

「初陣と言うには遅すきようが、幸村公がおられたら、とうに戦場に出しておられたであろう。これは、まさに、我らが手落ちであった。勝ち栗その他、白木の三方に乗せ、土器(かわらけ)のせ、作法通りお三方の分、手落なく取りおこのうべし。父親役は、真のお身内である。大叔父の信幸様、母親役は、祖母の宮様。後見役は我ら四大老でよろしかろ。全員、古式に則って、鎧兜で出仕仕ろう。式次第は青柳千弥殿にお任せいたす。流儀にはこだわらぬ」

この初陣の式は大広間で挙行され、多くの家臣が古式に衣装で出仕いた。

鳳凰城ないが、久し振りで日本の古式色で染まった。

陣太鼓が打たれ、法螺貝が吹かれ、銅鑼が鳴らされた。

司令船を御座船に見たてて、六文銭の大旗、長旗、吹き流しなどが賑々しくからわれて、シャム湾を一周した。

やがて、多くの船艦やその他の船で太平洋を押し渡っていった。

アメリカの西海岸には、多くの船や陸地で、雲霞のような兵が待っていた。

金箔を張った。

御座車の皇帝と宮様、二枢機卿と武吉とケリー元帥が乗った。

更にその後ろに五大老が乗った。

武蔵はその賑々しい光景を見ながら。

(こんな莫迦げて大きな超大国を造った。しかし、歴史を見て、超大国が、そのまま崩れずに威厳を保ち続けてきた事があっただろうか? ない! いつかは崩れていく・・・それがいつなのか・・・だれにも判らない。判らないが、予感はある・・・今は、その予感が当たらないのを祈るばかりだ)

 派手な初陣の攻撃が続いていく。

その二号車の中で、竹林の宮の様態が急変していった。

「宮様!・・・宮様・・・」

 ケリーが叫んだが、

「ケリーこの日記を・・・」

 と手渡した。

「ケリー・・・とても、しあわせだった・・・」

 ケリーは咄嗟に日記を自分のリュックの底に忍ばせた。

(幸村公の日記に違いないと確信した)

そして、行進をとめた。

五大老に知らせた。

すでに、雪の体からは鼓動が感じられなくなっていた。

行進は止まり。

軍旗がすべて半旗となった。

急ぎ司令船以下の船が、半旗を掲げて帰途に就いた。

矢張り、体力的に無理だったのであろう。

このことは、武蔵の予感に悉く重なって行くことになった。

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