第10話 美女とスライム

「助けて! 誰か助けてください~!」


 僕らの進む道の前方から助けを求める女性の声が聞こえてきた。

 見ると、亜麻色の長い髪を振り乱した豊満で艶のある肌が美しい女の人がモンスターに襲われていた。

 青くぬめぬめとしたゲル状の身体の中に目のように見える核が一個あるタイプのスライムだ。

 スライムが女性の身体に纏わりついて両手両足を締め上げ、身動きが取れない様子だった。


「女の人がスライムに襲われている! 助けなきゃ!」


 僕が助けに入ろうと一歩踏み出した瞬間、エリスが右腕を真横に伸ばして僕を遮った。


「待って! もう少し様子を見ましょう」


「待つって、どうして? 早く助けてあげないと!」


「いいから待って! だって見るからに怪しいもの」


 怪しいって言ったって……。

 このまま放っておくのは、あの女の人が可哀想だ。

 特訓をしていてうすうす思っていたけど、エリスって実は結構ドSなんじゃないだろうか?


「あああああ~。く、苦しいです! ああ、そこの旅のおかた! 助けてください~」


 スライムに襲われている女性もこちらを見て助けを求めている。

 スライムは女性の身体をいっそう強く締めつけるような動きをし、豊かな胸がくっきりと浮かび上がった。


「ああっ。む、胸がはだけて……。いやあああ~~助けて! 助けてください~~」


「エ、エリス……。そろそろ助けてあげないと……」


「いいから、もうちょっと待って! 大丈夫よ。死にはしないから」


 そう言われても……。

 あの状態を放っておくのはさすがに可哀想すぎるじゃないか。


 すると、この僕達のやり取りを聞いていたのか聞かずかは分からないが、その女性は大粒の涙を流しながら、まるで子供のように泣き出した。


「た、助けてよう。どうして助けてくれないの? 助けてもらえなかったら私、わたし……。ううう。もういやだよう……帰りたいよう……。なんで、なんで、私がこんな目に会わなきゃならないの? うぇええええええええん!」


 いや、もう限界だ。彼女のあの涙が偽りとは思えない。

 エリスが止めようが助けに入るぞ!


 僕はその女性の方に向かって走り出した。

 しかし、スライムにぴったり纏わりつかれていると剣での攻撃は難しい。

 誤って女性に当たってしまうかもしれない。

 まずは、素手でスライムを引き剥がすぞ! 


 そう考えながら走っていたところ、女性の側へたどり着く一歩手前で文字通り足を掬われた。


「なっ!? スライム!?」


 スライムに足を取られた僕は、その勢いそのままに女性に向かって倒れ込んでしまった。


「あっ……。あ、そ、そこはだめ……。う、うう……は、恥ずかしいですぅ……」


 甘い香りが鼻腔をつき頭が蕩けそうな感覚に襲われる。

 右手と顔面にむにゅっとした柔らかい感触が伝わってくる。

 これは……ものすごく大きい……ってそんな場合じゃなかった。


「す、すみません! くっ! 離せ!」


 スライムは僕と女性の身体をまとめて締め上げるように纏わりついている。

 身動きが取れない!


 しかしこのスライム、もの凄い力だ。

 雑魚だと侮って油断していたが、この世界のスライムは強い部類のモンスターなのだろうか? 

 それとも悲しい事に僕が弱すぎるせいなのか。 


 いや、エリスに教わった事を思い出せ! 

