第4章 緊急クエスト

第22話 緊急クエスト1

 朝から色々な事がありすぎてすっかり忘れていたが、今日はギルドへ行き、初めてのクエストを受ける予定だったんだ。


 ルーシアさんとの決闘のあと、僕らはいったん宿に戻り温泉に入ってからギルドへ向かう事にした。

 ルーシアさんに負けてしまったのは自分でも情けないと思い、気持ちはヘコんでいたが、身体の痛みはピロロの回復魔法のおかげで全くなかった。


 よくよく聞いてみるとエリスは回復魔法も使えるものの、あんまり得意ではないらしい。

 まあ考えてみれば、あれだけ魔法力を攻撃に特化しているのだから当然か。

 そういう事もあって、強力な回復役の存在はパーティにとってこの上なく心強い。

 ピロロが加わってくれて本当に良かった。


 それにしても女の子ばかりパーティに増えていくな……。

 しかも皆すごい美少女ばかり。

 やっぱりこういうのって異世界召喚された勇者の宿命なのかな? 

 僕はギルドへ向かう石畳の道を歩きながら漠然とそんな事を考えていた。


 ギルドはこの街の中心にある大きな石造りの立派な建物だ。

 その入り口が見えてきた辺りで、隣で並んで歩いていたエリスが僕に向かって言った。


「ルーシアがパーティに加わってくれたおかげで助かったわ。わたしとユウだけだとギルドに冒険者登録できないからどうしようかと悩んでいたもの」


「ギルドに登録するのって、何か条件があるの?」


「条件っていうか、何か身元を証明する物が必要なのよ。わたしは正体を隠さなきゃいけないし、ユウは見るからに怪しいしね」


「怪しいって何!? 僕ってそんなに変に見える!?」


「変っていうわけじゃないんだけど、やっぱり異世界人だもの。目立つわよ。特にその黒い瞳と黒い髪とか」


「そうなのか。なんだか少しショックだな」


「ごめんなさい。ちょっとわたしも言い方が悪かったわね。怪しいって言ったのは取り消すわ。それにわたし……。好きよ。ユウのその、黒い瞳と黒い髪……」


「え? 今ちょっと聞こえなかったんだけど? もう一回言ってくれない?」


「い、いやよ絶対聞こえてたでしょ! 二度は言わないんだから! 違うのよ。ユウの瞳と髪を見てるとお母さんを思い出して懐かしい気持ちになって、何だか落ち着くなってだけなんだから」


 エリスは頬を真っ赤に染めながらそう言った。

 そういえばエリスのお母さんは日本人だって高校に転入してきた時の自己紹介で言っていた。

 それが本当だとするとエリスのお母さんって僕と同じ異世界召喚者なのだろうか? すごく気になる。


 エリスがこれだけ美人なんだからお母さんもきっと綺麗な人なんだろうな。

 お母さんに会ってみたいなと口に出しかけた時、僕ははっとした。


 エリスがこの国のお姫様で、魔王によって国が滅ぼされてしまったって事は、お母さんはもしかして……。


 やっぱり訊くのはやめておこう。

 エリスの心の傷に触れてしまうかもしれない。

 そんな事を考えていた時だった。


 ドオォォンという大きな音と地響きと共に、街を取り囲んでいる城壁の一部が崩れ土煙が上がったのが見えた。

 そして、その土煙を吹き飛ばすように一匹の巨大なモンスターが空に向かって舞い上がった。


「う、うわああああああ! ド、ドラゴンだああああああーー!!」


 街の人々の叫び声が響き渡る。

 そして、ギルドの建物の中から腕章を付けた職員らしき女性が飛び出して来てドラゴンのいる方を確認したあと、キッと真剣な表情をしてこう叫んだ。


「皆さんギルドの建物の中に避難してください! シルバークラス以上の冒険者の方はドラゴンの迎撃に向かってください。決して無理はせず出来るだけ時間を稼いで! それ以外の冒険者の方は街の人達の避難誘導をお願いします!」


 ドラゴンの襲撃!? 

 ドラゴンは背中に生えた大きな翼を羽ばたかせ、空中で大気が震えるようなけたたましい咆哮をあげた。

 あんな巨大なドラゴンに暴れられたら、この街なんてものの数分で壊滅してしまいかねない。

 この街の冒険者達だけで何とかなるものなのか? 


