第三章 3

   三


「本当でございますね」

「これは重要なことだ。何万人になるかわからないが、それを着ることで、豊臣政府軍の誇りが持てるものにしなければならん。最後の決定は、幹部で決めることになるが。それと今言った各部隊の旌旗の紋章がない。日本の旗は、正規に日の丸だ。白地に赤の、日の出の赤だ」

「はい」

「儂と淀は、自分で意匠して、御名御璽まで頂いた桐六紋だ。淀は、こういうことの才能が凄い」

「殿下。お間違いになっておられます」

 と、操典を手にして、桐六文の所を開いた。

「御上が詔しているのは『・・・関白太政大臣ガ紋章也ト証(みと)ム』です。殿下にしか使えないのです」

「そういうことだ。迂闊であった」

「夫婦であっても、わらわが使ったら、殿下はもとより、御上に不敬にあたります。この紋章の上は、十六弁菊花の紋章です。錦旗以外にありません・・・」

「その通りだ」

「わらわはもう考えてあります。竹林宮には、桐六文に竹です。わらわは、桐六文に流水で、淀川です」

「なるほど・・・」

「秀頼と、秀頼の隊は、五七の桐。その室の香音が難しい五七の桐に香炉」

「なるほど・・・」

「大助と、大助の隊は、名誉ある、紺地に白抜きの六文銭です。秀頼と大助が、一つにならない限り、桐六文にはなりませぬ」

「深い意味よのう」

「それは父上が亡くなったときの話です」

 秀頼がいった。

「好い家族になったなあ・・・」

 と孫一がいった。

「まったくだ。大阪城には、殿下、淀様、秀頼様大助様がお住まいになられて、やがて、お孫様が生まれる・・・」

 と武蔵がいうと、秀頼が、

「香音に子供が宿った」

 と赤い顔になっていった。

 その場の者が、一様に、

「おお、それはめでたい」

 と手放しで喜んだ。すると、大助が、

「鞠も・・・宿ったようです」

「なに? そこまでお揃いか」

 幸村が言った。

「目出度いずくめじゃぞえ」

「おめでとうござりまする」

 孫一と、武蔵が揃って祝いの言葉を述べた。

「すぐに宮様のところに、祝いの使者を、行信殿が良かろう。土産は、何でもあろうから、行信どのに任せるゆえ、急ぎ走れ!」

「はっ!」

「くれぐれも、祝いの使者ぞ。淀からは、大きな鯛を探して、な」

「はっ!」

 と小姓が走った。

「で、母上、鞠の紋が」

「おおそうじゃ。六文銭に鞠、綺麗な鞠。生まれてくる赤子たちのように、可愛い手鞠・・・」

 と淀が、嬉し泣きに泣いた。

「思うに儂らには、古い順に、信玄公、信長公、太閤殿下が、密かに守って下さっているように思う。その三公の内二公にお仕えしたのが、儂の祖父の幸隆じゃ。幸隆の書き残したことと、父昌幸の『儂の策で、あれば大阪城を守れる。それが出来ずに、九度山で死ぬのが口惜しい』の儂の手を取っていった。儂は祖父と父の遺した、二冊の日記の通りにして真田丸を造り、あの家康の大軍に勝った。その父の日記にあったのは、秀頼様を男にせよ、武道を教え、逞しい豊臣の跡取りとせよということであった。秀頼様、いつでも関白をお譲りいたしますぞ」

「父上。ありがたきことながら、これから、大陸の蛮族も成敗にまいるのでごさろう。秀頼には、残念ながら、まだまだ、無理でございます。大助出来るか?」

「無理というものです」

「父上。ずっと、ずっと、関白で活躍して、学ばせてくだされ。必ず、男になりますゆえ」

「相判った。二人とも父親になるのじゃ。一人前として、大陸に行かせるぞ!」

「はい!」

 二人が声を揃えた。

「む・・・」

 と深く頷いたのは、孫一と武蔵であった。

「わらわも参ります。大きな声では言えませぬが、糸魚川の二十人の女性は、武道を始めてから、見違えるように、明るく、元気になりました。もう、演習、特訓、格闘、城壁のぼり、佐助から、忍びを学び、孫一から、鉄砲を学んで・・・目的があるからです。大陸に渡って、蛮族を一人でも多く斃すと誓い合っているのです」

