第三章 5

   五


 その伝令には、家康は腰が抜けそうになった。

いや、実際に抜けていた。

爆発音を聞いたとき、

「さすがは、南蛮の大砲じゃ。音の大きさも別格よな」

 頬を緩めて大阪城の方を見た。

「む? 弾丸が届かぬか? 角度を間違ったのであろう」

 と次の砲撃を待った。

けれども、次の砲撃がなかなか始まらない。

「何をいたしておるのだ?」

 苛々して、待っているときに、伝令がきた。

「中島の大砲、十門。すべて自爆いたしました由にございまする」

「な・・・」

 家康の顎が外れそうになった。

「理由はなんじゃ?」

 第二の伝令がきた。

「何者かの手により筒内に鉛を流し込まれ、鉄の玉を、鉛の固まらぬうちに投げこまれ、それを知らずに点火して、自爆した由にございまする」

「なんと、尻の穴に鉄の玉を突っ込まれて、逆爆発したと申すか?」

「それは巧みな比喩でございまする。大御所様」

 言った天海は、家康に思い切り、鉄扇で、頭を叩かれた。

「幾らしたと思っているのだ」

(こんな時に値段を言うか?)

 正信は、思った。

「何者かではない。真田忍軍だ。ほとほと、憎き奴よの。幸村め」

 さらに伝令が飛び込んできた。

「南部利直殿。秀頼軍の、行軍しなからの大砲の一発で、右府様には抵抗出来ず。降伏の上許されて、秀頼軍に参陣!」

「莫迦な・・・南部までが・・・」

「伝令!・・・前田利常殿。秀頼軍に寝返りました!」

「なんと・・・前田は兵力が大きいぞ。逆を向かれたら、南部と前田で・・・」

「前田一万二千。南部三千で、一万五千でございます。上様は二万でござる」

「秀忠が危ない」

 秀忠は、真田丸側に近い舎利村の岡山に陣を敷いていた。

「伝令! 伊達政宗、秀宗殿。御謀叛。毛利秀就。浅野長晟。池田忠雄。山内忠義。蜂須賀至鎮。各々御謀叛!」

「伝令! 稲葉典通。鍋島勝茂。池田忠継。森忠政。有馬直純。分部信光。有馬豊氏。池田利隆。中川久盛。竹中重門殿ら、すべて御謀叛!」

「伝令!・・・」

「取り次ぐな・・・秀忠に至急陣を巻けと伝えよ。我らも、名古屋まで、一気に駆けぬけるぞ!」

 と馬を曳かせた。


         *


「羽柴筑前守幸村。ご苦労をかけた」

 秀頼が、大阪城に帰陣するなり、これ以上はない、笑顔で労ってから、鞠のように、幸村の胸に飛び込んできた。

それを受け止めて、幸村は、秀頼の背を、ゆっくりと撫でた。

「大勝利でござったな。大助もよう働いた」

 幸村が、初めて破顔した。

 淀が、迎えに出て来て、顔中を涙にした。

「みな・・・みな、おめでとうござりまするえ」

 幸村の計算通り、二十七将が降って、先の四将を加えて三十一将が降った。

戦前に淀や、秀頼に話していた通りであった。

「幸村殿を信じて良かったえ」

 淀が、泣き笑いの顔になった。

「家康の、逃げ足の速さは天才的じゃ。追って見ても詮無いことよ。それよりも戦後の処理が先じゃ。いま、全軍を上げて、二十七将以外の徳川譜代を掃討している。三十一将の兵も掃討に参加させておる。大名はそれぞれ二十七の座敷牢に入れた。自害出来ぬように脇差まで武装解除させた。しかし、徳川譜代は、みな地下牢に入れている。多分三万人近くにはなるはずじゃ。食い扶持だけでも大変ぞ。真田から、掃除隊を出しているがな。家康も、秀忠も、身一つで逃げている。全ての将の軍資金は押さえた。伊木、高梨、青柳に軍監をさせているゆえ。いつものように、鎧兜から、茶道具、衣類、武器、武具、旗、陣幕まで、一切掃除させており申す。徳川の譜代も、両軍入れて三十万。そのうちの五、六万だ。抵抗のしようもあるまい。頑固なものは戦死するか、自害しようが、これは防ぎようがない。命を大切に思っている者だけが捕虜になる。捕虜の先は、本人しだいよ。大変なのは恩賞だ。これを考えると頭がいたくなるわ・・・」

「ご苦労でございます」

「何の。それよりは、二十七将も、徳川譜代の将も暫くは、熱を冷まさせましょう。この寒いのに火の気のない地下牢はことえるであろうよ。しかし負けるとはそういうことでござるよ」

 淀は、奥に戦勝祝いの膳を用意させてあった。

 幸村は、早馬で九度山の竹林院に戦勝を知らせておいた。

 淀の好意を、無視する訳にはいかない。

奥で、四人で膳を囲んだ。

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