第三章 8

   八


 これと、同時に、家康、秀忠をはじめ、すべての陣地から、軍資金を没収していった、家康譜代、豊臣恩顧、外様からも遠慮なく没収した。

それらが、しめて五十万両になった。

 真田の掃除隊の仕事の仕方は徹底していた。

捕虜は武装を解除させると、全裸にさせて、肛門に警棒を突き入れて、隠しものが無いかを検査した。

その上で風呂に入れて、捕虜服に着替えさせた。

没収したものは、台車に乗せて、全部、九度山に運んだ。

戦場には大きな穴を掘って、戦死者を全裸にして、油を掛けて荼毘に付した。

焼骨にしてから、土を被せて、墓標を立て、僧侶に読経をさせた。

折れた矢、折れた弓、旗、武器、装備、胴巻きの金、陣地の道具、敷物、幔幕、陣幕、一切合切を荷車に入れて、全部、九度山に運んだ。

九度山には、再生工房があって、仕分けしたあと、金は、金、銀、銭仕分けして、蔵に仕舞った。

着物や下着は大釜で煮沸して、川で洗って、糸を届いて反物にしてしまう。

折れた矢は、寸法を揃えて、打ち根や、手投げ矢に作り替えた。

「無駄なものはないもないぞ。戦場は宝の山だ。真田軍の通ったあとは、ペンペン草も生えないようにしろよ」

 と幸村は命じた。

製品といて新品になった。

武器も刀、脇差、野太刀、長柄の槍、手槍、弓、矢、鉄砲、弾薬と綺麗に蔵に仕舞った。九度山の者たちは、食えなかった時代を知っていた。

 鎧、兜、陣笠、桶胴、手甲、脚絆と仕舞った。

 褌は、旗指物に化けた。

注文が来たら、染めた。

陣地には、米や、馬の飼料もあった、

 最後には、綺麗に掃いて、血をあらったり、つちを被せて、全員で合掌して、その場を去った。

本当に掃除隊であった。

「吝嗇と、ものを大切にすることは、まったく別のことぞ」

 幸村は家臣に教えた。

 幸村は、そうやって、金をためて、南蛮から、帆船を、三隻買って持っていた。

大砲や、鉄砲は最新式のものを搭載してあった。

外国では何か起こるか判らないのである。

外国では、日本刀が、高い値で売れた。

扇子と蚊帳もよく売れた。鎧兜も、珍しがられて、法外な値段で売れた。

儲けたかねで、シャム、ラオス、カンボシア、交趾(北ベトナム)、安南(南ベトナム)に、農地をかった。

 日本は、長年にわたる戦乱で、慢性的に食糧不足であった。

ちょっとした、気候の変動で飢饉になった。

多くの農民が、集団離村をしていた。

 幸村はそういた人たちを助けてやり、南洋の農地で、日本の米の種で日本人が水稲を造った。

彼らには安心するように賃金で雇った。

南洋では二毛作が当然であった。

少しずつ農地を増やしていった。

味も形も日本の米であった。

二百万石、四百万石と、農地は増えていった。

その責任者が田中長七兵衛であった。

こうしたやり方を知っている大名は誰もいなかった。

戦に眼の色を変えていたからである。

米は日本に運ぶと、一石二両半になった。四百万石で、一千万両になった。

 家康がいった。

「百万石」など、笑いたくなるのである。

九度山の蔵には、飛んでもない金額の千両箱が眠っているのであった。

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