第四章 11

   十


 真田丸の書院で、茶屋四郎次郎にあった。青柳と、高梨内記と才蔵が、ともに会った。

「九度山の蔵の布を一万両で買ってくれたそうだの」

「はい。殿様に会いとうて、一万両やったら、安いもんだす」

「家康にもそのようにいうか? 儂と家康を股に掛けるとは、なかなかの了見だの」

「船の中に居る鼠は、不思議に、いつの間にか、沈没する船からからは、いなくなっているものでおます」

「家康は・・・」

「今のままでは、沈みます」

「なぜ判る?」

「武器がまるで違いま。大砲も、移動自由な、撃針式。鉄砲も、撃針式の上に、二十発の弾倉装着。連発式の弩から、発想されましたな。しかも、も鉄製の手持ちの盾、並べただけで、砦になりま。しかも、銃眼から、狙撃ができま。乱戦になったら、三本の槍付の鎧を着た獰猛な大型犬が百頭単位で飛び出してきま。狼狽している間に、部隊編成が、五人一組で、盾に素早く、鎧通しが三本取り付けられて、四方から押し付けられま。これでは弓も鉄砲も、槍も刀も通用しまへん。中国の墨子が、使う手えだす。これをやられたら勝てる軍勢は、おまへんのや。この手えで、岐阜城も、見る間に占領ならはりましなあ。お殿様に、おみ

やげだす。ヨーロッパの、各国の最新の軍装だす・・・」

「なぜ、家康に渡さぬ?」

「使おうてくだはらしまへん。金の掛かることは嫌いなんでしゃっろ。吝嗇だす。見せても、ただの絵だす」

 茶屋の出した本は、幸村も持っていた。

「希望は、なんだ?」

「五百万石の米、下限は一石二両以上でっしゃろ。二両半で札を入れま。茶屋に廻していただけまへんか。正直に申しま。東北は飢饉だす。持っていったら一石一両上乗せできま」

「東北以外の場所でも、日本中飢饉のはずじゃ」

「土一揆か、集団離村者がでます」

「その集団離村者が一万人になったら、宮古島と石垣島に集めろ」

「あっ!・・・南洋の農園で・・・」

「少しずつ規模を拡げたい・・・」

「面倒をみたら、お大名から、わての首を飛ばされま」

「今飛ばしてやろうか?」

「いやあ。滅相も、ありまへん。ご勘弁を」

「茶屋よ。徳川の武士も、南洋の、儂の農園に来て、帰農して働いているぞ。 戻りたくないというのが何人もいるわ。 奴隷ではないぞ。 下級武士では食えぬ。 帰農したいが日本では、奴隷以下だ。 南洋の方がよほど良い暮らしが出来る。 実態は茶屋なら、判っているはずだ。 しかしな、南洋で、農園を経営しようとする者は、日本人でも、ヨーロッパ人でも、容赦なく殺すぞ」

 と、真剣な、それだけに、対面する茶屋にも、ゾクリする、恐怖を与えた。

「おお、怖や・・・」

「ふふふ・・・人を、煮て喰っている、茶屋にも怖いことがあるのか? コーヒー園と、紅茶の移植に成功した。胡椒と、丁子、ナクメックの移植にも成功した。

 米は、もういい。 小麦の方が喜ばれる。世界の市場ではな・・・貿易相手は、ヨーロッパになって来ている。 気の毒なことだがな、飢饉なのは、日本と、朝鮮と、琉球、高砂だけだ。それと中国の東北部の女真族だけだ。 つまり、市場は、東北アジア圏だけということだな。米の需要は。世界市場では、小麦、牛肉、 羊の肉、肉は、殺したら、時間とともに腐っていく。それの匂い消しで、香辛料、スパイスが、重要なのだ。 ところが、スパイスは、ヨーロッパでは、採れない。南洋特産なのだ。 それを、ヨーロッパ各国が、奪い合いに来ている。 そのヨーロッパ各国は、小麦を、ブレッド、パスタと色々なものにして主食にしている。 その小麦が、圧倒的に、不足している。これの、需要の方が、米よりも多い。売れる。それと、これも主食の、肉牛だ。生きたまま輸出する。 なあ、茶屋よ。もう、日本は、危ないぞ。徳川方式の、国の運営ではな・・・もはや、武器で戦をする時代は終わったよ。 日本製のガトリング銃が出来た。機関銃だ。ヨーロッパから、見本を手に入れた。

