第四章「真田軍団の行く道」1

第四章「真田軍団の行く道」


   一


 大阪城内の小書院での軍議は、さらに、熱を帯びて続いていた。

 武蔵は、ぶっきら棒な性格のままに言った。

「拙者は、弱かったら、戦場で殺されるぞ、と教えてきただけだ」

「それで鉄砲は百発百中、弓も、乗馬も他の家中は、所属としては、いなくなったが、軍人は、豊臣軍だけだ。後は、みな帰農したり、鉱山に言ったりして生産者になった。武士はいらないんだよ。軍人は、武士ではない。戦いの職人。どんな豪傑がいても、狙撃銃一発で終わり。どんな城でも、あの江戸城でも海軍の主砲六発で崩れた」

 幸村が、暫く黙った。誰も発言しなかった。

「戦そのものを、変革してしまったのでごさろう、殿下は・・・どこの軍にもござらん。戦車、戦闘装甲車、装甲車、犬隊、虎隊の軍はな。考えも及ばぬ。その軍資金もござるまい」

 孫一が感心していった。

淀が、その続きを、感謝するように述べた。

「殿下が、現れなかったら、豊臣は、見事に家康の悪計によって、滅亡していたでありましょう。それを、豊臣の資金を一切使わず。大野兄弟の厖大な横領金を発見し、取戻してお蔵に納めて、風前の燈火であった豊臣を救い、今の形まで、真田自身の資金を使って、今日の豊臣にまでしてくれたのえ。わらわも不思議であった。どこにそんな軍資金があるのかとな」

「祖父幸隆、父昌幸の考えに従って、世界に眼を向け続けた結果であったよ。話が途切れてしまったが、儂が、農園にして来たのは、大平野、豊かな穀倉地帯の、インドシナ半島と、さらに、それの尾っぽのように、長く延びているマレー半島であった。ここには、幾つもの民族が混ざっているのと同時に、いくつかの国がある」

 と南方の地図を、鉄扇で差して示した。

「まるでお伽話のような・・・」

 といって、淀が、逞しく日焼けをしている、幸村の顔を、うっとりと見た。

 一体、女性というのは、漢(おとこ)どこに、惚れるのであろうか。

淀の脳裏や、官能には、すでに、過去の異性の、面影や、残滓は、微塵も、その姿を、滲ませてもいない。

上書きされた、異性とのこと以外は、心身のどこにも、なくなっていた。

時代のせいではあるまい。

異性に、惚れるというのは、女性の、至福なのであろう。

淀は、まさしく、幸村色に、染まり抜いていた。

 幸村が子供に教えるような口調で、南洋のことを、説明していった。

「まず、大越だが、北を交趾(コウチ)、南を安南(アンナン)という。すでに、交趾のハイフォンと言うところには、日本人町が出来ている。町の、一角には、日本橋という橋と、地名が出来ているぞ。中央には、フエ、ツーラン、フェフォがあるのだが、そこにも、日本人町があるわ。 この国には、李朝という朝廷が在って、王もいる。しかし、実態は、阮という一族が実権を握っている。 儂はこの李王と宰相の阮に会って、農地の斡旋を頼んだ。王は地主を紹介してくれて、言い値で農地を買い取った。田川七左衛門が言った通りだよ。 平和な交渉、正式な商取引きでなかったら、長期にわたる農業などと言うことは出来るはずがない。 そこで、田中長七兵衛と言う農業の天才とであった。 南方の農業は粗耕でな。 そこに日本式の農法で水田を造った。集団離村者たちを連れていって、水田を造った。 儂には船があった。安宅船だ。 九度山で、みんなで必死に働いて、真田紐を売り歩いてくれた。その金で買ったのだ。感謝しくてはいかん。 宝物であり、命綱の船で、大砲や、鉄砲も搭載していた。良いか」

 と秀頼と大助の、若い二人に向かって、

「武力や権力と言うものは、無闇に振り回してはいけない」

 と幸村は、説いた。

「しかし、武力の背景のない、交渉は侮られる。そこで造った米を、日本で売り、南方の物産を日本に運んで売った。逆に日本の刀、扇子、硫黄、鎧、蚊帳、布を南方に運んだ。刀も、鎧も、布地も、日本の戦の後には幾らでも落ちている。死んだ者には、不要なものだ。全員、裸にして紙の白い着物にして、穴を掘り、油を掛けて荼毘にふす。それから、穴を埋め戻して、墓標を立てて、僧侶に読経をしてもらってきた。死んだら、敵も味方もなかろうよ。戦場のあらゆるものを拾い集めて、そのあとを、血などを洗い流して、荒塩で清めて大地にお詫びをして、九度山に持って帰り、物を仕分けして、血は、川で洗流してから、大釜で煮て消毒をして、糸を解き、洗い張りをして、反物にした。 南洋で売った。鎧や兜は、南蛮に美術品として、飛ぶように売れた。美術館や、博物館、南蛮の大金持ちが、装飾品として、争って買い求めるといっていた。折れた刀や、修理の利かない金物は、鉄用の炉で煮直した。貴重な資源だ。今でも、まったく同じことをさせている。三ヶ所に作業場がある。九度山と、大和郡山城と、和歌山城だ。造船所も自前の造船所を、和歌山の海南、広川、伊勢の久居に造った。後には駿河の内浦湾にも造った。九鬼守隆、阿波の渡辺に、帆船を徹底的に研究させた。三隻の帆船を図面付で、意図的にイギリス船を買った。もう、スペインの時代ではなくなっていた。それを、色々な方面から情報を仕入れてな。戦艦としての機能を徹底的に研究した」

