第51話 5年前~エリスとミリアの小さな冒険 中編

 

 ルークの妹、アイリスの薬店はユーホスの街から少し離れた山の麓の森の中にある。

 その山はエリスとミリアがよく遊んでいた山で、見知った場所ではあるのだが、魔族の姫が街から通っている人間のお客さんと鉢合わせるとお店に迷惑がかかるので、普段はあまり近づかないようにしていたのだった。


 木漏れ日の中を抜けると、お店の前に大きなカゴにいっぱいの薬草を抱えた亜麻色の髪の美しい女性がエリス達に気づいて声をかけてきた。


「姫様!? どうしたんですかー? こんな所にいらっしゃるなんてー」


「クックックッ……。久しぶりだな。アイリスよ!」


「えっ!? あー。いまは一般のお客さんは居ませんので、普通に話していただいて大丈夫ですよー。姫様」 


「そうなの? じゃああらためて。久しぶりねアイリス。で、この子はミリア。会うのは初めてだと思うけど知ってるわよね」


「もちろんですよー。初めましてミリア様。アイリスですー。兄がいつもお世話になっておりますー」


「初めまして。でも姉さま、なんなんですかさっきのやりとりは?」


「ほら、わたしたちは魔族なんだからニンゲン達の前では威厳を示さないといけないでしょう? お店の中にニンゲンのお客さんが居るかもしれないからね。アイリスだけなら、ルーク先生の妹で魔族の血を引いているからいいんだけど」


「アイリスは魔族なのにニンゲンを相手に商売をしているのですか?」


「えっ? そ、そーなんですよーミリア様。私みたいに人間に紛れて暮らしている魔族ってわりと多いんですよー。あははははー」


 アイリスは少し慌てた様子で、ミリアに向かってそう答えた。


「そうなんですね。知りませんでした。勉強になります」


「ねーアイリー。だれとおしゃべりしてるの?」


 エリス達の話し声を聞いて店の中から出てきたのは小さな女の子だった。

 一見ふつうの人間と変わらない可愛らしい幼女なのだが、頭の上に獣のような耳がツンと生えていた。


「なにこの子かわいい! ぎゅっ。もふもふもふ……」


「にゃにゃ!? にゃあー……。にゃあ……」


 エリスはケモミミ少女を見るやいなや、素早く後ろに回り込んで抱きしめたあと、耳をもふりながらうっとりとした表情を浮かべていた。

 もふもふされている方の幼女も一瞬驚いた様子を見せたが、気持ちよさそうな声を漏らしていた。


「いきなり何をやっているんですか姉さま! 正気に戻ってください!」


「はっ……。あまりのかわいさに無意識に体が動いてしまったわ。ねえアイリス! この子、城に連れて帰ってもいい?」


「え、えー。いくら姫様のお願いでも、それはちょっと……。兄さんに怒られてしまいますー」


「そうですよ! そんな事をしたら姉さまだって伯母上に叱られてしまいますよ!」


「じょ、冗談よ二人とも。そんな事するわけないでしょう。でも獣人種の女の子なんて、本では読んだ事はあったけど本物は初めて見たわ。ああかわいい……」


「あー。この子は獣人種ってわけじゃないんですよー。この耳は普段は引っ込んでいるんですけど、体調によってときどき生えてきちゃうみたいでー」


「そうなの? でも獣人種じゃないなら何なのかしら?」


「兄さんに預かってくれって言われて一緒に暮らしているんですけど、私も詳しくは分からないんですよー。ほらピロロ、姫様にご挨拶なさい」


「ひめさま? こんにちはー」


「こんにちはピロロ。ああかわいい……」


「姉さま、いつまでそのちびっこに抱きついているんですか!? そんな事をしている場合じゃないでしょう!」


「ご、ごめんミリア。そうだったわね。アイリス、今日は母さまのお薬をもらいに来たのよ」


「あー。やっぱりそうだったんですねー。それが……。薬の材料の火龍草が手に入らなくって困ってるんですよー。ギルドに採集クエストを頼んでいたんですけど、どうやら最近、採集場所の近くにサラマンダーが出るようになったみたいでー。対応できる冒険者がいないって言われちゃってー」


「そうなの!? 火龍草が生えてるのって、この山の上の温泉の先の方よね。前に探検をしていた時に見た事があるわ」


「そうですよー。でも今朝がたお城の兵士さんが来て、その事を話したら自分が取りに行くって言ってくれたので大丈夫だと思いますー」


「でも心配ね……。ミリア! わたし達も行きましょう。お薬を持って帰るって母さまと約束したし、このまま手ぶらでは帰れないわ」


「わかりました。姉さま」


「だ、ダメですよー姫様、ミリア様も! あぶないですー」


「だいじょうぶよ。この山はわたしたちの庭みたいなものだし。魔王軍の兵士だって先に行ってるんでしょう? 危ないって事はないわ。止めても無駄よ! わたしたちは誰にも止められないんだからね!」


「で、でもー。それならせめて、これを持って行ってくださいー」


 アイリスはそう言って一度店の中に入り、戻って来た後エリスに革袋を手渡した。


「これは?」


「回復薬とー、治療薬とー、毒消しの薬の詰め合わせですー」


「ありがとうアイリス。もらっていくわ。じゃあ行くわよミリア!」


「はいっ! 姉さま!」


 そう言ってエリスとミリアが走り出した時だった。


「ま、待ってくださいー!」


 アイリスの呼び止める声を聞いたエリス達は立ち止まって振り返った。


「なに? まだ何かあるの? ってあれっ?」


「ピロロー! どこに行こうとしてるんですかー!」


 エリスの傍らに彼女の服の裾を掴んで見上げているピロロがいた。


「ぴろろもひめさまといっしょにいく!」


「え、ええと。それはちょっとどうかな? すごくかわいいけど……」


「だ、ダメですよー! ピロロー! 姫様のご迷惑になりますー!」


「そうだぞちびっこ! お前はアイリスと一緒に留守番をしていろ!」


「ま、まあミリア。こんな小さな子にそんなに怒鳴らなくってもいいじゃない。えーとねピロロ。お姉ちゃん達はこれからサラマンダーが出るかもしれない山の中に冒険をしに行くの。危ないから付いて来ちゃダメよ」


「やだ! ぴろろもひめさまといっしょにぼーけんしたい!」


「うーん。でもピロロにはまだちょっと冒険は早いかな。もっと大きくなってからね」


「おっきくなったら、いっしょにぼーけんしてくれるの?」


「うん。大きくなったらね」


「どーしたらはやくおっきくなれる?」


「え、えーと……。何だろう、好き嫌いをせずにごはんをいっぱい食べたら早く大きくなれるんじゃないかしら……」


「ぴろろ、いっぱいごはんをたべておっきくなって、ひめさまといっしょにぼーけんする! やくそくだよ!」


「うんピロロはいい子ね。約束するわ」


 エリスはピロロの頭を撫でながらそう言った。


「姉さま、話が済んだのなら早く行きましょう! 日が暮れてしまいます」


「ごめんなさいミリア。急ぎましょう!」


 エリスとミリアはそう言って、火龍草を求めて山の方へと駆け出して行った。

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