第一章 11
十一
奇襲の中で、右手に柄を短くした薙刀を持って野太刀のように使い、左手に、長い一本鞭を握って、右側の太腿に、南蛮渡りと判る、火縄式ではない、撃針発射式の拳銃をホルスターに入れて提げている、若い女性が、巧みに馬をあやつって、敵の体を、薙刀で、横に払っていった。
(戦い方を知っている)
遠くから見ていた孫一は、そう思った。
野太刀や、薙刀は、上から縦に振り下ろしても、鉄製である、兜に防がれて、相手を斃すことは難しいのである。
下手をすると、刃を折ってしまうことになる。
これが平服での剣と、鎧、兜を着て戦う剣の相違である、これを承知している者は、刃を横に払っていく。こうしなければ、敵を斃すことは出来ないのであった。
若い女性の自分指物は、紺地に白抜きの、横に並んだ六文銭であった。
奇妙なことに、その女性は、自分の肩に、小猿を一匹乗せていた。
その小猿が、口に筒を当てがい、息を吹いた。
吹き矢が、敵将の眼に刺さった。敵将が、落馬をした。
それを、真田の徒歩武者が、槍で、止めを刺した。
「あの女性が、もしや、猿飛・・・佐助?」
鈴木孫一が思った。
女性の戦いは、獅子奮迅と言って良いものであった。
*
家康は、地団駄を踏んだ。
「ええいっ! 二十万もの兵がいるというのに、儂の本陣に、やすやすと入り込ませるなど、なんたることぞ・・・真田昌幸も面憎き奴であったが、すでに、儂が蟄居させた九度山で、病死いたした者よ。が、その小倅も、なおなお、憎いわ。すでに、四段までが崩れているではないか。ぬう」
と奥歯を鳴らした。
家康の姿を見た孫一は、
「家康見えたり。いくぞ!」
と部下に叫んで、本陣深くに突入した。
二十騎が、鉄砲を手に、少しでも前に進もうしたが、孫一が、
「ここらで、良かろう」
と言って、二十騎が鉄砲を構えた。
家康の居る幕内を狙った。
十挺ずつが、交代で、発射をした。
孫一たちの行動が、邪魔されないように、真田軍が、一層暴れ廻って、孫一たちを護衛した。
三好青海入道、三好佐三入道の活躍は目覚ましかった。
まるで、疲れを知らない怪物であった。
八角の丸太ン棒を一度振り回すと、三、四人の敵将兵が、吹き飛ばされて斃れた。
その人間離れをした活躍で、孫一たちの傍に、敵将兵を近づけさせなかった。
十挺ずつの鉄砲の轟音が、霧を切り裂いていった。
十発とも、狙い違わずに、家康の幕舎に、飛び込んでいった。
家康の、馬廻り役が、弾丸に斃れていった。
「大御所様。ここは危険でござりまする。一度、奥に、お引き下さいませ!」
馬廻りの者たちが、家康の体を馬上に押し上げた。
再び、爆発音がして、弾丸が幕舎を突きぬけてきた。
「むう。真田幸村め。五隊のうちのどれが、幸村なのかわからぬ。が、ここはひとまず退くぞ!」
「大御所様をお守りせよ」
家康の周辺を人垣で固めて、後方に退いた。
と、――そのときに、大音声が響いた。
「家康殿。お腰が抜け申したか。真田幸村推参」
五十騎ほどの赤備えの騎馬武者が、ズラリと並んで待ち受けていたのであった。
いずれの武者もが、赤い面頬をつけていた。
そのために、誰が幸村なのか、まるで判らなかった。
家康は、驚きのために、
「げほっ!」
と噎せた。
肥満した腹が、大きく波うった。
「敵は小勢ぞ。押し包んで捕えよ」
家康の下知で、将兵が一斉に、五十騎の真田に向かっていった。
が、そのときに、四ヶ所で一斉に地上が、爆発した。
火薬が埋めてあったのである。将兵たちが、土煙りとともに、人馬ごと吹き飛ばされた。
それを見て、五十騎の将の中央の者が、金色の采配を振った。
五十騎の武者が、一気に茶臼山の方面に走り去った。
家康の将兵が、それを追おうとした。
「よせ。追うな罠ぞ」
家康が押しとどめた。
真田の騎馬は異様なまでに早かった。
しかもどんなデコボコ道や、砂利道でも、速度が落ちなかった。
そして、長躯に耐えられたのであった。
これには、真田一族特有の秘密があった。
真田一族の遠祖は、信州で牧場を経営していた。
望月牧などもそうであった。
当然、家畜に詳しい。
特に馬のことは、徹底的に研究していた。
南蛮から、馬の資料を取り寄せてまで、研究していた。
それで、鉄の蹄鉄と言うものがあるのを知った。
蹄を平均に削り、蹄にピタリと合う蹄鉄を、どの馬にもつけていたのであった。
こうすると、蹄を割ることもなく、どんな悪路でも走ることが出来た。
蹄鉄を付けていないと、馬は蹄をやられて、疾走出来なくなってしまうのである。
馬の脚にも、早く疲れが来てしまうのであった。
さらには、馬の脚すべてに、馬用の脚絆を巻いてやったのである。
脚絆には、薬草を巻き込んであった。
飼葉には、大豆、小麦、稗、粟を混ぜてやった。
水の他に、出がらしの茶を混ぜた。少量の塩を与えてもいた。
こうしたことの他に、寝る前に、馬の脚を、お湯で、丁寧に暖めてやることを欠かさなかった。
メンテナンスの大切さを知っていたのである。
五十騎が走り去るのと同時に、他の五隊も走り抜けて、真田丸に帰還した。
その間、どこの軍も、陣営を動かなかった。
幸村は、帰還後、十四歳の大助と、高梨内記、伊木遠雄、青柳千弥を呼んだ。
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