第三章 9

   九


 大野兄弟が、横領した金子にして、八千万両を淀と、秀頼の前に積み上げた。

「拙者は、執権総都督兼家宰でござる。勘定方を厳密に精査した結果、こうした事実か判り、返却させたのです。厳密に取り調べましたから、もう、ないと思います。三兄弟は、ある場所に幽閉してあります。豊臣家の資産状況を知っています。徳川に駈け込まれると、大変に困ります。御処断の判断を・・・」

 秀頼は驚き、淀は、違う意味で二重に裏切られた思いがしたのであろう。

悔しそうに、唇を噛んだ。

「処断は、幸村に、任せる」

「はい。これが調書です。三枚。署名血判がござる。嫌なことは早々に処断します。金額的に、大きすぎます。ご自害が相当と思われまするが、いかが。家中で知っている者は、勘定方だけです。箝口令を敷いてありますので、ご安心くださいますように。箱の中をあらためますか。すでに、八千万両は一箱々々、勘定方に改めさせましたが。運び込む、ご金蔵を、ご指定ください」

「お、奥の蔵が、適当と思う」

「承知仕りました。重いので、男手を入れまするが。真田の者です」

「お願いいたしまする」

「至急にいたせ」

 男手は真田の十人組であった。

才蔵に眼で合図を送った。

大野三兄弟の処置を命じたのであった。

淀と、秀頼には、判らなかった。

「さらに、こたびの戦での戦利品でござる」 

 別の男たちが、再び、千両箱を担いで来て、二人の前に置いた。

積み上がった分量は、前よりもすこし少ない感じであった。

「五千万両でございます。家康、秀忠、その他の陣地にあった。金子です」

「これらを、我らが、勝利して得たということか?」

「右府様。その通りでございます」

「これは、幸村が預かれ」

「え?」

「これから幹部や、下級武士たちに褒賞をいたさねばなるまい。十万人分ぞ。足りなければ、奥から・・・」

「その必要はございません」

「うん?」

「二十七人大名・・・」

 といいかけて、

「五千万両。真田屋敷の金蔵に運べ。鍵は青柳が持っておる。行くがよい。男子禁制の奥ぞ」

「はっ」

 と男たちが、瞬く間に、五千万両を運び去った。

淀が、

「いつものお部屋に替えましょう」

 と先にった。

 すでにこの奥に、真田屋敷の奥から、地下道が、通じている。いつか役に立つはずであった。

淀は知らない。

 いつもの部屋に、四人で座った。

淡島が、夕餉の膳を用意していた。

「驚きました一億三千万両・・・こんな大金を稼いでくれた人はいません」

「お台所の米は?」

「この戦で、米蔵が、一つ空に・・・他の蔵も、空間が目立つと・・・」

「それは、心配だ。五、六日の間に運ばせましょう。二百万石もあれば良いでしょう。それに、塩、味噌、醤油、砂糖、若芽、昆布、荒巻鮭、その他買付させます。商人隊も造りましたから。それに、いまのままの大阪城では危ない。食事を摂りながら聞いてください。淡島殿、図面を拡げたいのだが・・・」

「はい、すぐに・・・」

 と膳を拡げた中に、大きな図面を拡げた。

「縄張り班も造って、仕事をさせています。これからの戦は、槍だの、刀だのと言う時代ではありません。大砲と、鉄砲の時代です。ヨーロッパを見れば判り。それに対応するには、内濠、外濠は、元に戻しますが、惣構えにします。図面のこれは、猫間川です。これをずうーといって、秀忠が陣を張った舎利村の岡山の少し先から、新たな濠、すべて水濠です。茶臼山のまで。そこから、道頓堀に向かうか木津川まで掘り進めてしまうかです。そして、木津川沿いに土塁と石垣と煉瓦の壁で中に三寸の厚みの鉄板を入れます」

 淀も、秀頼も、大助も、幸村の拡げた図面の規模の大きさに驚いた。

「真田丸も、城塞に改修し、背後の空濠や、真田丸の空濠にも水を入れます。そのためには、土塁を、それぞれ石垣改修。真田丸の南側の味原池も、真田丸の濠からの水を入れて淵を、石垣にします。前田利常が布陣した篠山、秀忠が、陣を張った岡山、家康が布陣した茶臼山の三ヶ所に城塞を造る。こたびの戦で、大阪城の弱点が判明しました。これを改修して敵に付け入られないように、します。太閤様がなくなられる前に、猫間川を天然の濠として、惣構えに改修をお命じなられたのは大正解なのです。それを家康怖さで、やらなかったばかりか、外濠を埋め内濠も埋めてしまった。今までの奉行は何をやっていたのか。太閤様の遺命通りにいたしましょう。いや、それ以上に強化しましょう。いま申した三つの城塞の他に、千曲川の中島に城塞を造り、中島全体に城壁を造りまする。木津村には、新大阪城、二本の横堀の間に難波城を新設、森村口の北側に城塞、網島と備前島の間に出城を造る。合計八つの城塞と、濠と、石垣、土塁、城壁を造る。これで・・・」

「完璧じゃ!」

 と秀頼が、首を振って感心したが、淀は、

「とてつもない、大普請じゃぞ」

 と驚きを越えて、心配をした。

「費用は、三十一の大名たちに賦課します。亡き太閤様の遺命をなぜ守らぬかという、大義名分があります。これらの工事に平行して、二十七の配当屋敷を造り。二十七の大名たちの正室、子供、側室たち、その子供を、呼び寄せさせて、本人とともに住まわせます。人質です。正室、子供、側室、子供かどうかは、人を派遣して確実に探索させます。もしも、偽物を送ったら、その場で、全員、斬首、お家取り潰し、領地没収の厳しい刑を課します。大阪城に鉄砲の筒先を向けた謀叛人たちですぞ。なんの遠慮が要りましょうや。他に徳川譜代の十三人の大名も身柄を捉えました。彼らの家臣らは、全員、土木に従事させます。外様の家臣たち、豊臣恩顧の大名の家臣たちも、作事に従事させます、必要なのは、材料と運搬する船だけです。この作事を行うことで、徳川の天下など、幻であると承知をさせることです」

「なるほど・・・」

「料理が冷めまするな。すでに工事も、次の手も打ってありまする」

「次の手とは?」

「伊吹山地と、養老山地の隘路、北近江への関門のようなところですが、そこに長比(たけくらべ)城と向かい城があります。それと菩提山城。かつて竹中半兵衛重治が居城としていたところで、その子、重門は、こたびは家康につきました。太閤様の初代の軍師でござったのに、重治殿の血はどこに流れているのか? すでに木村重成を大将に、後藤又兵衛、薄田隼人ら一万で急襲、これを奪取。南近江入口八風峠を押さえて、砦を造り終えました。この二ヶ所以外で大軍が、東から、西に来ることはできません。それと藤堂の居城、津と、長島を押さえてあります。大垣城も押さえ、かつての稲葉山城、岐阜城も奪取しました」

「岐阜城は、天然の要害、攻めるの難しいと聞いていたが」

「片側だけから見るからで、反対側はなだらかな斜面でござる。大砲を発砲しつつ、鉄砲隊で攻めたところ、簡単に陥落しました。留守部隊の数も少なく、家康は、名古屋から、駿府に戻ったようです。後は準備万端を整えてから、じっくり攻めましょう」

「しかし、よくそれだけのことが、同時に出来まするな」

 淀が感心して、幸村に尊敬の視線を向けた。

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