第六章 10
十
徳川家から使者が来た。
本多正純と、天海であった。
鈴木孫一と、宮本武蔵、それに伊木遠雄、霧隠才蔵が応対に出た。
「御用は?」
宮本武蔵が、ズケリと訊いた。
「実は・・・実は・・・」
と言い澱む天海に代わって、正純が、意図的に胸を張って、
「米が必要になった」
と鼻糞でもほじるような言い方をした。
「ほっ・・・何にお使いになるので?」
孫一が訊き返した。
「人間が食するのだが」
「食用でござるか」
「ご融通願えればありがたい」
「他家に当たられたら良かろう」
「他家は最早ない」
「日本の中で、豊臣になっていないのは、徳川殿だけでござるよ」
伊木が、半分笑いながらいった。
「確かに・・・」
天海が頷いた。
「独立国のお積りなら、食糧も自給しなされ」
「自給したいが、飢饉と家臣が多いので、間に合わぬ」
「家臣を減らされたら良かろう」
孫一が親切にいった。
「武士と言うは、見切りが大事じゃ。ここは、関白殿下に、家康殿が、頭を下げて、臣下の礼を取られることが肝要ではないのか? 殿下は、この日本では、もう、戦はやめようと申して居られる・・・そのお言葉は、どうやら無理の用でござるな。としたら外国からでも、ご購入になったらいかがでござるかな」
武蔵が優しくいった。
日常の武蔵は、厳つい男ではない。
ただ、決して優しいだけではなかった。
油断は毛ほども見せなかった。
「朝鮮、明、後金、高砂を当たり申した。言われたことは、どこの国も、日本の豊臣家から買っていると。同じ日本なのだから、豊臣家からお買いなさいと・・・」
正純が言った時であった。上段の間から、
「売ってつかわせ。一石五両じゃ。何石所望か」
と言う声が飛んできた。
いつしか、そこには、幸村の他、淀、秀頼、正室かね、大助と正室鞠姫が並んでいた。
声の主は、秀頼であった。
「これが返事じゃ。用はなかろう。ただし、売るが、家康、秀忠が、余と関白の前に、金子を持って参れ」
これで、話が終わった。
二人の使者が戻ってから、途中まで来ていたのか、家康、秀忠が来るという知らせが、直ぐに入った。
「増上寺の観音堂の下に地下がありまする。そこは、徳川の、隠し金蔵です。約二百万両ほどが眠っております」
才蔵が答えた。
「四十万石じゃな」
秀頼が計算をした。
「大阪城内にあるか?」
秀頼が、訊いた。
伊木が、
「米蔵、一つ分ほど、でございましょう」
と答えた。
「いつでも用意できまする」
「判った。今売ってやっても、米は、食えばなくなる。しかし、米を買う金子もなくなろう。その後が見ものよ」
「秀頼殿。凄みが出てきましたな。一石五両とは、儂でも言えぬ。凄い商売上手じゃ」
幸村が言って笑った。
誰もが、そう思っていた。
しかし、摂政内大臣の言葉である。変える訳にはいかなかった。
*
家康が、秀忠と、正純、天海を従えてやってきた。
「二百万両持って来たわ。一石幾らかの?」
家康が訊いた。
「一石五両ゆえ二百万両で、四十万石でござる」
伊木がキッパリといった。
「徳川国と言う外国に売る米である。この価格を変える訳には参らぬ」
孫一が、厳しく言った。
「ふむ。徳川は異国か・・・では、交易ということか。だったら仕方がなかろう。で運ぶのは?」
「そちらで陸送さなったら良かろうと存ずるが。途中で襲ったりはいたさぬ。土地々々には、どのような者がいるやもしれず。充分にお気を付けなされよ」
「手勢五百ほどお通し下され」
と家康がいった。取り引きとなった。
徳川は、米俵を数え、豊臣側は、小判を一箱ずつ開けて確認していった。
小判を天秤にかけて、金の重さを測った。
金蔵にあったものなので、金の量は規定通りであった。
「今の大阪城。まだ、お攻めになられまするか」
秀頼が訊いた。
「む・・・攻めようがないの。江戸城の何倍も大きい。しかも随所に城塞が建ち、城壁には、五十間おきに大砲が睨んでおる。こんな城は、儂が若くても落とせぬわ・・・見事な城じゃ。で、離縁した、千姫は?」
「米と一緒にお返し申す。もう支度もすんで、米とともに待っていよう。自由に連れて帰れ」
「さようでござるか。去(い)ぬるわ」
幸村が、頷いて、
「それでは、徳川殿と最後の一戦といたすか。東日本の真ん中に、ドカンと異国があっては甚だ、何事もやりずらい。それで、よろしいか? 話し合いも出来ぬか?」
「異国の者とは、言葉が通じぬ」
家康の一言で、幸村が、
「相判った」
と座を蹴って立ち上がった。
それが合図のように、一同が去った。
「素直に、詫びを入れれば良いものを。多くの血が流れよう。流れるのは、徳川の血ぞ」
武蔵が言ったが、家康が、
「大きなお世話じゃ。高い米を、買いにきただけよ・・・」
と憎体にいって、最後の糸も断ち切った。
「老害じゃな」
と呟いたのは、秀忠であった。
見離した眼になっていた。
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