「道理で、普通の気迫ではないなと思った。あの二十人を相手にするのは容易ではないぞ」

「凄い狙撃手だ。敵にしたくはない。拳銃の早打ちも二挺拳銃で、教えた佐助にならんだな。二十人の佐助と思った方がいい。水練も木津川を十往復する。速度を落とさずにな」

「え? 余でも、二往復でクタクタになるのに」

「他に自分たちで考えた特訓で、小早船に、縄をかけ一人で引っ張って、一往復しますぞ。乗馬は、馬の上で宙返り、馬の横左右に乗る。さらに馬の腹の下に乗って、いや、ぶら下がって、拳銃を、撃って、的に百発百中的で当てます」

「驚いた・・・」

「殿下。それだけではありません。彼女たちは、背中に、忍者刀を柄を両側にして二刀流です。拙者の流儀をいつ盗んだのか、藁人形の首を同時に二つ斬りおとします」

「香苗もあの二十人を香苗特殊部隊と呼んでいますえ。連れていかなかったら。殿下の首がなくなります」

「おいおい・・・それは、脅迫だ。判った。彼女たちの命を賭けた誓いなのだろう。ただ、作戦を乱すなよ」

「わらわと香苗と、佐助。この三人の言うこと以外はききません」

「飛んでもないぞ!」

 と言ったときに、呼んだ者たちが、全員、揃って入ってきた。

「遅参いたしました」

 長宗我部盛親が、平伏した。

「いや、よくぞ豪華な顔ぶれが並んだものよ。実は、孫が出来る」

「え? それはおめでとうござる。して、どちらに?」

 後藤又兵衛が、香音と、鞠の顔を見た。

「又兵衛驚くな。一度に、二人だ。両方にできだのよ」

「執着至極に存じあげ奉りまする」

 一同が、祝いを述べて、平伏した。

「む。儂も聞いたばかりのところよ。というところで、殺風景な話をする。来春。大陸に蛮族にあいさつにいく。世界の常識では、襲われたら、必ず仕返しをする。何の得にもならぬ話だが、侮られたら、さらに襲ってくる。南洋も同じだ。だから、二度と海を渡って来ないようにする。日本の実力を見せる。陸軍だけで三十万、海軍、海兵隊も、相当の戦力でいく。あの国を獲る気で行く。もう、日本は獲った。操典にあるように御上も詔を下された」

「はい。正しい意見だと思いまする。宣戦布告してきたも同然。奪った方が正しいと思います。そのことは、南方にも伝わります。今、明には何の力もありません。抛って置けば、南方は、ヨーロッパの植民地の草刈場になるだけです。ヨーロッパに植民地にされたらその国は悲惨です。見てきました。アフリカがまさにいいように奴隷狩りにあっています。一隻の帆船を動かすのに、四百人の櫓の漕ぎ手が必要です。船底で、足に鎖をつけられて一生、漕ぎ続けさせられます。侮られたら負けです。しかし、ヨーロッパの常識では、日本を怒らせるなです。飛んでもない軍事力をもっているぞです。恐らく世界一の海軍力です。それと同

じ陸軍を持っている。さらに、強襲揚陸艦の海兵隊がいることも知っています。日本は、アジアのイギリスになるべきです。日本が乗り出したら、ヨーロッパは、アジアから手を引きます。明はすでにヨーロッパに侮られています。それが澳門(マカオ)です。ポルトガルに獲られました。ポルトガルなど、小さな国です。九州と四国を足したくらいです。ポルトガルが船に乗せている大砲は鋳造で、鉄ではなく銅で、鉄の玉か、岩石を五百メートルほど飛ばせられるぐらいでしょう。そんな国に脅かされて澳門を取られたのです。スペインも落日で、今はイギリスです。そのイギリスに船を造らせたのですが、持っていった図面に驚いていました」

