第六章 2

   二


 法華定院行信は、急に身辺が多忙になった。

 幸村は、約束通り、朝廷の門と修繕と、神殿の新築を行い、金剛峯寺の三門も修繕し、法華定院にも多くの寄進をし、門や庫裏、本堂も修繕してくれた。

 権大僧正となってから、霊光は、毎日のように朝廷に呼ばれていた。

「誰ぞ官位の欲しいものはおらぬか?」

 と公家たちは、見え透いたことを、訊いてきたのである。

 霊光は、行信を呼んで、

「儂の所には、高野聖がおる」

「全国網で、しかも、忍びが出来る」

「それよ。幸村に売り込めぬか?」

「頭領は?」

「慶雲坊。腕は立つ」

「報酬は?」

「成功報酬でよい。豊臣はそちに任せる」

「他にも、売り込むつもりですか? それを、やったら、そっと消されますぞ。真田忍軍、根来党、雑賀党もおりまする。忍びの二股は、身の破滅のもとです」

「判った」

「慶雲坊とは? 場合によっては、首実検をされまする。戦闘はできるのですか?」

「大抵のことは出来るはず」

「大阪城内に真言の寺を建立してくださるとのこと」

「それは好都合。行信。やるのう・・・で、寺号は?」

「護国寺。他に臨済の寺も建てるとのこと」

「何派じゃ?」

「妙心寺派」

「彼らもやるのう・・・天台だけには、負けとうはない」

 しかし、行信はこの話は、幸村にしてあった。

「判った」

 行信に言って、

「竹林宮、九度山を護ってくれ」

 と言われていたのであった。


         *


 家康は征夷大将軍の位階を、朝廷から、手紙一本で廃されて、怒りに震えていたが、そういえば朝廷対策を怠っていたことに思いがいたったが、到底、京にまで、行ける状態では、なくなっていた。

しかし、どうにも悔しい。けれども、徳川は、今や、武蔵一国の大名でしか、なくなっていた。

対して、幸村は、淀と宮廷の神殿で、秀頼と幸村の七女と結婚した。

千姫は離縁されて、人質同然となった。

幸村の嫡男、大助は、淀の妹はつと、京極高次と間に生まれた娘の、鞠姫と結婚をした。

淀の姪である。

豊臣と真田の間は緊密になっていた。

幸村の正妻雪は、竹林宮と言う宮家を詔で興していた。

その豊臣の武将の一人、鈴木孫一に征夷大将軍、宮本武蔵に征狄大将軍をなのらせていた。勿論、朝廷から、詔勅による二大将軍となっていたのであった。

「徳川が大事にしていたのは、その程度のものよな」

 と言わんばかりであった。

「大御所様。官位などよりも。江戸城にも米がなくなりましたぞ。浅草蔵前の蔵々にも、城内の米蔵にも米俵がなくなりました。ここは、何とかしのがくてはなりません」

 本多正純が言った。

「そちの才覚で切りぬけよ」

「無理です。上総、下総、常陸、下野、上野まで、豊臣の直轄領にされ信濃、甲斐、相模、安房まで、ぐるりと豊臣に囲まれて、物資と言う物資は一切入って参りません江戸湾にも見張りの艦船が浮かんでいます。荒川沿いには、土塁が築かれて関が数ヶ所あるだけで、物資を運ぶのは、不可能でございます。岩代、磐城、羽前、陸前、羽後、陸中、陸奥の七ヶ国十家は、すべて、豊臣が、買い上げたそうでごさいます。その大名も借金地獄の上に、度重なる戦で疲弊し、豊臣に買い上げて貰う他なくなったのです。大御所様。戦で負担を掛け過ぎましたな。西国、四国、九州、琉球まで、豊臣のものになりました。この実績を見たら、朝廷も関白太政大臣と言うことになるのでしょうな。対して徳川からは、譜代の者たちが、このままでは食えないと、密かに、豊臣に走っているものがいるとのことです。しかし、殆どが、もう武士は要らないと、帰農させられるとのことです。それも、色々なところに、農業の教育施設があって、教育された上で、まったく知らないところで、農業に従事させられるのですが、非常に楽な暮らし向きになっていくそうです」

 本多正純の言葉を、家康は、呆けたように聞いていた。

「駿府に戻りたいが、無理かの?」

「大御所様・・・」

 正純は、絶句した。

 隣にいた秀忠が、

「終わったの・・・」

 と一言いった。

「何が終わったのじゃ?」

「徳川がでござる」

「終わってはおらん」

「米がないのですぞ」

「秀忠。戦はこれからじゃ」

(老害だわ・・・)

 と正純は思った。

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