 それよりも精巧なものが、やっと一万挺出来た。 三脚の台に据え付けて撃てる。移動も出来る。 車輪付きの台でな。 機関砲も出来た。 大砲ほど大袈裟なものではないが、機関銃並に大砲を撃ち込まれて勝てる国はあるかね?」

「・・・」

 茶屋の顔が青ざめた。

「五百万石。千二百五十万両だ。希望通り売ってやる。ただし。関東以北では売るな。西にしろ。そして、離村者を1万単位で集めろ。百人で十両の手間賃を出す。一万人で千両だ。それと米を欲しいだけ売ってやる。一石二両半でな。関東以北では、売るな。売ったら、探し出して首を刎ねるぞ。江戸も飢饉になる。東北十国は、買うことにする。買ってこい。このまま飢饉が続けばな。いったろ。闘っても負ける。米はない。国を売った方が、大名も気が楽になる。武士が多過ぎるんだよ」

「負けた。そんな商売の仕方があったとは。国買いか・・・」

「徳川も、豊臣が買うんだ。文句は、言えぬよ・・・違うか?  良いことを教えてやる。堺の店を今のうちに移せ。 堺は良いことをしていない。町を塀で囲って入り口を閉鎖する。京にでも移れ・・・」

「え?・・・わ、判りました」

 と慌てて、茶屋が帰っていった。札入れの日、茶屋は欠席した。

商人たちに

「関東以北で売った者は、打ち首にする」

 といって、札入れをさせた。

多くが堺の商人であった。誰も札を入れなかった。

 その日のうちに、堺を完全に、塀で囲って閉鎖した。

 一千万石を、意図的に、現金化せずに、米蔵に貯蔵しておいた。

総矢倉の一階部分に米は幾らでも、貯蔵出来た。

いざとなったら、商人隊は堺の商人の数よりも多くいたのである。

全員、真田忍軍の変身した姿であった。

 米問屋、雑穀商、両替商、呉服商、道具屋、古物商、油屋、灰商、武器商、廻船問屋、馬借、造酒屋、味噌問屋、醤油商、塩問屋、乾物問屋、漬物商とあらゆる商売やらせていた。買うのにも、売るのにも、便利であった。材木商、釘屋、鉄屑商、石灰屋、竹屋、糸屋、綿屋、布団屋、瓦屋、瀬戸物屋、魚屋、鳥屋、石屋、砂利屋、粘土屋までやっていた。職人を集めるのに、役にたった。

情報も集まった。 

仕入れでいろいろなところに、出入りするので、情報の仕込みに役にたった。 

そうした商人の元締は、正直屋にやらせていた。

儲ける必要はないと、赤字覚悟でやらせていたが、逆に巨額の儲けが出た。それらの金は、正直屋の金蔵に貯金をしておいた。

正直屋は両替商で、金貸しもしていた。

大きな金を借りに来るのは、諸大名であった。各地の大名の懐具合が判った。

質屋もやっていた。下級武士たちの懐具合が判った。

儲けるつもりはないのに、普通にやっていて儲かった。

 世相が見えてきた。江戸が次第に生活が苦しくなっているのかが、判った。

 吉原で遊郭もやらせていた。

東北では娘を売る者が後をたたなかった。

 そうした女の中から、〈ハニートラップ〉の女スパイを造りあげていた。

 江戸の大身の譜代大名が、入れあげて、大切な秘密を漏らしていた。

「これからは、小判よりも、食糧かもしれぬぞ」

 などと言う言葉が伝わってきた。

元締は三浦屋の亭主であったが、れっきとした忍びであった。

 それらの情報は最大漏らさずに、幸村の下に集まってきた。

 鎧を質に入れる者もいた。

「もう、侍の時代ではないかもしれぬわ」

 と、徳川の士気は極端に落ちていた。

米がないためであった。

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