 魔法力を高めて身体能力を強化するイメージだ。

 僕はエリスの剣の打ち込みだって受け止められるようになったんだ。

 エリスの力に比べれば、これくらい全然大した事はない。

 振りほどけるはずだ。

 そう考えていた時だった。


「ちょっと……いつまでくっ付いているつもりなの? 早く離れなさい」


 いつの間にかエリスが僕らの側まで歩いて来ていてそう言った。

 すごく機嫌が悪そうだ。


「ち、違うんだエリス! 身動きが取れなくて……」


 すると、エリスは大きなため息をひとつ吐き、スライムの核のような目をキッと睨みつけてこう叫んだ。


「こらそこのスライム! わたしの言う事が聞けないの!? 今すぐどこかに消えなさい!」


 スライムを恫喝!? そんな事をしたって……。


 しかし驚いた事にスライムは、エリスの言葉に対してビクッと一回痙攣し、あわてて逃げ出すように僕と女性を解放して近くの茂みの中に姿を消した。


 かなり強いスライムだったのに気合だけで追い払ってしまうなんて、エリスって凄いなと改めて思った。その時。


「こ、こわかったですぅ!」 


 女性がそう言いながら、僕の胸に顔をうずめる様に抱き付いてきた。


「ありがとうございます! ありがとうございます! あなたに助けてもらえなかったら私、どうなっていたか……」


 女性は、はだけた衣服をそのままに涙を流しながらそう言った。


「も、もう大丈夫ですから。落ち着いてください」


 そう声をかけるが、まだ涙が止まらないようで、なかなか離してくれない。

 女の人の柔らかくて心地よい二つの丘が僕の身体を圧迫してくる。

 僕は身動きを取ることもできず固まってしまっていた。

 そのうえ先ほどからエリスの方から感じる視線が、痛いほど突き刺さってくるのが気になって仕方がない。


「ほら、いつまでそうやってくっ付いているつもりなの? そろそろ離れたら?」


 そうエリスが声をかけてきた。

 静かな口調ではあるがそれが逆に怒りを表しているようだった。


「は、はい! すみません!」


 女性は慌てた様子で僕から離れて距離を取った。

 そして、ひとつ深呼吸をしてから続けてこう言った。


「危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございました。あのままだったら私、どんな酷い目に遭わされていたか……。ぜひ、お礼をさせてください」


「お礼だなんて、そんな。当然の事をしたまでですよ」


「そうね。お構いなく。お礼なんて必要ないから、あなたも早く家に帰りなさい」


 エリスも女性に向かってそう言った。


「そそそ、そういうわけにはいきません! ぜひ、一緒にお食事でもご馳走させてください! あなた方は、フラロルの町の宿屋に宿泊されている方ですよね! あの町で美味しい肉料理のお店を知ってるんです! ぜひ一緒に来てください!」


 そんなに恩にきてもらう必要なんて全然無いのに、その女性はすごく熱心に誘ってくれていた。


「どうするエリス?」


 僕が尋ねると、エリスは少し考える素振りをした後こう言った。


「そうね。わかったわ。でもその前に、いったん宿に戻りましょう。特訓で汗をかいたから先にお風呂に入りたいわ。あなたも来てくれるわよね?」


「は、はい! もちろんです! ありがとうございます!」


 そして僕らは一緒にフラロルの町へと向かった。

 町へと向かう途中、その女性はルーシアと名乗り、一人で旅をしているところだったと話してくれた。

 女性が一人で旅をするのは危ないのではないかと思ったが、案の定スライムに襲われて、あのような状況になってしまったという事だった。

 そして宿へと到着したところで、道中ずっと黙って僕とルーシアさんの会話を聞いていたエリスが口を開いた。


「さああなた。ルーシアさんだったかしら? 一緒にお風呂へ行きましょう。女同士で話したい事もあるし」


「い、いえ、私は大丈夫です。ここで待たせてもらいますからお構いなく」


「そんなこと言って、あなたもスライムに襲われてボロボロじゃない? お風呂に入ってすっきりしましょうよ」


「いえ、本当に大丈夫ですから」


「いいから! ね!」


「…………は、はい。すみません」


 なんだろう? エリスから凄い圧を感じる。ただルーシアさんを気遣っているにしては少し変だ。

 そんなに彼女と一緒にお風呂に入りたいのかな? 


 まあ考えても仕方ないか。さて、僕もスライムのせいで身体がぬるぬるするし、温泉に入ってさっぱりするかな。

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