第三章 6

   六


「何やら、本当の親子四人で、祝いの膳を頂いて居るようじゃな」

 幸村が何気なく言った言葉に、淀と秀頼が、敏感に反応した。共に眼を潤ませた。

「ほんに。四人の親子のようえ。幸村殿。折り入って頼みが」

「え?」

「奥で四人のときは、淀と呼び捨てて・・・秀頼も、秀頼と・・・」

「相判り申した」

「大阪城の母と九度山の母。大阪城にいるときは、親子でよろしいではありませぬか。その方がさっぱりします」

「大助!」

「いえ。大助の言う通りにお願いいたします。こたびの大勝利もすべて、父の言う通りに従った結果です。いまなら、父に成れるように、母上なら、巧く家臣たちに言えるでしょう。きっと、この大勝利の慶事の後でしたら、二重の喜びと祝ってくれます」

「秀頼の思うように、世の中は簡単ではない。わらわに、策があります。少し刻を・・・親子が、さらに親子に成れるようにいたしまする」

「相判った。今宵は、大勝利のめでたさに酔おうぞ」

「はい。まだ、戦っている者が大勢いるのに、おめでとうございますというのは変なのかもしれないけれど」

「戦うといっても、いまの戦いは、残党狩りの掃討だ。すでに態勢は決している。案ずることはない。ところで、淀」

「はい。殿・・・」

「儂が、好きか?」

「勿論です。大好きでござりますえ」

「秀頼」

「はい」

「父が好きか?」

「はい。母上よりも、私の父を愛しています」

「ま。ずるい・・・」

「大助。父が好きか?」

「はい。縁起でもないことですが。仮に、大敗していたら、三人には逃げて頂き。責任を取って拙者が、斬首される積りで居りました」

「・・・」

 淀が、思わず、涙声になって、

「大助。こちらえてたもれ。抱かしておくれ。そなたは、豊臣の子供であるまえに、淀の子え」

 と言って、ひしと抱いた。

「ありがとうございます・・・大阪城では、母上の子です。でも、決して起こらないでください。現実です。九度山では、迷わず九度山の母子になります。お許しください」

「おお。何と利発で、聞き分けの良い子であることか。わらわも、九度山の竹林院様には、申し訳ないこと思っております。大切なお方と思っております。だから、大阪城にいるときは、この四人の家族のことを思ってくだされ。素直なとまで、安堵いたした」

「大助。ともに、生涯かけて兄弟ぞ」

「はい。兄上。必ず兄上を、補佐し続けます。私も、男の兄弟が欲しかったのです」

「乾杯だ!」

「乾杯!」

 四つの杯が、合わさった。

 戦国である。

一人の大名に、何人もの室がいるのは、極普通のことであった。

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