第六章 9

   九


 異様な難民の受け入れが済んだ。残念なことに、搬送途中で死んだり、折角、到着したのに、命を失っていったものが、何人もいた。

 それらの者たちを荼毘にふして、城内の聖域に墓地を造り堂宇を建立した。

『東北十家激甚飢饉災害者之碑』

 を、行信に揮毫させて、碑に刻み、堂宇内の位牌にも刻んで祀った。

 次のことを考えて、焼骨を、後から入れられるように墓を工夫した。

 二ヶ月後に、再び、難民船が、前よりも、倍の数で送られてきた。

しかし、このときには、受け入れの要領が判っていたことと、健康を取り戻りた者たちが、多くいたので、彼らが必死で活躍したので、最初の時よりも楽であった。

救助にあたる、彼らの二ヶ月前の自分たちの姿であったのである。

他人事ではなかった。真剣に介護をした。

 さらに春先になって、再び難民船が到来した。

これは、殆ど、先にきて、健康を取り戻した者たちが、受け入れで活躍して、難はなかった。

 第一次の者たちは、農業の訓練を、淡路島で受けていた。

農具からして、異なっていた。

すべて鉄器であった。

木の鍬や鋤では、どうにも耕せない場所が、鉄器の農具ならば、容易であった。

さらに、田起しなどは、鉄の鋤や、耕運機が、象で曳かれて、見る間に水田が出来が上がった。

元々素人ではない。要領を呑みこむのも早かった。

困り者は、武士たちであった。

「浪人という職業や、身分はない」

 ということを、何度も言って聞かせる必要があった。

そうして、はじめて、帰農していったが、農業の基礎から、教えなければならなかった。

手間暇の掛かる者たちであった。

しかし、倍の時間を掛けて、なんとか農民になることが出来た。

 それでもなお、

「拙者は武士だ」

 と言い張るものがいた。

「いまの立場が判っていねえんだべか。武士々々ってカツヲ節だべ」

 と言う農民たちもいた。

「武士というからには、何か得意なのか?」

「弓には」

「槍には」

「剣には自信がござる」

 というのを、矢場で射たせても、殆ど的をはずしていた。

それを、

「弓と言うのはこうして射るのじゃ!」

 と付添いの者が、十の矢をすべて、的の真ん中に射込んで見せた。

 騎馬で様子を見に来ていた幸村が、馬に付けた鉄砲のケースから、鉄砲を引き抜くと、十発撃って十本の矢をすべて弾き飛ばした。

 くだんの武士は、ポカンとしていた。

「殿下に頭を下げぬか!」

「は?・・・」

「この男は莫迦じゃ。農民にもなれぬ。武士なら体術くらい心得て居ろう。道場で、眼を覚まさせてやれ」

 というので、道場で、足腰が立たぬほどに叩きつけられて、「参り申した」と叫んだが、付添役の者の腹の虫が収まらず、

「武士なら、立て」

 とさらに、グーの根も出ぬほどに投げつけられた。

それで、自分の立場が判ったのが、二十五万人中二十人ほどいたが、見離さす、やっと納得して帰農させた。

納得すると、彼らは、真剣に農業を覚えていった。

 幸村は、青木一重、真野頼包、伊東長次にいって、

「全国組織で、警察隊、消防隊、保険衛生隊を造ってくれ」

 と命じた。

そして、南条氏康に命じて、これも全国的に、子供たちの手習いの場と人、教師を造り、印刷機と製本機で教科書を造って、渡していった。

さらに、向学心のある者には、大学を造っていった。

 ヨーロッパの楽団員に、日本人に演奏法や、楽団の編制を教えさせた。

あらゆる楽器、楽譜を購入させた。

 儀仗隊を、千人、千騎の規模で整えていった。

そのための制服を、春夏秋冬で整えた。

 それと同時に、雅楽の訓練をさせた。

日本の伝統文化も大切にしたのであった。

 大阪城に隣接した、木津川沿いに、大型で、船のつけやすい桟橋を数本造り、交易所、迎賓館、サロン、宿舎、遊興設備を造って、交易町とした。

こうした交易町を、伊勢湾の津島、駿河の沼津に造った。

いずれも高い塀で区画をした。

これらの町の総責任者を伊木遠雄に指名した。

その傘下には、南洋で交易の実績のある、真田忍軍の商人隊を配置した。

 やがて本格的な春になった。

東北と、蝦夷を一気に開拓していった。

工兵隊、屯田隊、農兵が、向かった。

事情を丁寧に説明して、

「家族を大阪や淡路島に置いても良いし、連れて行っても良いが、単身の方が、心配がないのではないか」

 と助言をして、『蝦夷・北蝦夷・千島列島開発軍』を結成した。

「稼ぎたい者は、参加せよ。冬場は、希望者は越冬手当を倍にする。帰還者は、南洋の仕事に派遣する。南洋に家族と住みたい者は宿舎の用意をする。いずれも、強制はしない。東北は、別の開発軍が、もう、農作業を開始している」

 と説明した。

「東北に残った者たちも、研修を受けて、作業に従事している。蝦夷は広い。他の地域の者たちと、合同で仕事になることも、あると思う。これらの仕事は、新しい日本を造る、誇り高き仕事である。武士も農民もない。志の高いものは、ドシドシ幹部に取り立ててゆく」