「エリス、僕らも戦おう! このままじゃ街が大変な事になる」


「そうね。行きましょう! あれは放ってはおけないわ」


「ちょっと待ってください姫様! よろしいんですか!?」


「よろしいもよろしくないも無いわよ。あのクラスのドラゴンはこの街の冒険者だけじゃ討伐も撃退も無理だわ。わたしたちが何とかしないと」


「でもあまり目立った行動を取られるのはまずいのではないかと……。いくら認識阻害の結界を張っているとはいっても、姫様の正体が街の人達に知られてしまいますよ」


「認識阻害の結界って、エリスってこっちの世界でも結界を張ってたの?」


「そ、そうよ。だってわたしの正体が街の人達に知られたら騒ぎになるもの。普通にしてれば大丈夫なんだけど、確かに目立った行動をして注目を集めたりしたら、魔法力の強い冒険者にはバレてしまうかもしれないわね……」


 なるほど、そういえばフラロルの町の武器店のお爺さんがエリスに『どこかで会ったことがないか』って訊いてきてたけど、元王国軍の人だからエリスの正体に気付きかけてたって事だったんだな。


 そしてエリスはルーシアさんに向かって言った。


「でもやっぱり街が壊されるのを黙って見ているなんてできないわ。それにわたしが目立たなければいいのよ。ユウにドラゴンを倒してもらいましょう」


「え!? 僕が一人で!?」


 確かにドラゴンと戦おうと言い出したのは僕だけど、エリス抜きで倒すっていうのは考えてなかった。


「何を言っているんですか姫様! 勇者さんは私にも勝てなかったんですよ。一人で何とかなるわけがないじゃないですか!」


 え? うん。

 ルーシアさんに決闘で負けたばかりでその通りだけど、あまりにはっきり言われてちょっと傷ついた。


「わかっているわよ。だからユウに前に立って戦ってもらって、わたしは皆に見つからないように影からこっそり援護するの。それだったらたぶん、わたしの正体に気付く人はいないはずよ」


「エリスがサポートしてくれるのは分かったけど、本当に僕が前に立って戦って大丈夫なのかな? あのドラゴン、見た感じもの凄く強そうなんだけど」


「まあ、見たままの強さなのは間違いないわね。でも自信を持って! ユウだって私の本気の剣をまともに受けても立ち上がってこれるくらい強くなったんだから、ドラゴンの攻撃を受けたとしても平気なはずよ」


「平気って、あのドラゴンは城壁を破壊してたけど、エリスの攻撃ってドラゴンより強いって事?」


「わたしがドラゴンより弱いわけがないでしょ。ユウ、あなた何を怖気づいているのよ。ルーシアに負けたって言ったって、別に戦闘不能になったわけじゃなかったでしょう? わたしが止めずにあのまま続けてたら普通にユウが勝ってたと思うわよ。もっと自信を持って!」


 確かにルーシアさんの時は油断して防御がおろそかになっている所に攻撃を喰らったので驚いたけど、エリスの剣を受けた時ほどのダメージではなかった。

 ちゃんと魔法力で防御さえしていればドラゴンの攻撃も大丈夫という事なのか? 本当か? 


 僕が悩んでいると、ピロロが僕の袖を引っ張りながらこう言ってきた。


「ねえねえお兄ちゃん。なにしてるの? はやくみんなをたすけに行こうよ!」


 そうだ僕は勇者……。

 怖気づいてる場合じゃない。

 街の皆を助けなきゃいけないんだ。

 そんな当たり前の事を、こんなに小さな女の子に教えられるなんて。


「ごめんピロロ。そうだね。みんなを助けなくちゃ! 行こうエリス!」


「なによピロロが言ったらすぐ行くんだ。わたしが言っても行こうとしなかったのに!」


「え? 違うよ! そういうわけじゃ……」


「もうお二人とも細かい事はどうでもいいじゃないですか! 行くと決めたのであれば早くしましょう! 被害が大きくなりますよ」


 ルーシアさんに急かされて、僕らはドラゴンが暴れている街の奥の城壁へ向かって走り出した。

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