 と清水将監が、歌うようにいった。

「澳門から少し先の、大越の交趾(コーチ)とアンナンに我らの耕地が、九州の四倍ぐらいの広さで在る。きちんと金子で買った土地だ。そうだな、田中長七兵衛」

「はい。耕作した米は、既に年間二千万石になっております。二毛作ですので、半期で一千万石です。他に、カンボジア、ラオス、シャムで、総計で、日本と同じ位の面積になります。それと同時に、やがて、日本は米の輸出国になります」

「ほう。早くもそうなったか」

「仕事を始めて見ますと、これまでの飢饉と言うのがいかに人災であったかが判ります。はじめた時期が悪かったので、作付けは出来ませんが、関東平野というのは、日本で一番広い平野ですが、邪魔なものばかりがありましたが、全て取り壊して、大規模農業化をいたしました。いままでの八倍の水田面積が出来ました。八百万石は、最終的に言くと思います。初年度からは無理だと思いますが土が慣れてきたら、行くと思います。東北が、これまでの五倍で、五百万石です。これらは、農家への分は引いてありますので、お蔵に入る分です。石二両で換算して、関東と東北だけで二千六百万両です。これに、中国地方、九州、四国が入りますと、米は余ります。さらに、南洋の二千万石が加わりますと、三千三百万石足す、中国地方、九州、四国です。約五千万石です。農家の分は、引いてありますから、お蔵入り米で一億両です」

「そうか。ご苦労であった。で、蝦夷は?」

「はい。松前氏のことは、渉外にあたって下さいました、青柳様、高梨様にお聞きを願いあげまする」

 と平伏した。青柳が、

「松前氏は、これと申した抵抗は一切、ござりませんで、むしろ、『ともに蝦夷を、開拓いたしたく候』との言質を得まして、これまでに蓄積いたしまし経験を、十分に提供いただきました。先住民族の方々を、刺激しないように、平和な交渉の労を取っていただきました。米、小麦などの食糧を提供いたして、必要ならば、ともに開拓いたしたいが、と申し出ましたが、彼らは、『自分たちとは、文化が違い過ぎるので、無理だ』とのこと、食糧支援をいたすと、約束いたしまして、かれらの希望いたしております、区域を定めまして、保護区といたしました。先住民の人々に敬意を払うのは、当然のことと存じ、道案内の仕事など、出来る

限り、平和を考えて、開拓に入りました。勿論、彼らの信ずる神に、敬意を払い、文化を尊重いたしまして、仕事前の儀式も、彼らに依頼いたしました。多くの報酬を支払いました。気候の変化や、危険なことなどを教えてもらいました。蝦夷以北には、羆(ひぐま)がおりまして、刺激しない限り人を襲うことはありません。私見でありますが、今後、蝦夷、北蝦夷、千島列島など、気候、動物、植物、そちらにも危険なものがあります。羆、蝦夷鹿、北キツネなど、沿岸のラッコ、アザラシ、海藻、魚介類、薬草、毒草、の研究者と研究所が必要と思われます。また、民俗学者、言語の研究所が、必要不可欠かと思います。地味な仕事ですが、重要な仕事だと思います。同時に、土壌、地質、鉱物の学者で、総合研究は越冬をしなければ、意味がありませんので、設立を願い上げます。また漁場として大変に豊富であります。それと、ヨーロッパのロシアが、年に何度か現れて、荒していくそうです。これへの越冬国境警備隊が必要と思われます。関白殿下に、ご献策申しあげます。北前氏の克明な日誌の閲覧が出来るようお願いしたところ、快く許可が出ました。書記官などの派遣を願わしゅう存じます。北前氏の豊臣政府での爵位、位階、役職を申請申しあげます」

「判った。祐筆、今のこと控えたが」

「はい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る