 と開発軍が出動した。蝦夷で、象が使えるかも実験するために、二十頭を象使いとともに送った。

象は百頭を日本用に購入した。

さらに二百頭を購入して、甑島列島を、象の島にした。

東北では、象の田起しは実験済みであった。

馬、牛の比ではなかった五頭で、二町歩の水田は見る間に耕作されていった。

四ヶ所で同時に行っていった。

その後を、馬十頭、牛十頭で、苦土石灰を撒いて、柔らかくなった土を、さらに耕運機で撹拌していった。

十日後に堆肥をたっぷりと混ぜていったその後に、蚯蚓を撒いていった。

蚯蚓は増えるのが早かった。

蚯蚓は、田の中では生きている耕運機であった。

土の中に酸素を取り込んでいくのであった。

やがて、田に水が曳かれた。

田植えであった。

一枚二町歩の水田である。

これまでは荒れて、葦や、萱が生えていたところも、刈り取られて、短くされると、燃されて灰になっていった。

見事なまでの、大規模農園に変貌していった。

 直江兼続は、その農法に、驚愕した。

象で一気に田起しをし、細かいところは、犬が四頭で、鋤や、耕運機を引いていった。

「これは、一体、何という農法ですか?」

「真田農法でござるよ」

 高梨内記が兼続に答えた。

「ご自分で、鍬や鋤を手にして、一つひとつを考えだされていったのでござる。これからの戦は、武器が変わり申す。経済という武器になり申そう。経済の基本は、食品。その一つが、米。小麦や、鶏、鶉(うずら)、牛、羊、豚、しかし、日本人は、魚、鶏までは食べても、牛、羊、豚は食べない。豚は宗教上の理由でイスラム圏では、まったく食べません。羊、牛は食べるのですがな。朝鮮、明、後金、高砂、琉球は、すべて食べます。魚もね。小麦は、世界中どこでも食べます。粉に引いて、パン、うどん、饅頭、何にでもしてたべます。むしろ、水稲を主食にしている民族の方が少ないです。極東アジアくらいでしょう。東南アジアは、陸稲が主食です。米を粉にして、食べる国もあります。ともかく、食糧です。それを購入するのは金です。こうした、経済が、今後の武器であることは、間違いありません。海を見てください」

 内記が指を差したそこには、海兵隊の強襲揚陸艦が浮かんでいた。

それは、まさに浮かぶ砦であった。

「あの船の、一番上の甲板は、何もなく平です。しかし、接岸すると、船首が折り畳式の橋になって甲板の戦車、戦闘装甲車、装甲車、自走大砲、自走迫撃砲、自走ガトリング砲、自走ガトリング銃、騎兵隊、鉄砲隊、船尾も開いて、揚陸艇が、将兵を乗せたまま、海に滑りおります。あらゆる兵器と、兵糧を載せています。船の中で炊事ができますので、兵士たちの食事は、取りに行くだけで、すべてが弁当箱に詰まっています。蜜柑まで入っていますよ。兵士はすべて分業です。輸送、土木工事、施設、兵器の組み立てまで。戦闘員は、闘うことだけを考えれば良いのです。その兵が一艦に二千乗っています。三隻で六千人です。その揚陸艦が、無数に従っていますから、軽く1万人の兵が乗っています。しかも、上陸する前に、艦砲射撃が半刻つづいたら、どんな敵でも、うんざりします。その上で上陸してくるのです。戦わなくて賢明でしたよ。三艦一個艦隊で、三個艦隊ですが、二十一隻、七個艦隊あります。海軍は別です。二十艦隊が、海軍です。別に陸軍も、艦船を持っています。あの形は、殿下が発明された、海兵隊の形で、艦隊で、すべてを持って走っています。後方の四角い船は水を運ぶ船です。その横は、土嚢、煉瓦、石、砂の工兵です。砦一つぐらいあっという間造ってしまいます。さらにその横に白く塗ってあるのは、診療船です。病人や怪我人はあそこに運びます。医師、看護兵すべてが揃っています。東北、蝦夷の巡洋でしょう。折角造った、田畑を奪い取られてはなりませんからね」

 東北の太平洋側には十数ヶ所の金鉱山、二十ヶ所の鉄鉱山、数十ヶ所の炭田を操業させていた。

 鉱山で働く者は、賃金が、農業の数倍も良かった。

武士は、鉱山で働きたがった。

三ヶ月に一度、人手を入れ替えた。

一ヶ月有給の休みがあったが、休まないで働く者もいた。

採掘させた金、銀、銅、鉄、石炭、石灰、石材を運ぶ定期船があった。

それらの船には護衛艦隊が付いていた。

金、銀を運ぶ船は特別な形の船で、知っている者には、直ぐに判った。

内記は、

(金塊船の護衛もしているな)

 と判ったが、それは、兼続には言わなかった。

当然である。兼続は、

「もう、国力がまるで違うのが判ります。恐らく、あの艦隊に勝てる国は、東北には、どこにもありません」

 と言った、大きく首を振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る