第三章 4

   四


「もう、我慢がならぬ。大阪城を攻めよ!」

 慶長一九年十二月四日――

 早朝。どうにも寒い。霙混じりの雪が、横殴りに吹き付けてきた。

 家康の采配が打ち振られた。

が、同じく、馬上で金色の采配を揮ったものがあった。

 同じ鎧兜の若武者が、二人。

二人が同時に采配を揮ったのであった。

豊臣秀頼と、豊臣中納言大助秀幸であった。

 本隊五万に、左翼二万。

右翼二万。後陣に一万。

十万の大軍であった。

先陣五千は真田の赤備えであった。

若武者二人の傍には、羽柴筑前守幸村執権総都督の姿が、ピタリと寄り添っていた。

さらに、佐助、才蔵の真田十人組の内八人が、二人を取り囲み、宮本武蔵、塙団右衛門、後藤又兵衛、薄田隼人、速水守久らが、十重二十重に、警固していた。

 本陣の旌旗は、五七の桐で、太閤以来の出陣であった。

大馬印に千成瓢箪。脇に真田の六文銭。

長旗に、『君臣豊楽 国家安康』と大書されたものを高々と掲げ、別の長旗には『応無所住 而生其心』とあった。

「金剛般若経」の一節で、なにものにも頼るべきではない、の意であった。

そして、金箔を貼り直した、『唐冠馬藺後立』の太閤の兜が、四人に担がれた輿の上で燦然と輝いていた。

他に、左右に七流の吹き流しと、大小の参陣した諸将の大旗が翩翻と翻った。

 十万余の軍勢の馬蹄の響きが、

 戛々!――

 と進軍の将兵の魂を揺さぶっていった。

 威風堂々の進軍であった。

「大太鼓を打て! 法螺貝を吹き鳴らせ! 銅鑼を打て! 真の天下人の行軍であるぞ!」

 颯!――

 と幸村が采配をふるった。

 天守から、淀や、淡島らが見送ったが、千姫の姿はなかった。

 玉造口から、進軍する豊臣軍の威勢には、

「徳川家康、何するものぞ」

 の気概が溢れていた。

 家康は、采配を揮って、

「真田丸を攻めよ!」

 気楽に下知したが、伝令が入った。

「豊臣右府殿。御自ら、十万の兵を率いて、着々と徳川陣営に、駒を進めて参られまする!」

「な、なに? 秀頼が・・・十万!・・・」

 家康は、愕然とした。家康の本隊は、三万しかいない。

秀忠の軍を足しても五万である。

(数は逆転したわ)

 家康は、心臓の高鳴りを止められなかった。

(一番、あってはならぬことが起こった)

 家康は、狼狽して、

「ぬ。影武者ではないのか?」

 本多正信に訊いた。

「大御所様。これが、一番恐ろしゅうござった。影武者に十万の兵は揃えませぬ」

「城周辺の陣容は?」

「はっ、以前同様に、五万以上の兵が、守備しております」

「急に五万増えたとは?」

「不思議ではありませぬ。藤堂、福島、加藤、片桐の兵に、根来、雑賀、その他の豪族を加えれば、確かに十万の兵となりまするな」

 正信は、計算が早い。

「誰ぞ。狼煙を上げい! 千曲川の中島の大砲を撃たせよ」

 茶臼山の頂きの狼煙台から、赤い狼煙をあげた。

それを見た、大砲奉行の酒井雅楽頭が、

「大御所様からの合図ぞ。一斉砲撃をせよ!」

 と命じた。

しかし、酒井は即席の大砲奉行であった。

大砲のことは、何も判っていなかった。

大砲の火薬に、火を点じた。

瞬間に十門の大砲が、一斉に自爆した。大爆発が起こった。

人馬はもとより、武器、武具のすべてが吹き飛んだ。

 天守に居た淀は、震え上がった。

しかし、幸村から、事前に、

「中島の大砲は自爆するわ」

 と聞いていた。

その通りに、中島で、すべてが自爆していた。

「なんと、家康ともあろうものが、自爆とやらぞ。これは可笑しい」

 と淀が大声で笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る