第19話 ちいさな事情

「ピロロのごはん~♪」


 ピロロは鼻歌まじりに元気よく食堂に戻ってきて、ちょこん、と僕のひざの上にまた座って朝ごはんを食べ始めた。


 あれ? 

 ルーシアさんってピロロが僕のひざの上に座らないように注意してくれたわけじゃなかったのか……。

 遅れてルーシアさんも戻ってきて、彼女の席に腰をかけた。

 なんだかすごく疲れているように見える。


 そして、ルーシアさんは神妙な面もちで話を始めた。


「実はピロロの事で、お二人にご相談があるんです。この子も一緒に旅に連れて行ってはもらえないでしょうか?」


 突然の話に僕は驚き、ルーシアさんへ向かって言った。


「連れて行くって言ったって、魔王を倒しに行くんだよ? そんな危険な旅に、こんな小さな女の子を連れて行くわけにはいかないよ」


「その子をひざの上に乗せながらそんな事を言っても全然説得力が無いわよ」


 横からエリスのツッコミが入る。


 いや、僕だって好きでピロロをひざの上に乗せているわけじゃないんだけど、と反論したいところではあったが、話が進まなくなりそうだったので、まずはルーシアさんに事情を聞く事にした。


「ルーシアさん。連れて行くにしたって理由を聞かせてもらえないかな?」


「はい。では、まずはこの子の事からお話しましょう。この子は可哀想な子なんです。今から5年ほど前、私の知り合いが漂流していたこの子を助けたのですが、助けられた時にはそれ以前の記憶を全て失っていたそうです」


 ピロロが記憶喪失だって? 

 ルーシアさんは話を続けた。


「その後、この子はその知り合いの下で暮らしていたのですが、その知り合いが本当に本当に非道い男でして、こんなに小さな女の子に、ここではとても口に出せないような酷い事をさせようとしていて……。それで私達のところへ駆け込んで来たんです。だから、この子は他に何処にも行くところがないんです。一緒に連れて行ってください!」


「行く所が無くて困っているのは分かったけど、それにしたって魔王討伐の旅に連れて行くのは危険すぎるよ」


 ルーシアさんを頼って来たんだろうけど、やっぱり誰か他の信頼できる人に預けるべきだろう。


「いえ、それにはおよびません。こう見えて、この子は凄い回復魔法の使い手なんですよ。魔王討伐の旅にだってきっとお役に立てます。勇者さんにご迷惑はおかけしませんから、どうかお願いします!」


「でも、回復魔法だったらエリスも使えるし、何もこんな小さな子に頼らなくっても……」


「お言葉ですが、ピロロの回復魔法はエリスさんよりもずっと凄いんですよ! ほらピロロ、勇者さんに見せてあげてください!」


 すると、まだパンをほおばっていたピロロがルーシアさんの方を見て言った。


「でも、誰もケガしてないよ?」


 それはそうだ。治療する相手がいないと回復魔法を使う意味がない。


「じゃあ、勇者さん。怪我をしてください! そうしたらすぐにピロロが治して見せますから!」


「え? ルーシアさん!? そんな無茶苦茶な。嫌ですよ!」


 何だかルーシアさんの様子がおかしい。

 いったいどうしたっていうんだ?


「ああ、もう分かりました! 勇者さん、貴方に決闘を申し込みます! 私が勝ったら何も言わずにピロロを仲間にしてください! 大丈夫。怪我をしてもピロロが元通りに治してあげますから何も問題はありません!」


 決闘だって!? 

 いや、本当にどうしたんだルーシアさん。

 いくら何でも無茶苦茶すぎる!


「エリス……。どうしよう?」


 困り果てた僕は、エリスに助けを求めた。


「いいんじゃない? たまにはわたし以外の相手と戦ってみるのも勉強になるだろうし」


 エリス、止めてはくれないのか……。


 仕方がない。

 ルーシアさんの気が済むように、相手をするしかないか。

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