第25話 異世界から来た勇者

「す、す、すげえええええええええ! やりやがったぞあの少年! ドラゴンをたった一人で倒しちまった!」


「私たち助かったの? もう此処で死んでしまうのだと覚悟もしていたのに、夢みたい……。何者なの? あの人は?」


 街の冒険者たちの声が聞こえてきた。

 だけど当の僕の方は力を使い果たしてしまって、地面に転がったまま指一本動かせなかった。

 無理に魔法力を放出した反動がきたのだろう。


「すごいじゃないユウ! さすがね! カッコよかったわよ」


 エリスが僕の側に駆け寄って来て、そう言ってくれた。

 本当に凄いのは飛んでいるドラゴンを撃ち落としたエリスの方だと思うんだけど、それは言っちゃ駄目なんだろうな。

 エリスが目立ってしまうと、彼女がこの国の元お姫様だという事が街の皆にバレてしまうかもしれないからだ。

 すると、ピロロと一緒に怪我人の手当てをしていたルーシアさんも僕の側に駆け寄って来た。


「大丈夫ですか勇者さん? ピロロこっちへ! 勇者さんに回復魔法をかけてあげてください」


「勇者!? いま勇者って言わなかったか!?」

「勇者ですって!? まさか!?」

「いや間違いない! あのもの凄い力。それに黒い髪に黒い瞳って、もしかして王妃様と同じ異世界から来た人なんじゃないか!?」


 ルーシアさんが僕を勇者と呼んだ事で、周りの人々が遠巻きに僕の方を見ながら騒ぎ始めた。

 というか異世界人だって普通にバレてるし。

 やっぱり王妃様、おそらくエリスのお母さんの事だろうけど、僕と同じ日本からきた異世界召喚者という事みたいだ。


「お兄ちゃんの回復だ。わーい」


 ルーシアさんに呼ばれたピロロが嬉しそうに、ぴょこぴょこと僕の側に走ってきてそう言った。

 そして、両手の手のひらを僕の胸に当てて回復魔法をかけてくれた。

 すっと心が軽くなったように身体の痛みが引き癒されていく。


 無理な魔法力の使い方をしたせいで正直かなり身体がボロボロだったのだけれど、ほんの数分の治療で傷も体力も元通りに回復してしまった。


「ありがとうピロロ。もう大丈夫。おかげで助かったよ」


 僕がピロロの頭を撫でながらそう言うと、彼女は「えへへ」と花が咲いたように嬉しそうな笑顔をみせた。


 そして、先ほどドラゴンと戦う前に最初に声をかけてきた女性冒険者が僕に声をかけてきた。


「あの先ほどは、失礼な事を言ってしまって申し訳ありませんでした。それで、貴方は本当に異世界からきた勇者様なのですか?」


「ええと、はい。自分で勇者っていうのはちょっと恥ずかしいんですけど、魔王を倒すために異世界から来ました」


「魔王を倒すだって!?」

「そんな事ができるのか!?」

「いや、今ドラゴンを倒したあの力を見ただろ! 彼ならもしかしたら魔王を倒せるかもしれない」

「そうだな! 特に飛んでるドラゴンを撃ち落とした、あの光の魔法はもの凄かった! あんなの見た事ねえよ!」


 すみません……。

 ドラゴンを撃ち落としたのは僕じゃなくてエリスなんです……とは言えない。

 何だかみんなを騙しているみたいで気が引けるけど、エリスの正体を隠すためには仕方がない。


「勇者様とお仲間のみなさん! 歓迎します! 街を守ってくれたお礼といっては何ですが、この街の名物料理をご用意させてもらいますよ!」 


「どうするエリス?」


「いいんじゃない? お言葉に甘えましょうよ。勇者さま?」


 エリスは悪戯っぽく微笑みながらそう言った。

 ていうかエリスまで僕の事を勇者って呼ぶの?


「わーい。ごはんだー! おなかすいたあー」


「ピロロも今日はいっぱい働きましたからね。勇者さんと、ひめ……エリスさんもお疲れさまでした」

 


 そうして、その日はこの街で一番大きな宿に招かれて、夜遅くまで歓迎の宴が続いた。


 僕が住んでいた元の世界の事、本当に魔王を倒すつもりなのかという事など、質問攻めにあって疲れたけど、みんな興味津々といった様子で僕の話を聞いていた。


「この二十年近く、冒険者は何百人と見てきたが魔王を倒しに行こうなんて者が現れたのは初めてだよ。しかも異世界からきた勇者だっていうんだから、凄いじゃないか! こんなに心が躍る出来事は久しぶりだ!」


 この街を治めているという恰幅の良い初老の男性が僕の肩を抱きながらそう言った。

 皆こんなに喜んで、魔王を倒す勇者を長い事ずっと心待ちにしていたんだな。

 頑張らなくちゃ。

 この世界に召喚されて勇者になったというのは、頭では分かっていたつもりだったけど、正直あまり実感がなかった。


 でもこうして、皆が僕を勇者と呼んでくれて、喜んで、楽しそうに笑ってくれているのを見ていたら、自分は勇者なんだ! 皆の笑顔のために魔王を倒すんだ! という気持ちが初めて実感として湧いてきたのだった。

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