 思いで話のようにいう幸村の話を、孫一が引き取って、

「殿下の、ものごとを追求する、執念のような勉強熱心さは、ある種の天才だと、儂は、そのころから呆れて見ていた。儂も鉄砲や、大砲を、一から徹底して勉強した。冶金の技術もな。しかし、いつの間にか、殿下は、その技術を九度山の作業場で、造らせていた。ヨーロッパの研究書を原書で読んでから、翻訳させて、翻訳家(通辞=通詞)に、間違いを指摘しているのを目撃したことがある。恐らくイギリス語も、スペイン語も、南方の言葉も、通詞なしで会話出来るのではないかと、睨んでいるが、ともかく、その熱心さには、驚嘆する。ライフルが刻んでいなかったら、弾丸への抵抗が掛からないから、筒の意味がない。従って冶金でない、鋳造の大砲など何も怖くないと・・・」

 首を振っていった。清水将監が、

「イギリスの造船家たちが、殿下が、図面引きの掛かりに引かせた図面を、奪い合うようにして、見てから、『この船の設計をした人は、天才だ、フィンキールの発想は、風力と、海流の抵抗を、綿密に計算して付けている。これなら、船の復元力が絶対だ。考えたのは、もしかしてユキムラではないのか?  彼れとは、南方で会ったことがある。 ジェントルマンで、インテリな人物で、彼の注文なら図面通りに造船する。 船の価格も知っている。スペインでなく、我がイギリスを選んでくれたことは、彼の賢明さを物語っているし、名誉なことだ。 大砲のスペースが空いているのに大砲は? と訊くので、自国に用意してある、と答えたときに、イギリス人は、彼の軍隊とは、同盟するべきだ。彼と戦うのは狂人のすることだ』 といわれました」

 と述べると、幸村が、

「清水はそのことを、今まで報告しなかったな」

 と笑いながらいったが、

「申し訳ありません」

 あやまる清水に、

「勘違いするな。叱っているのではない。その後カンボジアのアンコール王朝の国王、ラオスのランセン王朝の王、シャムのアユタヤ王朝の、名君といわれているソンタム国王と言った人たちと謁見したときも、ユキムラに農園を造って貰えるのは、名誉なことだ。好きなだけ土地を買ってくれて良いと言われて、十万ライの土地を、日本では考えられない価格で売ってくれた。一ライは四百坪だ。四千万坪の農地だよ。一反が三百坪だ。一町歩で三千坪だ、一万三千三百三十三町歩だ。一人の師団長の報酬が千ライと思えば良い。十万ライは百人の師団長分だよ。そのときに一緒にいたのが、田中長七兵と、松井善三郎だった。ソンタム国王がそのときに『ユキムラの農園があるというだけで、外国は誰も狙って来ない』というのだ。そのときに『オークヤ』の称号を貰って、象十頭を貰った。 象使い付きでな。後で判ったのだが、オークヤというのは、シャムに七人しかいない大臣の称号だった。事実、『ユキムラの農園があるのを知っているか。ユキムラはオークヤの一人である』 といって儂が、オークヤに就任したのを承知したという署名入りの契約書を見せると、外国人と言う、外国人は、ヨーロッパ人でも、手を引いたらしい。 カンボジア、ラオスでも同じであったという。マレー半島の先端にあるマラッカには、メラカと言う町がある」

 とマラッカを鉄扇でしめした。そして、言葉を続けた。

「メラカには、日本人町がある。マラッカをオランダ人が植民地にしようと狙ったらしい。しかし、『ユキムラの農園がある』と知って、基地を造るにとどめた。それまでに、十指に余るイギリス以外の船を、大砲で轟沈している。ルソンのマニラにも日本人町があって、彼らから、農園を造ってくれと頼まれたが、なぜか気が進まなかった。田中に訊いても、農耕に向いた土地ではないというので、やめて日本人町から少し離れた場所に、商品を仕舞う蔵と宿舎を造った。土塀で囲んで、六文銭の旗を掲揚させた。スペイン人町に隣接していたので、あいさつにいったら、彼らが異様に恐怖で慄いた顔をしていた。あのときは清水も一緒であったな」

「はい。笑いました」

「お前も何隻か、スペインの船を沈めているぞ」

「はい。同罪です」

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